第2話 デルモンテ国王、宰相の悪巧みにのる
「デルモンテ王、ご決断下さい」
王宮の奥室では、王の側近でもあり政務を一手に引き受けているクレシェン宰相が、金糸に縁取られたマントを広げ、栗色の巻き毛を垂らしてひざまずいていた。
その横には肉の塊と言っていいほどの巨体が、遠慮がちにチョコンと両膝をつけてひざまずいている。
本来片膝を立てるのが正式な拝礼の形だが、片膝だけではこの巨体を支えきれないため、特別にこのダル近衛軍曹にだけ略式を許していた。
「決断? このくだらぬ議案の事か?」
二人の前には、執務机に座って不機嫌に頬杖をつく王がいた。
サラサラと別の案件にサインをする手を止め、側近二人を睨みつけた。
長い金髪を無造作に後ろで束ね、黒に近い深緑の瞳を険しく歪める。
「はい。その大変にくだらなく、そして最も重大な議案でございます」
クレシェン宰相は、恐ろしいオーラを放つ主君の威圧に怯む事もなく、慇懃無礼に即答した。
「これのどこが最も重大な議案なんだ!」
デルモンテ王は議案の書かれた羊皮紙を側近に広げて見せた。
「ダル、読んでみろ!!」
名前を呼ばれた軍曹は贅肉と筋肉が仲良く共存する巨体を揺らし、羊皮紙に顔を近づけた。
「おい、顔!! 油断しきってるぞ!」
怒鳴られて、ダルはハの字に垂れ下がっていた眉を慌てて凶悪に吊り上げた。
途端に人のいいハの字顔は、極悪非道な鬼軍曹の顔になった。
あまりの人相の悪さに、王は一瞬たじろぐ。
「待て! 怖すぎる。そのぐらいでいい」
「はい。失礼致しました」
ダルは恐縮してから、適度な鬼軍曹顔に安定させて羊皮紙に目を向けた。
「一ヵ月後の秋の収穫祭の最終日に王宮にて舞踏会を開く議。
なお、この舞踏会において王に見初められし美姫達を、新たに王の妻として後宮に入宮させる事を第一の目的とする」
ダル軍曹は体に見合った低音ボイスで読み上げた。
王は深く肯いてから、ギロリと宰相を睨みつけた。
「これのどこが重大議案だ!
くだらん!!!」
「されど王位に就かれて、はや18年。
10代前半は
しかし気付いてみれば、御年28にもなられて御子ばかりか正妃一人おらぬ有様でございます。
王の権力を安定して保とうと思うなら、まずは正妃と世継ぎの王子を世間に示す事が一番の早道でございます」
「気のせいかもしれんが、ちょいちょい悪口が混じってなかったか?」
デルモンテ王はバツの悪い顔で側近を睨んだ。
「いいえ。王の側近として仕えさせて頂いて10年。
わたくしはいつも隠し切れないほどの溢れる愛を秘めて接しております」
「お前の秘めた愛は、どうにもトゲトゲしくて心が温まらん」
二人のいつもの嫌み合戦に、隣りの鬼軍曹が眉をハの字に下ろして笑いを堪えている。
「ダル! 顔!!」
ダル軍曹はあわてて眉を吊り上げ、鬼軍曹の顔に戻した。
「アルト様、冗談ではなく、本当にいい加減正妃を決めて世継ぎを作って下さい」
側近の宰相は、少しくだけた調子になって王を名前で呼んだ。
「なるほど。舞踏会を開いてガラスの靴を履いたシンデレラでも見つければよいのだな」
王も少しくだけた調子で答えた。
三人は20年来の付き合いで、
「シンデレラでも白雪姫でも美女でも野獣でも、何でもいいから選んでさっさと世継ぎを作って下さい!」
「いま選んじゃいかんものが一つ混じってなかったか?」
ダルは再び眉をハの字にして笑いを堪えている。
「とにかくさっさと正妃を選んで子供を作れと言ってるのです」
「そんなもの作っても、すぐに死ぬ」
そう。
デルモンテ国王は18年間妻もなく過ごしたわけではない。
妻なら後宮に大勢いた。
10才で即位した時から常時5人ほどの側室を持たされていた。
側室が子を宿した事も、王子が生まれた事もある。
しかし……。
死ぬのだ。
王子が生まれた途端に母子共々死に、妊娠が分かった途端死に、やがては少しお気に入りの側室が出来た途端に死んだ。
おおよその推測はつく。
後宮で権力を放つ三人の貴妃の誰かが手をくだしている。
しかし、どうにも証拠がつかめない。
しかも三人共、有力な後ろ盾を持つ重臣の姫で、下手に手出し出来ない。
そうして何度も愛する者を失ったアルトは、この数年後宮に足を向ける事もなくなり、新たに妻を迎える事もなくなった。
「あの後宮がある限り、私は新たに妻を持つつもりはない」
アルトは決して女嫌いだったり、情の薄い男ではなかった。
むしろ情に厚く、妻達を愛していたがゆえに、これ以上失う事に耐えられなかった。
