第18話 占い師、ロマノの間に行く

「ゴローラモったら昨日は一日どこに行ってたの?

 助けを呼んでも来ないし、結局朝まで帰ってこないんだもの。

 何かあったのかと心配したのよ」

 

 フォルテはブレス女官長姿のゴローラモと朝食をとりながら、霊騎士をなじっていた。


「す、すみません。少し悩み事が……」

 珍しくシュンとして、いつもより食欲がない。

 ……と言っても二人分ぐらいは完食しているが。


「悩み事? 霊騎士のあなたにどんな悩みがあると言うの?」


「れ、霊にもいろいろ人に言えぬ悩みがあるのです」


「人に言おうにも聞ける人間は私しかいないじゃないの」


「そ、それは……」

 それがもう一人増えた事が問題なのだ。


 しかも、その相手が……。


「そういえばアルトの謎が少し分かったわ!」


「!!」


 まさに悩みの元となっている名前がフォルテの口からタイムリーに出てきて、ゴローラモは食べかけのパンをポロリと落とした。


「な、な、な、謎……というのは……」

 動揺しまくりだ。


 つくづく嘘のつけない男だった。


「何を慌てているの? 

 彼がなぜ後宮に出入り自由なのかが分かったのよ」


「? な、なぜ自由なのですか?」


「これはとてもデリケートな問題だから誰にも言っちゃダメよ、ゴローラモ」


「い、言いませんよ。でもデリケートな問題って?」

 ゴローラモは雲行きの怪しくなる話題に、眉間の贅肉を寄せた。


「彼はね、どうやら男色のようなのよ」


「だ、男色?」


「男性が好きってこと。

 つまり女性には興味がないのよ。

 占いの館にもたまに相談者が来るでしょ?」


「ま、まさか……。

 そんなタイプには見えませんでしたが……」

 昨日会ったあの男には、おねえのカケラも見つけられなかった。


「男色にもいろいろなタイプがあるのよ。

 占いの館にも彼のような爽やか過ぎるイケメンが相談に来た事があったわ」


「爽やか過ぎるイケメン……」

 確かに……。


「その彼だから王様は後宮での畑作りを頼んだんじゃないかしら?

 畑作りには体力も必要だし、女性だけでは大変だもの。

 そして後宮に入る時は、剣士姿は物騒だから庭師に変装してるのよ。

 どう? 見事な推理でしょ?」


「はあ……まあ……」

 無理にこじつけたような推理だが、フォルテは妙に納得しているようだ。


「と、とにかくあの護衛騎士にはご注意下さい、フォルテ様」

 要注意人物には違いない。


「注意? 男色なんだから危険要素は一つ減ったじゃない」


「いえ、あの方は非常に勘のいい方だと思いますので……。

 いろいろバレないように……」

 すでに最大の秘密がバレてしまっている。


「なんだかよく知ってるような言い方ね」

 フォルテは怪しむように、女官長姿の霊騎士を見つめた。


「い、いえ! 滅相もない!

 わたくし彼とは一回しか会っていません!

 全然、まったく、何一つ知りません!!」


「なんか怪しいわね」

 フォルテが不審な霊騎士を問い詰める前に、迎えの女官が部屋の外から声をかけた。


「青の占い師様、ロマノの間から迎えの侍女が参りました」



 ◆      ◆



 ロマノの間の貴妃様は、他の二人と違って侍女が部屋に迎えにやってきた。


 迎えの二人の侍女は、おくれ毛一本なく後ろに結わえた頭で、灰色の地味な女官姿だった。

 年は中年ぐらいで、今年40才だという貴妃様と同年代と思われた。


 案内されたロマノの間は、全体にひっそりとしていて、エリア全体がグレー色で統一されている。重厚な感じは受けるが、華やかさはまったく無かった。


 石畳の敷かれた中庭を通ると、目の前に教会のような建物が現れた。


「トレビ貴妃様は、日中のほとんどをこちらの教会で祈って過ごしておられます。

 恐れ入りますがこちらの懺悔室にてお話し下さいませ」


「わ、分かりました」

 

 案内された部屋はとても狭く、木の机が一つと椅子が二つ、それだけしかない。

 そして使い古された椅子の横に、中肉中背の夫人がひっそりと立っていた。


 侍女と同じ灰色の地味なドレスに、髪を隠すようにヴェールを頭に被っている。

 真っ直ぐこちらを見つめる緑の瞳は、年齢以上に落ち着いていて、何にも揺るがない強さを持っているような気がした。


「ようこそおいで下さいました、青の貴婦人様」

 一介の占い師に丁寧に頭を下げる様子は、とても謙虚な人に思えた。


「い、いえ、こちらこそ、お呼び頂いて光栄でございます」

 フォルテも丁寧に挨拶を返した。


「どうぞおかけ下さい」

 フォルテは勧められるままに椅子に腰かけた。

 小さな机でトレビ貴妃と向き合う形になった。


 トレビ貴妃は、年を重ね多少のシワとたるみを刻みながらも、美しい人だと思った。

 ただ癒しの要素はまったくない。

 実直で厳格。

 自分にも他人にも厳しい人のように思えた。


「では、何について占いましょうか?」

 フォルテは色石の入った陶器を取り出した。


 トレビ貴妃は深呼吸して、はっきりと告げた。



「デルモンテ国の未来について」

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