第8話 クレシェン宰相、占い師を脅迫する

「実は王の後宮の三貴妃様が青の占い師をご所望なのだ」


 クレシェンは仕切り直すように、ごほんと咳払いをして告げた。


「三貴妃様が?」

 王の後宮の知識なら幾分かはある。

 

 重臣の三公爵家から嫁いだ三人の姫君達だ。

 現在のデルモンテ国を実質牛耳っている重臣の家系でもある。

 この三公爵が拮抗した勢力であるがため、国は均衡を保っているとも言えるし、いつバランスが崩れてもおかしくない不安定な状態だとも言える。


 おそらく三貴妃の誰かが世継ぎを産めば、バランスは崩れる。

 しかし幸いなのかどうか、三貴妃は子が出来なかった。

 その他の側室ばかりが身ごもり、命を落としていったのだ。


 その黒い噂は町民の耳にも入るほどだった。


 王の後宮に入ったら生きては戻れないと……。


「さ、三貴妃様が私などに何用でございますか?」

 エラい事になってしまったとフォルテはまだ震えが止まらない。


「占い師なのだから占いをしてもらいたいのだろう。

 どうゆう相談内容なのかまでは宰相の私といえども知らない」


「う、占いをすれば良いのですか?」


「そうだ。占いをすればいい。

 ただし何点か聞き出してもらいたい事がある」


「き、聞き出す?」


「そうだ。そなたも聞いた事があるだろう。

 後宮の黒い噂を」


「く、黒い噂……」

 フォルテはゴクリと唾を呑み込んだ。


「後宮ではこれまで多くの死人が出ている。

 生まれたばかりの王子が二人に、側室は全部で五人。

 みな毒殺、転落死などの不審な死に様だ。

 おまけに行方知れずとなった側室は数え切れない。

 そんな中で三貴妃だけが、王の即位当初から健在だ」


「そ、そんなにたくさんの死人と行方不明者が……」

 まだまだ街の噂は控えめだった。

 二人の王子とその母の死しか一般には知られていない。


「占いをする風を装って、誰が手を下したのか探って欲しい。

 そして出来ればその証拠を掴んで欲しいのだ」


「そ、そんな大それた事を、この私が……」

 宰相は知らないだろうが、まだ17の小娘なのだ。

 いくら勘がいいといっても、あまりに荷が重い。


「そ、それに占った内容を他人に漏らすのは契約違反でございます。

 私の信用にも関わりますゆえ……」


「出来ぬと申すか?」

 宰相の瞳が怪しく光った。


「はい。申し訳ございませんが……」


「では詐欺容疑でこのまま牢に入ってもらうか」


「え?!」

 フォルテは驚いて宰相を見上げた。


「実は先日、私の部下が妙な壺を手に入れたのだ」


「つ、つぼ……」

 フォルテの額にじわりと汗が滲み出る。


「なんでも青の貴婦人に1000リコピンで売りつけられたというのだ。

 この壺をきちんと手入れすれば、物事がうまくいくなどと口車に乗せられ……」


 宰相が懐から取り出した壺を見て、フォルテは蒼白になった。

 それは紛れもなく、先日伯爵夫人に売りつけた壺だった。


「これはデルモンテ国法、第54条、まやかしの価値で物を売りつける事を禁止する条項に抵触しておるな。または第92条、買わねば不幸になるなどという脅し文句を使った脅迫罪にも引っかかるか。

 犯罪者ともなれば、拷問してでも素性を吐かせ、爵位などがあればもちろん剥奪し、離縁した夫も尋問せねばならぬな」


 嘘八百を並べて攻め立てる側近に、アルトはため息をついた。

 いつもこうやって善良な市民をいたぶっていたのかと頭を抱えた。


「ご、ごうもん……とは……どのような……」

 占い師は目に見えるほど震えながら、宰相の言葉を信じきっているようだ。


「まずは指の爪を一つ一つ剥がし、それでも答えねば天井から逆さ吊りにしてムチで打ち、それもダメなら素っ裸にして街中に晒し、知ってる者は名乗り上げよと札を立てて……」


「ひいいいい!!! 申し訳ございません!

 お許し下さい!!

 どうしてもお金が必要で、出来心でやってしまいました。

 どうか……どうか、お許しを……」

 フォルテはガタガタと床にひれ伏した。


 思いのほか完落ちが早かった。

 もう少しシラを切られるかと思ったが、人生の荒波を経験してきた中年の夫人の割りに、世間擦れしてないようだとアルトは思った。


(服装から40代かと思ったが、声の感じからしてもっと若いのか?)


「本来なら即刻牢屋に入れる所だが、後宮の三貴妃の件を引き受けるというなら、帳消しにしてやってもいい。さあ、どうする?」


「や、やります!! やらせて下さい!!」

 フォルテはあっさり引き受けた。

 頼りのゴローラモも、宰相に絶対服従のまま一緒にひれ伏している。


 震えるフォルテの手を、ふいに大きな手が包み込んだ。

 驚いて顔を上げる。


「脅すようなマネをしてすまぬな、青の貴婦人殿。許してくれ」


 剣士アルトが心底申し訳なさそうにフォルテを見つめていた。

 その深緑の瞳にドキリと心臓が跳ねた。

 ヴェールごしにも、温かさが伝わる。


「お金が必要と言っていたが、何か困っているのか?」

「は、はい。病気のいも……む、娘が……」


「そのために素性を隠して占いをしているのか?」

「はい。高価な薬と、よいお医者様に診て頂きたくて……」


「そうであったか。案ずるな。

 きちんと報酬は払う。そなたの素性も詮索しない。

 悪いようにしないから、協力して欲しい。頼む」

 アルトは真摯に頭を下げた。


 フォルテは悪辣な宰相に比べ、なんていい人なのだろうかと思った。

 残酷な宰相や、デブのトマト王などどうでもいいが、この誠実な剣士のために精一杯やってみようかと心を決めた。


「わ、分かりました!

 どこまで出来るかは分かりませんが、精一杯やってみます」


 しかしそんなフォルテに悪徳宰相は畳み掛けるように告げた。


「ああ。言い忘れていたが、もし青の貴婦人が何も聞き出せないようなら、報酬はもちろん無し、インチキ占い師として素性を調べ上げ、牢に入ってもらうからな」


「そ、そんなあ……」

 アルトに比べ、宰相は非情な男だった。

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