第6話 クレシェン宰相、占いの館に来る

 フォルテが秘かに占いをしているラルフ公爵のサロンは、王宮とヴィンチ家の屋敷のちょうど中間ぐらいにあった。


 週に一回、継母のナポリ夫人は決まって朝から夜まで出かける日がある。

 料理長ピッツァはその日を買出しに出る日に決めて、フォルテを連れて馬車で市場に向かう。

 そしてフォルテだけ途中で降ろしてくれる。


 ピッツァが作ったパンを届ける下女の装いでサロンに入るため、誰もそれが青の貴婦人だとは知らない。

 そしてサロンに置いている青いドレスに着替えるのだ。


 帰りはその逆だ。

 途中の路地裏でピッツァが待っていてくれる。


 この方法で三年間誰に疑われる事もなく占い師をやってこれた。




「先日、怪しき男達が青の貴婦人の素性を尋ねてきましたよ」

 フォルテがパンのかごを持ってサロンに入るなり、ラルフ公爵が心配そうに伝えた。


「怪しい男達?」


「ええ。武官風の男三人があなたの事を根掘り葉掘り聞いていきました。

 もちろん何も知らないと言っておきましたが、あの隙のない所作は優秀な隠密のような気がします。

 あれだけの隠密を雇うのは相当身分が高い者ですよ。

 気をつけた方がいい。」


「今日のお客様が事前に調べているのかしら?

 前金を置いていったのでしょ?

 でも、確か今日は若い武官の方の恋の相談ではなかった?」


「最初の予約はそのように聞いてたのですがねえ……」


 占いの予約は、このラルフ公爵が取り次いでくれている。

 もっとも、今はもう公爵ではない。

 つい慣れた言い方で呼んでいるが公爵も指摘はしなかった。

 それは本人も公爵を退いた事に納得してないからだ。



 ラルフ公爵は、三年前に娘婿に家督を奪われている。

 父と懇意にしていたラルフ公爵は、ちょうどフォルテが家督を奪われたのと同じように、あっという間に王の許可がおりて、隠居させられてしまった。


 今はこの別宅のサロンに隠棲させられている。

 だからフォルテの身の上に同情して、出来る限りの協力を申し出てくれた。



「ラルフ様、お客様がお見えになったようです」

 部屋をノックして、執事が告げた。


「大変! もう来たの?

 急いで青のドレスに着替えなきゃ」


「では、私が時間繋ぎにお相手をしておきましょう」



 

……………………



「どうぞ、お入り下さい」


 青いドレスに着替え、厚地のヴェールを被って丸テーブルの横に立つと、戸口に向かってフォルテは声をかけた。


 小部屋ぐらいの小さな部屋は、本来物置用の部屋で、窓もなくロウソクの頼りない灯りだけが、丸テーブルの両脇をほんのり照らしている。


「失礼する」


 戸口から男の声が聞こえると、コツコツという足音を響かせて丸テーブルまで進み出た。


 フォルテは、「いらっしゃいませ」とドレスをつまんで膝をおった。

 そして顔を上げて、はっと固まった。


 薄闇の中でも映える身なりのいい衣装。

 膝丈の長衣は細かな刺繍が所狭しと施され、長靴ちょうかは最高級の革張りだ。

 脇に差した剣も、宝飾の方に分類される逸品に違いない。

 背に流れる栗色の巻き毛も手入れが行き届いている。


(絶対どこかの大金持ちの貴族だわ。一体なに者?)


 公爵だった父より身分が高そうだった。


 顔は……。


 顔は、目元を仮面で隠している。


(絶対怪しい……)


 先日、王宮の重臣の代理としてやってきた貴族の男も仮面をつけこんな雰囲気だったが、それよりも明らかに身分が高い。


(恋の相談ではなく、政治の相談かしら?)


 先日の男はクーデターの相談だった。

 これは重そうな話題になるだろうと、フォルテは口元を引き締めた。


……………………



「え?」


 だから男が、椅子に座るなり恋の相談を持ちかけた事に驚いてしまった。


「ですから、私の友人に非常に見目麗しい腕っ節のいい武官がいるのですが、どうした事かさっぱり縁談がまとまらず、もうすぐ30になろうというのに独身なのです。

 彼が結婚出来るかどうか占ってもらいたい」


「わ、分かりました。

 その彼の生年月日とお名前を……」


「生年月日はお教えしますが、名前はご容赦願います」


 貴族の相談には、名前を明かさない事はよくある。


「分かりました。

 では、名を心で唱えて彼の顔を思い浮かべて下さい」


 生年月日をトネリコの葉に書き付け、フォルテは色のついた石が入ったカップを取り出す。

 この石を丸テーブルにばら撒き、その配置で占うのがフォルテのやり方だった。


「どうです? モテる男なのですが」


「モテる……? 本当に?

 占いでは、女性と縁の無い生活をされてきたような……。

 女性よりは……こんな事を言っては失礼かもしれませんが、食べる事が大好きでは?」


「ほう?」

 栗毛の紳士は、仮面の奥の瞳を見開いた。


「それに武官とおっしゃいましたが、剣を使うような器用な方かしら?

