第20話 ゴローラモ、アルトの正体を知る

「では何か。三日かけて占って何の成果も得られなかったと? そう申すか!」


 尋問室ではクレシェン宰相の厳しい詰問に、青の占い師のフォルテが震え上がっていた。

 しかもどういう訳か、頼りのゴローラモも姿が見当たらない。


「も、申し訳ございません。

 で、ですが、どの貴妃様も奇抜な個性をお持ちではありますが、人殺しをするような方には見えませんでした。別の可能性を考えてみては……」


「別の可能性だと? あの三人以外に誰が側室を殺すというのだ」


「そ、それは……あるいは、貴妃様の知らぬ所でご実家が暗殺者を送り込むという事も考えられます。その場合、貴妃様を占っても何も出てきません」


「だが後宮の出入りは厳重に取り締まっている。

 普段は滅多に人が出入りする事もない

 暗殺者が入り込む事など不可能だ」


「でも……」

 フォルテは宰相の横に立つアルトを見上げた。


 庭師のアルトは毎日出入りしてるじゃないか! と言いたかった。

 だがもちろん言う訳にはいかない。


「もういいではないか、クレシェン。

 我々が十数年かけて調べても分からなかった事が、そう簡単に分かるはずもないだろう」

 アルトはそんなフォルテの思惑も知らず、庇ってくれた。


「しかし……」


「青の貴婦人は病身の子供を抱えているのだ。

 とりあえず一旦家に帰してやろう。

 その約束だろう」


「……仕方がありませんね」


 意外にもあっさり引き下がってくれた。

 もっと強く尋問されるのではないかと思っていたのに、助かった。


「約束の50000リコピンだ」

 アルトは金貨の詰まった袋をフォルテの前に置いた。


「え? でも先払いの10000リコピンを引いて……」


「気苦労をかけた迷惑料だ。

 それから……、まあ別件の前払い分だ」


「別件?」

 フォルテは首を傾げる。


「とにかく馬車でラルフ公爵のサロンまで送らせよう。気をつけて帰ってくれ」


 思いがけず、簡単に帰してもらえた。

 かえって腑に落ちない気もするが、帰してくれるというなら帰るしかない。


 ただ、荷物を運び込んで、馬車に乗り込む状況になっても、霊騎士が一向に姿を現わさないのが心配だった。


(ゴローラモったら何やってるのかしら?

 もしかして生身の体に入れた未練で、まだブレス女官長の中に入ってるの?)


(ゴローラモったら、帰るわよ! 早く出てきて!)


 何を言っても現れない。

 フォルテは馬車が動き出す寸前まで辺りを見回したが、ついにゴローラモを見つけ出す事は出来なかった。



 ◆      ◆

 

「これで良いのですね?」

 

 王宮から離れていく馬車を部屋の窓から見送りながら、クレシェンはアルトに確認した。


「ああ。まずは彼女が本当にヴィンチ公爵家に帰るのか見届けよう」


「ヴィンチ公爵の亡くなったはずの妻、テレサ。

 彼女が本当はまだ生きているのだとしたら、何を企んでいるのか。

 隠密を総動員して調べる事に致します」


「ああ、そちらはお前に任せた。

 すぐに手配してくれ」


「かしこまりました」

 クレシェンは拝礼すると、足早に部屋を出て行った。


 そして……。


 アルトは部屋に誰もいない事を確認してから、声を張り上げた。


「ゴローラモ! もう出てきていいぞ!」


 すると、今までどこに隠れていたのか、霊騎士がすっと姿を現した。

 ひどく沈んだ表情だ。


「そんな顔をするな。ほんの少しの間だけだ。

 用が済めばすぐに帰してやる」


{わたくしは霊騎士になって以来、フォ……テ、テレサ様のお側を離れた事などほとんどなかったのに……。私がいない間にテレサ様の身に何かあったら……}


「大丈夫だ。彼女の側には私の隠密が張り付いている。

 余程の事でもない限り命の危険はないはずだ」


{な! 何ゆえテレサ様の側に隠密を?

 テレサ様の素性は探らぬという約束だったではないですか!}

 ゴローラモはさすがに怒りが込み上がってきた。


{そちらが約束を守らないのであれば、私も反古にさせていただきます。

 今すぐテレサ様の元に……}


「まあ待て。事情が変わったのだ。正直に話す。

 悪いようにはしないから知ってる事を教えて欲しい」


{勝手な事ばかり言わないで下さい!

 私は何も言いませんよ!

 主君の秘密は死んでもしゃべりません!}


「もう死んでるだろう」


{そ、そんな事はどうでもいいのです!

 とにかく何もしゃべりません!!}


「だがしゃべらずとも分かってしまったのだ。

 彼女がヴィンチ公爵の家の者だと」


{な!}

 ゴローラモは蒼白な顔でアルトを睨んだ。


「テレサとは亡き公爵の夫人の名前であった。

 そしてゴローラモ、私はそなたの名前にも聞き覚えがあるのだ」


{わ、私の名前にも?}


「当時9才だった私は、若くして将軍になり父の側近護衛官に最年少で任命された凄腕の騎士に憧れていた。その剣さばきの見事さ、馬に乗って颯爽と駆ける姿。

 いつかあんな風になりたいと遠目にいつも見ていた。

 その騎士の名がゴローラモだった」


{……}

 ゴローラモは呆然とアルトの顔を見つめた。


「だがその憧れの騎士は、父の側近護衛官の役職を断り、突如消えてしまった。

 そして、その数日後父は暗殺されてしまった」


{ちょっとお待ちを……}


 二十年近く前の自分を知っている事も確かに驚きだ。


 だが……。


 それ以上にさっきからとんでもない事を言ってはいまいか?


 父?


 父の側近護衛官と言わなかったか?


 自分が側近護衛官を命じられた主君とは、ただ一人しかいない。


 それは紛れもなく……。


 デルモンテ国王……。


 ……ということは……。


 この目の前の青年は……。


 まさか……。


 その時、部屋の外から女官が声をかけた。


「王様、お着替えの準備が出来ております。

 入ってもよろしいでしょうか?」


 ゴローラモは唖然としたまま、アルトを見つめた。


「入ってくれ」

 アルトが命じると、女官が数人わらわらと入ってきて、護衛騎士の衣装を脱がせ、もっと質のいい豪華な衣装に着替えさせていく。


 華美な装飾はないが、丁寧に仕立てられた青の上衣に、黒の膝丈のベスト。

 最高級の革で作られた青い長靴ちょうか

 そして煌びやかに金糸で織られたマントを左肩にかけ、宝飾のたっぷりついた飾り剣を腰に差し、大ぶりの輝石のついた杖を手に持つ。


 最後に黒髪のカツラを外すと金に輝く見事な長髪が現れた。


 そして……。


 女官の立ち去った部屋でゴローラモに微笑んだ。




「私がデルモンテ国王、アルトだ」


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