第9話 霊騎士ゴローラモ、禁断の力を使う

「クレシェン、お前はいつもあんな取調べを行っているのか?」


 王の部屋に戻ったアルトは非難するように宰相を睨んだ。


「あれぐらいの覚悟を持ってやらなければ、三貴妃に逆にとって食われますよ。

 あの夫人のためを思って、泣く泣く辛辣な言葉を投げかけたのです」

「私には生き生きしてたように見えたがな」


 青の貴婦人は、三日間後宮にとどまり三貴妃を占う事になった。


「占い師が書いた手紙と先払いの10000リコピンは、ちゃんとラルフ公爵に届けてあげるんだろうな? 三日も帰らなければ病気の娘が心配するだろう」


「もちろんきちんと公爵に届けますよ。

 手紙の行き先を探る隠密も手配しました」


「素性は探らぬと約束したではないか」


 クレシェンは、ふん! と幼馴染の気安さで鼻を鳴らした。


「これだからアルト様は甘いのです。

 後宮を探らせるというのに、素性も分からぬ女を使う訳にはいかないでしょう。

 言わぬなら調べるまでです」


「本当に嘘つきだな、お前は」


 しかし、この慎重さのおかげでアルトは今も生きていられるのだろう。


「だが、素性が分かっても夫人には知らぬフリをしてやれ。

 別れた夫にも知られぬようにしてやれよ。そこは譲らんぞ」


「分かってますよ。おそらくどこぞの田舎貴族の夫人だったか、あるいは町人が貴族のフリをしてるのか。

 はたまた色町の女が変装してるのかのどれかでしょう」


「それにしては良い身なりの護衛騎士を連れていたな」

 アルトは首を傾げる。


「は? 誰の話ですか?」

 クレシェンは怪訝な顔でアルトを見つめた。


「誰って、占い師の隣りにずっとひざまずいていた男がいただろう」


「はあ? 何をおっしゃってるんですか。

 私は占い師一人しか拉致してませんよ。

 騎士なんかついてたら、もっと流血騒ぎになってますよ」



「……」



 アルトはしばし考え込んだ。


「なるほど……。そういうことか……」


 王の前に剣を差したままの騎士を控えさせるなど、クレシェンにしては迂闊うかつだと思っていた。


 そしてイタズラを思いついた子供のように、にんまりと笑った。



  ◆   ◆



 一方のフォルテは、とりあえず今夜は尋問室の簡易のベッドで過ごして、明日から三日間、後宮の一室に貴賓扱いで宿泊する事になった。


「もう! ゴローラモったら、肝心の時に役に立たないんだから!」

 フォルテは、宰相を前にして顔を上げる事さえ出来なかった側近の不甲斐なさを、さっきから糾弾していた。


{お許し下さいフォルテ様。

 わたくし、将軍職を自ら辞して王宮を去った身ではございますが、王様には誰より忠義な剣士と自負しておりました。

 宰相様とはその王様の第一の側近でございます。

 お顔を拝するのも畏れ多く……。

 ああ、生きてる間はこれほど間近に接する機会もございませんでしたが、なんとありがたい事でございましょう}


「どこがありがたいのよ。

 陰険で意地悪で超嫌な男よ」


{フォルテ様! お声が大きいですよ。

 ここは王宮なのです。

 きっとこの部屋も隠密が数人見張っております。

 滅多な事を言ってはいけません}


「それにしても、あのアルトという騎士は、その宰相様にタメ口だったけど何者かしら?」


{王宮を辞してからは、武官の顔も分かりませんが、王の護衛官ならば将軍かそれ以上の地位には間違いないでしょう。または王様のご学童の一人かもしれませんね。

 それなら宰相様とも幼馴染でしょうから}


「確かに。友人っぽい気安さで話してたものね」


{そんな事より、また安請け合いをして、どうするつもりですか?

 黒い噂の絶えない後宮なんかに寝泊りして、ヘタな占いをすれば命はありませんよ}


「だって壺を売りつけたのまでバレてしまってるのよ。

 しょうがないじゃない。

 私、あんな恐ろしい拷問に耐えられそうにないもの」


{ああ。あれはただの脅しですよ。

 たかが霊感商法でそんな拷問するわけないでしょう}


「な……!!」


 フォルテは情けない顔でゴローラモを見つめた。


「それならそうと言ってよ!

 全部信じたじゃないの!!」


 ゴローラモはそんな場合じゃないと分かりながらも、可笑しくなった。


 占いをする時は、年配の貴婦人にも老獪の武官にもズバズバ言ってのけるフォルテだが、時々17の少女らしい無垢が見え隠れする。

 まだまだ人を疑う事を知らない純粋さで満たされている。

 世間を恨んでもいいような境遇のはずなのに、気持ちがいいほど真っ直ぐなのだ。


「もう! 何笑ってるのよ! 