 外見は逞しくとも、心の内はとっても細やかで優しい方ですわね」


「なるほど……」


「でも、未来に明るい兆しが見えておりますわ。

 なぜかは分かりませんが、近い未来、武官として今までにない活躍をされるようです。

 頭打ちになっていた出世の道が開け、おのずと結婚相手にも恵まれるでしょう。

 心配ありませんよ」


「意外にも本物だったか……」


「え?」


「いえ、何でもありません。

 では、もう一人占って頂きたいのですが。

 もう1000リコピン払いますから」


「まあ! ええ、ええ。構いませんわ、何人でも」

 フォルテは一日で前金も会わせて2500リコピンも稼ぐ事が出来たことに、すっかり有頂天になっていた。


 だから、そばに霊騎士ゴローラモが姿を現わした事を気にも留めなかった。


「こちらの友人は今まで多くの妻を持ち、子にも恵まれたのですが、みんな死別してしまいました。

 今後、妻を娶り子を授かる可能性は?」


「では生年月日と……、お名前は出せませんか?」


「はい。心で強く、強く、念じておきましょう」


 目のギラつき方から、明らかにさっきより気合が入っている。

 どうやらこっちが本当に聞きたかった事なのだとフォルテは思った。


(もしかしてご自分の事かしら?)

 人の事のようなフリをして自分の事を占いに来る客も多い。


(28歳……)

 トネリコの葉に書いた生年月日からすぐに計算した。

 目の前の男の年齢でもおかしくはない。


 ジャラリと色石をばら撒いて、配置を丁寧に占っていく。


「この方は……、ずいぶん数奇な運命を辿って来られた方ですわね。

 確かに……、若くして多くのご家族を亡くしておられる……」


「ええ。また失う事を怖がっているようです」

「お気の毒に……」


「気の毒がっている場合ではないのです。

 とっとと結婚してもらわないと困るのです」


「28なら……それほど慌てなくともこれからではないですか」


「いいえ。この際誰でもいいから子作りに励んでもらわねば」


 その言いように、自分の事ではなかったのかしらとフォルテは考え直した。


「まあ! この黒紫の石を見て下さいませ。

 これは良くも悪くも影響の強い石でございます。

 この石が中央を陣取っているという事は、この方の身近にとても影響の強い守り神のような御仁がついていらっしゃるようですわ」


 仮面の貴族は、ぱあっと顔を輝かせた。

「その通りです!!!

 確かに非常に有能な側近がおります!」


「あら、でも少し出張り過ぎかしら。

 お節介が過ぎると悪影響が出るものですわ。

 少々心根のひねくれた方のようでございますしね……」


「……」

 仮面の貴族は、しばし黙り込んでしまった。


「あら? ここにピンクの石に乗った青い石がございます。

 これは想い人を現わしております。

 まあ、珍しい。

 この石の流れを見ると、一生に一度あるかないかの恋に落ちるようですわ。

 とても近い未来ですわ。

 今日にでも出会うかもしれません。

 この方と結ばれたなら、子宝にも恵まれ、明るい道が開ける事でしょう」


「なんと!

 それで、そのご令嬢はどこのどなたですか?」

 仮面の貴族は身を乗り出して尋ねた。


「い、いえ……、そこまではさすがに……」

「何才ですか? 髪の色は? 目の色は?」


「いえ、残念ながら……。

 でも、そうですわね。

 お二人の間にはまだ幾つもの苦難がございます。

 障害になるものがたくさん……。

 ずいぶん多いわ。

 お二人の想いが強く重なり合えば、乗り越えられるでしょうけど……」


「乗り越えられなかったら?」


「そうですわね。

 残念ながらお子には恵まれない人生かもしれません」


「なんという事だっ!!」

 仮面の男は蒼白な顔で立ち上がった。


 その時になって、ようやくフォルテはゴローラモが必死で何かを訴えかけていた事に気付いた。


{フォルテ様! 外の様子がおかしいです。

 黒服の男達がこの部屋を取り囲んでおります。

 ラルフ公爵も、別室に監禁されているようです。

 ヤバイですよ、この男}


「え?」


 フォルテは驚いて仮面の男を見つめた。


{戸口の外に二人。

 ラルフ公爵の別室に二人。

 館の玄関に三人います}


「戸口の外に二人。

 公爵の部屋に二人。

 玄関に三人……。全部で七人」

 フォルテはゴローラモの言葉を復唱して人数を計算した。


 仮面の男はフォルテの呟きに、はっと顔色を変える。

 

 フォルテは震える手を抑えて挑むように告げた。


「この屋敷を囲む男達は何者ですの?

 あなたはいったい何を企んで……」



「ほう。人数まで見破るとは、やはり本物のようだ。

 使えそうだな」


「え?」


「入れ!!」

 仮面の男が部屋の外に合図すると、戸口の男二人が風のように現れ、一瞬にしてフォルテの両腕を拘束していた。


「きゃっっ!! 何をなさいますか!!」


{何しやがる! フォルテ様を放せ!!

 放せえええ!!}

 ゴローラモが剣で切り刻んでいるが、もちろん相手は気付いてもない。


「お静かに。こちらの言う通りになさって頂ければ、危害は加えません」


「言う通りにって……。

 こんな手荒なマネをしておいて……あなたはいったい……」


「ほんの少し頼み事があるだけです。

 今からしばしお付き合い願いましょう」


「い、嫌よ! 早く帰らないと……。

 待ってる人がいるのよ」


「残念ながら、私と共に行くか、ここで死ぬか、選択肢はこの二つだけです」


「な!」


{ふざけんな!! この貴族野郎!!

 キザな言い方しやがって!!}

 ゴローラモはすでに二十回は仮面男を切り刻んだ。


「ご安心なさい。

 少しばかり我々に手を貸してくれれば、無事に帰すばかりか、報酬として50000リコピンをお約束しましょう」


「ご、50000リコピン?」

 フォルテの目の色が変わる。


 それだけのお金があれば、ピアニシモをいい医者に診せるばかりか、小さな家なら買えるかもしれない。


「わ、分かったわ。お話を聞きましょう」


 フォルテは素直に従った。

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