第19話 ゴローラモ、追い詰められる

「もうダメだわ、ゴローラモ。結局三人占っても何も分からなかった」


 フォルテは女官服に着替えてどっとソファに倒れこんだ。

 

 絶体絶命。

 側室殺しの犯人らしき貴妃など誰もいない。


 午前中に占ったトレビ貴妃は、三人の中でも特にシロに近い女性だった。

 

 敬虔な聖職者。


 それ以外に表現しようもないほど、正しく清らかな女性だった。


 王の身を案じ、王国の未来を憂い、民の幸せを願う、とても真面目な女性だ。


 魔が差したとしても、人殺しをするような人ではない。


「わたくしが国のために出来る事はありますか?」


 それを聞くために占い師を呼んだ。


「わたくしが王の妻として後宮に留まる事が、王の未来を閉ざしているなら、みずから立ち去ろうと思っています。占い師様はどう思われますか?」


 そう聞いてきたのだ。


 こんな質問をする人が、側室殺しなどするはずがない。


 フォルテはむしろこんな人に王妃になって欲しかった。

 この王妃が王様を支えてくれたなら、民は心安らかに過ごせる事だろう。


「でも私は世継ぎを産む事は出来ません」


 それがトレビ貴妃の答えだった。

 そして残念ながら、占いにも王妃となる相は出ていなかった。


 どうやら12才も年上で嫁いできたトレビ貴妃は、最初から母のように接してきて、お互いに恋愛対象に見る事が出来ないようだった。


 さらには敬虔なトレビ貴妃は、生涯の純潔を望んでもいた。


「明日には宰相様の前に出て、占いの結果を告げなきゃならないのよ。

 何も分かりませんでしたじゃ済まないわ。

 どうしたらいいの? ゴローラモ」


「……」


 ゴローラモはさっきから地べたに座り込んで目を閉じている。


「ちょっと、ゴローラモ。聞いてるの?」


「瞑想中ですので静かにして下さい」

 そう言うゴローラモは、ブレス女官長の姿で座禅を組んでるようだが、短くて太い足は贅肉の波に押されて中途半端に体を支えているだけだ。


「何を瞑想してるのよ。そんな場合じゃないのよ」


「大丈夫です。フォルテ様はきっと無事家に帰してもらえるはずです」


「なんでそんな事分かるのよ」


「そ、そ、それは……」


「なんか朝から怪しいわね。何か隠してるでしょ」


「か、か、隠し事なんて……わ、わたくしに限って……」


「あ! アルト!!」


「ひいいい!! な、な、何の事ですかああ!!」

 ゴローラモは動揺のあまり、ごろんと座禅を組んだまま転がった。


「ほら、庭の向こうを歩いてるのはアルトじゃなくって?

