第7話 デルモンテ王、占い師と対面する
「アルト様、例の占い師を連れて参りました」
クレシェンはフォルテを尋問室に連れて行くよう信頼出来る隠密に手配して、自分はアルトの執務室にやってきた。
「本当にやってしまったのだな。気の毒に。
手荒にしなかっただろうな」
アルトは女官を呼び寄せ、着替えの準備を頼んだ。
占い師が使えそうになかったら、占いだけして帰ってくるという話だったから、アルトとしては悪徳側近が手ぶらで帰る事を期待していた。
「連れて来たという事は、当たったのか?」
女官が三人、変装用の護衛官の衣装を持って着替えを手伝う。
ちょいちょい庭師に変装して畑に行くので、女官達も慣れたものだった。
「ええ。わたくし、占いなどバカバカしいと思って参りましたが、青の貴婦人はさすがに話題になるだけあって、大したものです。
ダルがモテない事も、剣が下手な事も当てました。
おまけにアルト様に、非常に有能な側近がついている事まで当てた時に、これは本物だと確信致しました」
「やっぱり私の事まで占ったのか。
そんな事だと思った」
アルトは、王の豪奢な衣装より動きやすい黒の剣士の衣装に着替える。
「そうでした!
アルト様、今日はどなたかご令嬢にお会いになりませんでしたか?」
「ご令嬢?
いや、午前の会議の後は、畑にいたからな。
なぜそんな事を聞く?」
「近々に大恋愛をする相手との出会いがあるようなのです。
誰か会ってませんか?」
「お前、すっかり占い師に洗脳されておるな。
残念ながら、女官や侍女ぐらいしか女人とは会っておらぬ」
「もしや、女官や侍女の中に?
最近新しく入った女官はおりませんか?」
「いや、みな即位の頃からいる母のような年の女ばかりだが……」
「アルト様はもしや熟女好みでは?
この際、子を産める年齢なら誰でも構いません。
遠慮せずに気に入った女がいれば、おっしゃって下さい」
「なんだ、急に。
この前まで侯爵以上の身分の者でないとと言ってたくせに」
アルトは黒髪のカツラを被りながら怪訝な顔で側近を見た。
「次に出会う相手と子を成さねば、子宝に恵まれぬと言われたのです。
ですから、この際どんな身分でも構いません。
子を成す女ならブスでもデブでもハゲでも文句は言いません」
「私が文句を言いたいがな」
すっかり占い師を信じている側近にアルトは苦笑した。
◆ ◆
尋問室ではフォルテが黒服の隠密三人に見張られながら、ゴローラモと小声でしゃべっていた。
「ゴローラモ、いったいここはどこなの?
馬車の窓は目隠しがあってさっぱり分からなかったわ。
でも大して時間はかからなかったわよね?」
{フ、フォルテ様……、どうかお気を確かにお聞き下さい。
わたくしゴローラモは、その昔、デルモンテ全土に名を馳せる凄腕剣士でございました。
その信頼たるや王の近衛軍の将軍に最年少で抜擢されるほどでございました}
「この非常時にあなたの自慢話を聞く暇はないのだけど」
フォルテは見当違いな話を始めた霊騎士を
{いえ、話したいのは自慢ではなく、つまり王宮に将軍用の一部屋を頂くほどの剣士だったのでございます}
「やっぱり自慢話じゃないの」
{で、ですから、端的に申し上げますと、ここは私がテレサ様の側近武官として将軍職を辞すまで住まった場所でございまして……}
「住まった場所?
つ、つまりここは……?」
{はい。紛れもなく王宮。
しかもかなり王様のお部屋に近い中心部でございます}
「な、な、な、なんでそんな所に私が?」
{こっちが聞きたいです。
なぜこんな所に拉致されたりしたんですか!
ああ、親愛なるテレサ様。
あなたの愛娘はどうなるのでしょう?
ここはおそらく王様に関わるほどの重大な犯罪者が尋問される場所です。
将軍の私ですら、足を踏み入れた事もない王宮の最深部です}
「な、なんでそんな場所に?
まさか! 霊感商法がばれて?」
{そんなチンケな犯罪で連れて来られる場所ではありませんよ。
もしかして先日のクーデターの相談にのった事で、仲間だと思われているのかもしれません}
「そ、そんな……。
私は相談にのっただけで、しかも成功しないって言ったのに」
{あの占いに来た青年。
仮面をつけてはいましたが、見覚えがございます。
幼少の王様のご学童の中に、神童と呼ばれる非常に頭の切れる少年がいました。
風の噂に、最近宰相の地位についたと聞いた事があります。
もしやあの方は……}
「さ、宰相?
デルモンテ国王の臣下のトップ?