「そう言うと思いましたよ。
ですから、実はわたくし秘策を考えております」
クレシェンはにやりと得意げに微笑んだ。
「秘策?」
「そうです。
後宮に間者を送り込み、確実な証拠を掴むのです。
そして、この際、後宮の風通しを悪くしている三貴妃を追い出すのです」
「お前、ひどい事を言うな。
悪事を働いてなかったら可哀想じゃないか」
「ですがこの三貴妃と子作りをする気はおありですか?」
宰相に問われ、アルトは困ったように頭を掻いた。
「いや、10才の時から共に過ごし、どちらかというと母や姉妹のような感情に近いのだ」
中にはアルトが10才の時に22才で嫁いできた妃もいる。
今では40才の大台に乗ってしまった。
少なくともこの国の医療で出産できる年齢は過ぎていた。
「子を産めぬ妃など、本人にとっても辛いだけです。
後宮を出れば、どこぞの貴族の後妻になる道もございましょう」
「だったらもっと早くに解放してやれば良かったではないか」
「ですがこの三貴妃の中に大罪人が混じっているのでございます」
「大罪人……」
「王の妻や子供達を殺した大罪人です。
それが誰か分からぬ限り、三貴妃の誰も解放するわけにはいかないのです」
「ああ……そうだったな……」
結局誰も罰せず、解放も出来ぬまま、ずるずると今日まできてしまった。
「しかし、秘策とは?」
クレシェン宰相はにやりと悪巧みの顔になった。
「実は最近ちまたでは『青の貴婦人』と呼ばれる占い師が話題になっておりまして、三貴妃様からそれぞれに後宮に召して欲しいとの要望を頂いております」
「三貴妃みんなが?」
「はい。女性というのは占いが好きなようでございますね」
「その『青の貴婦人』とは何者だ?」
「先日より調べておりますが、サロンを貸しているラルフ老公爵は素性を知らぬと言い張り、それらしき婦人が出入りしている様子もないのでございます」
「貴婦人というからには、どこかの貴族の夫人ではないのか?」
「はい。中年風の青いドレスを着ているらしく、どこかの没落未亡人が日銭稼ぎに素性を隠してやっているのだと思いますが……」
「その占い師がどうかしたのか?」
「その占い師をうまく抱きこみ、三貴妃の秘密を探らせるのです」
「なるほど。
占い師になら貴妃達も胸のうちを漏らすかもしれぬな。
だが、しかし、その占い師をうまく抱き込めるのか?
その者が嫌だといったらそれまでだろう?」
「やらざるを得ない状況に追い込むのです」
クレシェンはすっかり悪人ヅラでほくそ笑んだ。
「ど、どうゆう事だ?」
アルトとダルは警戒するように人の悪い宰相を見つめた。
「これです」
宰相は足元に置いていた布の包みを王に差し出した。
「? なんだ?」
王は受け取ってそっと包みを開いた。
そこには見事なモザイク柄の壺が入っていた。
「これは……故レオナルド壺師の作品ではないのか?
素晴らしい品だが、これがどうした?」
「先日、伯爵夫人が『青の貴婦人』より売りつけられたようなのでございます。
秘かに放っておりました隠密が、拝借して参りました」
「拝借というか、要するに盗んだのだな?」
「これは紛れもない霊感商法。
詐欺でございます」
「お前の方こそ泥棒だな」
「占い師を拉致して、この証拠を突きつけるのです。
そして言う事を聞かねば裁判にかけて牢屋に入れると脅すのです」
「どう考えてもお前の方が罪が重いな」
王はやれやれとため息をついた。
「それにしても、この壺を伯爵夫人は幾らで買ったんだ?
とても伯爵夫人が買える品ではないがな……」
アルトは手の中の壺を上から下から見回している。
「隠密の話では1000リコピンで買ったと言ってたらしいです」
「は???」
アルトは唖然と側近を見つめた。
「バ、バカを言うな。
これは50000リコピンでも買い手がつく逸品だぞ!
詐欺どころか贈呈じゃないか!」
「占い師がどこかの邸宅から盗んだんですかね?
それなら窃盗の罪でゆすりましょう」
「いや、だからお前が一番悪人だろう……」
アルトは会った事もない『青の貴婦人』が気の毒になってきた。
「なんだか気が滅入ってきた。畑に行く」
「また庭師に変装してトマト作りですか?
最近どこから漏れたのか悪い噂が流れていますよ。
土いじりもいい加減にして下さいね」
今度は側近がため息をついた。
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