 畑の水やりに来たんだわ。

 ちょうど良かったわ。頼みたい事があったの」


 ゴローラモは動揺のまま、ブレス女官長の巨体を柱に隠して中庭を歩くアルトを覗き見た。


「ちょっと行ってくるわね」

 フォルテはゴローラモの心配も知らずに駆けて行った。


「フォルテ様。彼には気をつけろってあれほど言ってるのに……」

 ゴローラモは仕方なく巨体を隠しながらフォルテを追いかけた。



「アルト!」


 アルトは呼び止められて中庭の向こうに振り返った。


 そして手を振りながら駆けてくる少女の姿に、心が和らいだ。

 太陽の光を全身に受けて、それ以上の輝きをはなって駆けてくる。


 一点の曇りもなく輝く少女が眩しかった。


「フォルテ」


「アルト、お手伝いするわ。その代わりと言ってはなんだけど、お願いがあるの」

 フォルテは息を切らして、アルトの前までやってきた。


「お願い?」


「そう。あなたのトマトを少し分けてもらいたいの」


「トマトを?」


「私は明日で臨時女官の仕事も終わって家に帰るの」


「明日で……」

 アルトは途端に淋しさが込み上がってくるのが不思議だった。


「それでね、私の知り合いにとても腕のいい料理人がいるのよ。

 その酸味の強いトマトも、彼なら食べやすく調理してくれるんじゃないかと思って」


「腕のいい料理人?」


「ええ。王様の品評会に出品する料理を研究してるの。

 もしかしてそのトマトが役に立つんじゃないかと思うの」


「そうか……。酸味を少なくする品種改良ばかりに囚われていたけど、生で食べると決め付ける事はないか。調理で有用に使えるなら、その方が長持ちするかもしれないな」


「そうでしょ? 生で他国に輸出するとどうしても傷んでしまうだろうし」


「なるほど確かに。そういう事なら欲しいだけ持って帰ってくれていいよ。

 よく熟したのから、少しかためなのまで取り揃えてみよう」


「本当に? 王様に聞かなくて大丈夫かしら?」


「ああ。畑の事は私に任されてるから大丈夫だよ」



 二人はしばし歓談しながらトマトを籠に収穫していった。


「あら? アルト、こっちのトマトはとってはいけないの?」

 たわわに実をつける畑から、少しはずれた所に小さな赤い実をつけるトマトがあった。


「ああ。そっちのはしばらく水やりを忘れていて、大きく実らなかったんだ。

 根が浮き上がって枯れそうになってるだろ?」


「でもこの小さな実は赤くてとても美味しそうよ」


「はは。じゃあ今食べてしまおうか」


 フォルテは小さな実を二つもいでアルトに一つ差し出した。




 そして……。



「美味しい!!」


 アルトとフォルテは顔を見合わせた。


「どうして? こんなに枯れた根が出て実りが悪いのに……」

 アルトは不思議そうに、もう一つもいで食べてみた。


「これも甘い。酸味がずいぶん減って果物みたいに甘い」


「そういえば聞いた事があるわ。

 作物によっては水をあげ過ぎない方が甘くなるものもあるって……」

 もちろんピッツァから聞いた雑学だった。


「そうか……。水はいっぱいやった方がいいのかと思ってたけど……。

 逆の発想は思いつかなかった。

 すごいよ、フォルテ!

 ずっと一人で模索してきたけど、他の人の意見を聞くものだな。

 ありがとう、フォルテ!」


 アルトはフォルテの手を取り破顔した。


「そんな……。私はあまりにこの小さな実が美味しそうで……」

 でも自分の思いつきで、この鮮やかな笑顔を導けた事が素直に嬉しかった。



 子供のようにはしゃぐアルトが、ひどく可愛く見えた。



「部屋まで一緒に運ぼう。ああ、そこにブレス女官長がいたな」

 結構たくさんになった籠を見て、アルトは庭の向こうに見え隠れする女官長をみた。


 ずっと隠れて二人の様子をうかがってたようだが、思った以上の巨体は隠しきれずにさっきからちらちらと見えていた。


「ブレス女官長! 手伝ってくれ!」

 アルトが呼ぶと、女官長は「ひいっ!」と妙な声を上げてから観念したように姿を現わした。


「さっきから何をコソコソしてるんだ。運ぶのを手伝ってくれ」

 アルトはいつものようにブレスに声をかけた。


「か、か、かしこまりました。お、お任せを!」


 ブレス女官長は、言うなりひょいひょいと一番重そうな籠を二つ持って歩き出した。

 それを見てアルトは目を丸くする。


「ブレス……。いつもはフォーク以上の重い物は持った事がないと人に持たせるくせに、実は力持ちだったんだな」


 ゴローラモはぎょっとして立ち止まる。


「あ、あら、最近どうも力がみなぎってしまって、どうした事かしら。

 ほほほ」


「そういえば、物忘れの実? それを食べたのどうのと騒いでいたらしいな」


 今度はフォルテが青ざめた。

 その話はまだゴローラモにしていなかった。


「物忘れの実? な、何の事でございましょう。

 嫌だわ、アルト様ったら……」


「……」


 アルトは、ふと考え込む表情をした。


 そして……尋ねた。


「ところでブレス女官長。王様は最近太り過ぎではないか?」


「ま、まあ! わたくしも思っておりましたの。

 アルト様からも注意して下さいましな」


 予想通りの返答に、アルトはにやりと微笑んだ。

「なるほど。そう言う事か」


「え?」


「いや。このトマトを運んだら、ちょっと付き合ってくれブレス」


「え? な、な、何用でございますか?

 わたくしこれから瞑想の続きを……」


「瞑想は後にしてくれ。急用だ」

 アルトは笑いを噛み殺しながら告げた。



 そして……。


 フォルテと別れて後宮を出たアルトは、ブレス女官長に話しかけた。


「そなたも大変だな。その体は重いだろう」


「ええ、ええ。重いのなんのって、この贅肉だらけの体は……え?」


 呆然とするブレス女官長に、アルトはとどめをさす。


「ゴローラモだな?」


「な!」


「憑依も出来るのか。なかなか使い途のある男だ」



 ゴローラモは蒼白な顔で立ちつくした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る