第22話 アルト、フォルテの正体を知る

「はっ! ふんっ! やっ! たあっ!」

 

 掛け声に合わせて、剣の重なりあうカン! カン! という音が響く。


 カアンッッ!!

 

 かなり拮抗した手合わせは、やがて一方の剣がもう一方を弾いて決着がついた。


「く、くそっ! やはり強いな」

 剣を飛ばされ悔しそうにするのは、デルモンテ国王アルトだった。


 そして見事に勝ったのは……。


 よくその贅肉で俊敏な動きが出来たものだと、二度見必至のダル軍曹。

 いや、正確には中身ゴローラモのダルだった。


 勝ったはいいが、鍛錬を積んでいない巨体はどうと床に座り込んだ。


「い、息が切れます。なんと怠けた体だ。

 毎日腕立てと腹筋とスクワットを500回はやらないと本来の力を発揮出来ません」


「いや、その体でそれだけ動ければ大したものだ。

 私もまさか憧れの騎士と手合わせ出来る日が来るとは思いもしなかった」


「私も再び剣を振るう日が来るとは思いませんでしたよ」


「誰にでも憑依出来るのかと思ったら、太った人間しか無理とはな。

 ダルがいてくれて良かった」


「この体は、鍛錬すれば良い筋肉を持っています。

 腕力も非常に強い。

 ブレス女官長より全然いいです」


 アルトが王と知ったゴローラモは、完全に忠実な臣下となっていた。

 過去の騎士としての誓いもあるが、やはり前王の側近護衛官を断った引け目があった。


「それでテレサ夫人は本当にベルニーニ派に加担してないのだな?」


「はい。それだけははっきり申し上げられます」


 完全服従ではあるが、もう一人の主君、フォルテの事はまだ正直に言ってなかった。


「ナポリ夫人と言ったか? 

 その者がヴィンチ家の家督を奪ったと?

 だがしかし私はその者の家督を許した覚えなどない。

 生前の公爵が娘達の後見人を指名した誓約書だけをもらっている」


「フォ……テレサ様はナポリ夫人に王様のサインと王印入りの家督証明書を見せられています。だから泣く泣く屋敷の隅に追いやられ、病身のいも……お嬢様の治療費を稼いでいるのです」


「偽造文書か……。すぐにバレそうなものだが、ベルニーニ達が背後から援助していたなら、案外分からぬものかもしれぬ。盲点だった。

 おそらく途中の審査を行う役人達も買収されてるのだろう」


「そういう事だったのか……。あの嘘つき女め……」


「テレサ殿には辛い思いをさせて申し訳なかった。

 もう心配しなくていい。必ず元通りにしてやる。

 いや、むしろベルニーニを叩く大きないしずえが出来た。

 感謝するぞ、ゴローラモ」


「いいえ。私の方こそ感謝致します。

 このゴローラモ、前王様への懺悔も込めて全力でベルニーニ一派の壊滅に協力致します」


「頼りになるな。だが一つ注意しておくが、そのダルの顔は気合を入れると非常に凶悪な顔になる。

 今も少々恐ろしすぎる人相になっておる。

 気をつけてくれ」


「は! これは失礼致しました」

 ゴローラモはあわてて、眉間のシワを伸ばした。


「ところで話は変わるが、そなた臨時女官のフォルテが何者か知らぬか?」


 突如ふられた話題にゴローラモは、ぎょっと凶悪な人相に戻った。


「ふぉ……フォルテ殿ですか……」


「ブレス女官長に憑依していたなら何度も会ってるだろう?

 何か聞いていないか?」


「な、なぜフォルテ殿のことを?」


「臨時女官を辞す前に、もう一度会っておきたかったのだが、突然消えてしまった。

 跡形もなく最初からいなかったように何の痕跡も残さず……」

 アルトは淋しげに考え込むように呟いた。


「ブレスはそなたに憑依されてたせいか、物忘れの実を食べて忘れてしまっただの訳の分からぬ事を言っているし、どこの誰か素性が分からぬのだ」


「誰か分かったらどうするつもりなのですか?」

 ゴローラモはダルの顔を凶悪に歪めた。


「そんな怖い顔をしないでくれ。

 別に取って食おうと思ってるわけではない。

 ただ……、彼女と過ごした僅かな時間が思い返すたびに温かな想いに変わってゆく。

 彼女の鮮やかな笑顔がどんどん大きくなって心を打つのだ」


「ま、まさかアルト様……」

 ゴローラモは驚いた顔でそれが意味する事を尋ねようとした。


 しかし、その前に部屋の外から声がかかった。


「王様、宰相様がお見えでございます」



 クレシェン宰相は部屋に入るなり、アルトの前で片膝を立てて巨体を器用に保つダル軍曹の様子に怪訝な表情をした。

 いつもは支えきれずに両足でちょこんと座っている。

 それに気のせいか表情にいつもの油断がない。


「ダル、変な物でも食べたか?」


 いきなり宰相に声をかけられ、ゴローラモは慌てた。

「い、いえ別に何もございません」


「? なんだか他人行儀な言い方だな」


「ダルは今日から心を入れ替えて、鍛錬に励む事にしたらしいぞ。

 その気合の表れだろう」

 アルトがすかさず援護してくれた。


「ところでヴィンチ公爵家のナポリ夫人の素性は分かったか?」


「いえ、まだそちらは調べている最中でして……、それよりももっと重大な事実が判明致しました」


「重大な事実?」


「青の占い師を追跡しておりました隠密が、報告を持って参りました」


 クレシェンの言葉にゴローラモは青ざめた。


「ヴィンチ公爵家のテレサ夫人は5年前に亡くなったと届けられており、実際に周辺の聞き込みを行ったところ、それは確かな事実のようでございます。

 葬儀も行われ、公爵がそのショックで引きこもるようになった事は、みな口を揃えて申しているようでございます」


「では青の占い師はテレサ夫人ではないと?」

 アルトは凶悪な顔で一点を見つめるダル軍曹を見やった。


「はい。その可能性はございません。なぜなら……」

 クレシェンは一旦言葉を区切って、王を見つめた。


「なぜなら、ラルフ公爵のサロンから出て来たのは年配の婦人ではなく、年若い少女だったからです」


「年若い少女?」

 アルトはもう一度ダル軍曹を見た。

 しかしその顔はすっかり蒼白になって、一点を見つめたままだった。


「隠密の一人がその顔に見覚えがございました」


「何だと? 知ってる人物なのか?」


「はい。庭師に扮したアルト様を陰ながらお守りしていた隠密が知っていると……。

 そしてもう一つ分かった事がございます」


「もう一つ分かった事?」


「ヴィンチ公爵が亡くなり、その家督は記録では公爵の娘二人に渡りました。

 妹は病弱で外出する事も出来ずに療養中とのことです。

 そして姉は、今年17才になったキャラメル色の髪をした青目の美しい少女だそうです」


「キャラメルの髪に青目……」

 アルトははっとしてクレシェンを見つめた。


「まさか……」



「名を……フォルテと申すそうでございます」

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