 ラルフ公爵には事情を書いた手紙をピッツァに渡してくれるよう頼んだけど、ピアニシモは大丈夫かしら。今頃きっと心配してるわ」


{ピッツァ殿なら、きっとうまくごまかしてくれますよ

 とにかく、こうなったら一刻も早く後宮の黒幕を探り当てるしかありませんよ}


「分かってるわよ。

 今度はちゃんと協力してよね、ゴローラモ!」


{分かってます。

 こうなったら、わたくし今まで封印して参りましたが、霊騎士のとっておきの秘密兵器を出すしかないと覚悟を決めました}


「秘密兵器ってまさか!

 あの禁断の能力ちからのこと?」


{はい。こうなったら綺麗事は言っておられません。

 使える能力はすべて使って対処するしかございません}


 ゴローラモは拳を握りしめ、神妙に肯いた。



 ◆ ◆



 翌朝、フォルテの元には豪華な朝食と共に三人の女官が現れた。


「青の貴婦人様、宰相様より三日間のお世話を言い付かりました。

 わたくしは女官長のブレスと申します」

 

 40代とおぼしきブレス女官長は、挨拶が済むとテキパキと朝食の配膳を命じている。

 その女官長が、まん丸に太っているのを見て、フォルテは(よしっ!)と心の中でガッツポーズを決めた。


「朝食の前にこちらのドレスに着替えるように仰せつかっております」

 女官長の後ろから衣装箱を持った別の女達が入ってきた。


「着替え? でも私はこのままで……」


 ブレス女官長はフォルテのドレスを上から下まで見た後、バカにするようにふっと笑った。


「後宮の三貴妃様はお目汚しを何より嫌います。

 占い師と言えども、そのような質素な衣装で対面されては気分を害されてしまいますわ。

 宰相様が青いドレスを用意して下さっておりますので、こちらに着替えて頂きます」


「お目汚し……質素……」


 ショックだった。

 この衣装は占い用にピッツァにお金を借りて町の仕立て屋にオーダーした一張羅いっちょうらだったのに。

 ピッツァはいいと言ったけど、ようやく返済し終わったばかりの、現在フォルテが持ってる中で一番高いドレスだった。


「お手伝い致しましょう」

 ブレス女官長は、フォルテのヴェールに手をかけた。


「ま、待って!!!」

 フォルテは慌てて後ずさる。


「ヴェールをつけたままでは着替えられません。

 朝食も食べられませんよ」


「そ、そうだけど……」


「馬車に轢かれた醜いお顔だと伺っております。

 悲鳴を上げたりしませんから。

 安心してヴェールをお外し下さいませ」


 ブレス女官長は見た目通りの強引さで、フォルテのヴェールに手を伸ばした。


「ゴローラモ!!!」

 フォルテは慌てて叫んだ。


「は? 誰の事でございますか?」

 ブレス女官長が首を傾げる。


「もう! 嫌がってないで早く!!!」

「なにをおっしゃって……」

 言いかけた女官長の首がカクンと落ちた。


 そして次の瞬間、悲壮な表情を浮かべて元の位置に戻った。



「ひ――ん、気持ち悪い。

 嫌だ、嫌だ~~!」

 突然妙な声を出す女官長に、他の女官達はぎょっとして振り向いた。


「情けない事言ってないで、ちゃんとやってよゴローラモ」

 フォルテは小声で女官長に囁いた。


 女官長は諦めたようにゴホンと一つ咳払いをした。


「あー、皆さま。こちらの占い師のお世話は私が一人でやります。

 そう宰相様から言い付かっていたのを忘れてましたわ。

 さあ、配膳が済んだら行ってちょうだい。

 あなた達も、衣装箱を置いたら出て行ってちょうだい」


「で、でもブレス女官長様……」

 女官達がざわざわと不安そうに言い募る。


「私の言う事が聞こえなかったの?

 早く言う通りになさい!!」

 少し強めに言うと、女官達は怯えたようにそそくさと部屋を出て行った。

 どうやら、この女官長は相当怖いお局様つぼねさまらしい。



 女官長と二人きりになると、フォルテは安心したように椅子にどっと腰掛けた。


「あ、危なかった。

 良かったわ、女官長が太った女性で」


「何が良かったんですか!

 よりにもよって、こんなデブおばさん……」

 女官長は自分の体を見回して嘆いた。


「仕方がないじゃない。

 ゴローラモが太った人にしか、とり憑けないんだから」


「わーん、どうせ憑くならもっと美人がよかった。

 こんな贅肉ぜいにくだらけのブヨブヨの体、気持ち悪いよ~~!!

 嫌だ、嫌だ」


「でも女官長よ。

 これで女官は牛耳ぎゅうじれるわよ。

 ラッキーだったわ」


「うっうっ。他人事だと思って。

 私の大地のように広い魂は、細身の体では受け止め切れず、太った人にしか憑けないんですよ。

 なんて悲しい現実。

 ああ、親愛なるテレサ様。

 このような醜き体に憑依した私をお許し下さい。

 あなたの精悍な騎士はこんな体に成り果ててしまいました。

 テレサ様にこの姿を見られなかったのが、せめてもの救い……ううう」


 ゴローラモは、贅肉がたぷたぷと揺れる体で手を組み、天を見上げて懺悔した。

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