第4話 国王の側近、占いの予約をとりつける

「例の占い師ですが、予約をとりつけました」


 デルモンテ王の執務室では、相変わらず二人の側近が集っていた。


「予約?」


 国王アルトは、もぎたてのトマトを頬張りながらクレシェン宰相に問い返した。


「はい。どうにも素性が掴めませんので、占いの客に成りすまし、そのまま拉致する事に致しました。

 人気があるらしく半年先まで予約がいっぱいとの事で、たまたま恋路の相談に半年前から予約をとっていた懇意の武官を脅しつけて代わってもらいました」


「お前は……可哀想な事をしてやるなよ」

 アルトはため息をついて、物欲しそうにしているダル軍曹にもトマトを一個差し出した。


「ついでに本当に当たるのかどうか、占ってもらおうと思います」

「何か占って欲しい悩み事でもあるのか?」


「はい。非常に深刻な悩みを抱えております」


 この悪代官のような宰相に悩みがあるとは知らなかった。


「ほう。いったいどんな悩みだ」


「わが愛すべき主君が結婚できるのか。

 そして子に恵まれるのかでございます」


「ごほっ……けほっ……、お前……」

 アルトはトマトを詰まらせむせた。


「くだらん事を占うな!」


「全然くだらなくございません。子供が出来ないとなったら、養子を探さねばなりませんし、重臣への根回し、裏工作、諜報活動、脅迫、恐喝などなどやる事が山積みです」


「幾つかやっちゃいかん事も混じってなかったか?」


「せっかくですから、使える女かどうか、私の目で確かめて参ります」

「あまり手荒にするなよ。

 気の毒な未亡人かもしれんのだ」


「それも相手次第でございます。

 王は女性に甘すぎるのです。

 だから三貴妃も断罪出来ずに今日まできてしまったのですよ」


 確かに自分が不甲斐ないから後宮の女達を不幸にしてしまった。

 三貴妃の誰かが罪を犯しているのだとしても、少なくとも自分に対しては三人の女は誠実だった。

 自分への愛ゆえに犯した罪を、問い詰める事がどうしても出来なかった。


「その占い師の尋問には私も立ち会おう。

 お前一人に任せておいたら、どんな無慈悲な脅迫をするか分からん。心配だ」

 言う事を聞かねばむちで打つぐらいのことはやりかねない。


「たかが占い師の尋問に、王が立ち会う必要などございません。

 むしろ王に尋問されると聞いたら、その方が怯えさせる事になるでしょう」


「なるほど……。それもそうか。

 では王の護衛官アルトということにしたらどうだ?」


「黒髪の庭師アルトではございませんでしたか?」

「庭師、兼、護衛官だ」


「そのような兼務など聞いた事がございませんよ」


 まあ、普通はありえない。


「私も占い師というものに興味がある。

 会ってみたい」


「仕方がありませんね。

 ですが占いのサロンには私と隠密で参ります。

 アルト様は王宮に拉致してから対面して下さい」


「私に隠れて変な事を占ってもらうつもりじゃないだろうな」


 ふんと、クレシェンはいつもの悪巧みの顔になった。


「まずは美貌のダル軍曹に恋人はいつ出来るかと聞いてみましょう。

 すぐ出来ると答えたら怪しいものです」


 今度はトマトをかじっていたダルがごほごほとむせた。


「わ、私にだって恋人ぐらい出来るかもしれないじゃないですか!」

 ダルは情けないハの字眉毛になって抗議する。


 同じトマトなのに、アルトと比べると顔との比率からプチトマトに見える。


「お前はもう少し痩せないと無理だな」


 ダルは失恋のたびにヤケ食いをして太り、太っては失恋し、という負のスパイラルに陥って現在の巨体になってしまった。その上、元々は質のいい筋肉に恵まれているのに、ストイックさが足りないせいで、贅肉の増殖に追いつけていない。


「しかも腕っ節は強いくせに、剣の腕は見掛け倒しだしな。

 もう少し剣使いが巧くならないのか?

 だからいつまでたっても軍曹止まりなんだ」


 クレシェンはダルにも辛辣だった。


「剣より金棒の方が得意なんだよ……」


 口ではクレシェンに絶対叶わないダルに、アルトが助け舟を出した。


「ダルは顔だけで威嚇出来るからいいんだよ。

 私の後ろに立ってるだけで、誰も手出し出来ない。

 手を出す気も失せるほど怖い顔が出来るというのが重要なんだ」


 そう。

 ダルは護衛軍曹を名乗ってはいるが、剣はさほど強くない。

 アルトの方がよほど剣使いが巧い。


 だがその顔だけで、九割方の攻撃を諦めさせるほどの強面こわもてが出来るのだ。

 ただし、それもアルト達といる時だけは油断しきって、人のいいハの字眉になっている。


 あまり役に立たない側近だが、アルトとクレシェンの潤滑油のような役目を担っていた。

 ダルがいなければ、二人はきっと嫌み合戦の末に毎回喧嘩してるだろう。



「ところでダル、このトマトの味はどうだ?」

 アルトは先程から肉厚な口をすぼめて食べているダルが気になっていた。


「うーん、ちょっと酸っぱいかな。

 もう少し甘みがあると食べ易いんだけど……」


「やっぱりそうか……。

 今回は自信作だったのにな……」


 クレシェンがゲテモノ食いの二人に眉をしかめる。


「よくそんな物を食べてお腹を壊しませんね。

 小さい頃からトマトは腹下しの毒野菜だから食べるなと言われて育ってきましたよ」


「それは葉っぱや、まだ青い実を食べるからだ。

 しっかり熟せば毒はぬける。

 ただ、味がもう一つなんだ」


「そんな物を熱心に作ってどうするつもりですか。

 そんな事より、重臣の一部に不穏な動きがあるのをご存知でしょう?

 そちらに神経を使って下さい」


「分かってる。

 ベルニーニ公爵の一派だろう?」


「そうです。

 過去においてアルト様を操り人形のように私腹を肥やす道具として利用していた男でございます。

 さっさと失脚させねば、えらい事になりますよ」


「そうは言っても罪もないのに罰する訳にもいかぬだろう」


「罪など捏造ねつぞうすれば良いのですよ。

 私にお任せ下されば、十や二十の罪ぐらい余裕で作ってみせます」


 またしても悪巧みの顔になる側近に、アルトはため息をついた。


「これ以上お前を罪深い人間にしたくない。

 やめてくれ」


「……ったく。

 綺麗事で政治が出来ると思ったら大間違いですよ。

 まあ、ベルニーニなら捏造しなくとも叩けばほこりがわんさか出てきますよ」


「何人か間者を放ってるんだろう?

 まずはその報告を待つ事にする。

 その間に国力を高めるためにデルモンテ国の特産品を作りたいのだ。

 他国に輸出出来る特産品があれば国が潤う」


「それがトマトだというのですか?

 この毒野菜が?

 そんな回りくどい物より、鉱山でも掘りおこした方がいいですよ」


「掘って出てくる物など限りがあるだろう。

 毎年育つ物の方が未来がある」


「そんなのは理想ですよ。

 綺麗事と理想で国が治まるなら誰も苦労しませんよ」 


「お前のように権力と脅迫で国が治まるとも思えんがな」


 ダルは、この二人をたして二で割ったら丁度いいのにと思いながら、口をすぼめて酸っぱいトマトを頬張った。

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