まさか……」
だが、言われてみれば身なりといい、態度といい納得出来る。
「ど、どうしよう……ゴローラモ。
もしも、もしもヴィンチ家の娘だと知られたら、ピアニシモにも影響があるかしら……。
ううん。きっとあのナポリ夫人のことだわ。
いい機会だと、私とピアニシモを屋敷から追い出すわね。
自分達は無関係だって言って……。
そんな事になったらピアニシモは……。
どうしよう……」
{ピアニシモ様の心配より、まずはご自分の命の心配をなさって下さい。
ああ、テレサ様、あなたの子羊をどうかお守り下さい。
と、とにかく名を明かさない事です。
出来れば驚くような醜い顔だとかなんとか言って、ヴェールも取らない方がいいでしょう}
「わ、分かったわ」
フォルテは事の重大さに震える手を必死で抑えて覚悟を決めた。
……………………
「やっぱり剣士の恰好は動きやすくていいな。
王の服ももっと簡易に出来ないものか。
特にあの宝石をまぶしたような杖と、飾りばかりでさっぱり役に立たない宝剣、それに金キラで趣味の悪いマントを何とかしてくれ」
「あれは王を証明する三種の宝物でございます。
値のつかない高価な品ですよ。
王の威厳を保つための必須アイテムでございます」
「そんなものに頼らねば保てぬ威厳など虚しいものだがな」
最近は式典以外では、後ろに立つダル軍曹に代わりに持たせている。
護衛の兵士を連れて二人が尋問室にたどり着くと、部屋の前の隠密がすっと膝をつき拝礼した。
「占い師はどんな様子だ。怯えてないか?」
「は。なにやら独り言をブツブツ言っておりますが、特に問題ございません」
「独り言? ふむ。自分の現状でも占っておるのかな」
護衛官姿のアルトとクレシェンが部屋に入ると、占い師は立ち上がりドレスをつまんで貴婦人らしく膝を落として挨拶をした。
その見事な仕草は良家の夫人を思わせた。
その両脇と背後に黒服の隠密がついている。
そして霊騎士ゴローラモはフォルテの横で片膝をつき、拝礼していた。
長く王宮を離れていたとはいえ、長年染み付いた忠臣の慣習は霊になっても変わらない。
「青の貴婦人よ。そなたほどの力があれば、ここがどこか分かるかな?」
クレシェンは試すように尋ねた。
「王宮……でございますわね、宰相様」
フォルテは精一杯強気の姿勢で答えた。
「ほう。私が宰相であることも占ったか。
では、この者は誰か分かるか?」
クレシェンは隣りのアルトをチラリと見た。
フォルテは黒い騎士服の男を見上げた。
(有名な将軍か何かかしら?)
長い黒髪をゆったりと後ろで結わえて、動き易そうな黒の上下にマントを羽織っている。
全身黒の隠密のような姿だが、袖口や上衣の裾の見事な刺繍が豊かさを、そして澄んだ深緑の瞳の力強さと、凛とした佇まいが別格の人物だと告げている。
きっと有名な武官なのだろうと思うが、フォルテは政治には興味があっても将軍の名前には興味が無かった。今デルモンテ国にどんな将軍がいるかなんて知らない。
困ったように隣りで拝礼したままのゴローラモをヴェールごしに見た。
(ちょっと、ゴローラモ、顔を上げなさいよ。誰か知らないの?)
声無き声で必死に尋ねても、元将軍は宰相を前にすっかり緊張して顔も上げられないらしい。
占いサロンでは二十回以上切り刻んだくせにゲンキンなものだ。
「申し訳ございません。
武官の方は勉強不足のため分かりません」
フォルテは仕方なく頭を下げた。
「武官か……。なるほど、分からぬなら、まあその方がいいな」
王だと気付いてない事にクレシェンは安堵した。
「王の護衛官、アルトと言います。青の貴婦人殿」
温かな笑顔を浮かべるアルトに、フォルテはほんの少し心が和らいだ。
「そなたもヴェールをはずし、名前を申すがいい」
クレシェンはアルトとは裏腹に命令口調で告げた。
「そ、それは……ご容赦下さいませ……」
フォルテは心臓が飛び出そうになるのを必死で抑えて答えた。
「宰相の私の命令が聞けぬと? 反逆罪になりたいか?」
クレシェンはすでに得意の脅迫モードに入っている。
「わ、わ、わたくしは以前、馬車に轢かれて、か、顔にひどい損傷を受け、ひ、人様にお見せするような容姿では無いのでございます。ど、どうかヴェールをはずすのだけは……」
「どんな醜い顔であろうが大丈夫だ。
一目見るだけだから見せよ」
「宰相様が良くとも……私の心が……傷つくのでございます」
「そなたが傷つく事などどうでもよい。
早く見せぬか!!」
いらいらとヴェールに手をかけようとする宰相の腕を、アルトが掴んだ。
「やめてやれ、可哀想じゃないか。
誰だって見られたくないものがあるだろう」
「……」
宰相は意外にもため口の剣士の言葉を受け入れ、引き下がってくれた。
フォルテはほっと胸を撫で下ろす。
「では名を申せ。どこの夫人だ」
しかしすぐに次の質問がきた。
「わ、私はさる貴族の方の妻でございましたが、このような顔になり離縁されてしまいました。
今はひっそりと娘と暮らす身なれば、名を
どうか名前もご容赦下さいませ」
ゴローラモと慌てて考えた筋書きだった。
「なんだとっ!! 名も申せぬと言うか!!」
怒りで剣まで引き抜きそうなクレシェンに、さすがにフォルテは青ざめた。
「どうかお許しを!
私に出来る事なら何でも致しますので、どうか……」
フォルテは両膝をついて祈るような姿勢になって震えた。
霊騎士ゴローラモまで膝をついたまま震えている。
ナポリ夫人には散々な悪態をついても、王国に忠実な剣士であったゴローラモは、宰相には絶対服従のようだった。
「この女! 優しくしていればつけあがりおって、死にたいか!!」
フォルテはもう今では目に見えるほどにガタガタ震えていた。
アルトはすっかり未亡人が気の毒になった。
「よせ、クレシェン。
こんなに震えているではないか。
素性を明かしたくないのは余程の理由があるのだろう。
そもそも我々の頼み事に夫人の素性は必要ないだろう。
頼みがあるのはこちらの方なのだ」
「頼み?」
フォルテは騎士アルトを見上げた。
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