5. おかしな屋敷
「ここ最近、ずっと嫌な予感がしていてね。気が気じゃないんだ」
目の前の老人が語る。
大正から昭和の初期にかけて建てられたこの洋館は、老人の代で取り壊すらしく、それでなくてもだだっ広いのに人口密度はかなり低い。
昔は、使用人などがかなりいたようだが、今は派遣の家政婦が1人と、執事が1人、それと冬休みで遊びに来ている(というていで息子夫婦から預けられた)小学生の孫息子が1人、そして老人の4人が居るのみであった。
「どうもこの屋敷に何かがあるんじゃないかと思っている。私もそう長くはないが、最期を不幸に迎えたくはないのでね、すっきりさせたいんだ」
こうして久しぶりの探偵らしい仕事になった。
執事に案内されて、寝泊まりするための部屋に通された。どうやらここを好きに使っていいらしい。
食事は家政婦に言えば作ってもらえるし、大体の事は執事に聞いてくれという事だった。確かに、他に聞いてもわかりそうな人はいない。
調査が深夜に渡る事もあるだろうという事で、行動は自由に任された。と言うと聞こえはいいが、老人も何が原因かわからないので、指示の出しようが無いのだろう。これで日給が貰える上に、成功報酬は別にかなりの額が用意されているのだから、金持ちの考えはよくわからない。
と、ここまではよかったのだが、当然、なんの手がかりもないまま(あるいは目的もわからないまま)、調査を続けていたため、数日はなんの成果も挙げられずにいた。
広い屋敷を片っ端から調べてみたものの、特に怪しい部屋も無く、取り壊す予定になっている屋敷からは、価値の高そうな物は取り除かれていた。
老人が亡くなってから取り壊すという事になってはいるが、もう息子夫婦の所にでも片付けられているのだろうか。
「進捗はいかがですか?」
そんな昼下がりに執事に尋ねられた。
「そうですね、とりあえず今の所は手がかりは無さそうです。すみません」
その時、執事の眼鏡の奥が光った。様に見えた。
「もう既に1週間は過ぎようかというのに、まだ手がかりも探し当てられていないのですか!?」
「いやはや、とんでもない無能探偵を旦那様も雇われたものだ!こんな事も解らないとは!」
「ひょっとして貴方様の目は節穴でございますか!?」
この何倍かの罵詈雑言を浴びせられて放心していると、青年執事は急に微笑み、
「そろそろティータイムでございますね。お茶をお持ちします」
と言って、部屋を後にした。
「何だったんだ、今のは」
屋敷の粗探しが一通り済んだが何も解らなかったので、聴き取りをすることにした。
とは言え、たったの4人なのだが…
派遣されて来ている家政婦を見かけたので、声を掛ける事にした。
日中、屋敷の中を一番歩き回っているのはこの人だろう。
何か屋敷の異変に気がついているかもしれない。
最初から聴き取りをしておけばよかったと少し後悔したが、まあ仕方ない。
後ろから声を掛けようとすると、何かを覗いていたらしかった家政婦は
「あらやだ」
と小声で言う。
どうしたのだろうか。
異変に関係する何かを見たのだろうか。
やはりこの人がヒントを掴んでいたのかと思ったその時、
「あらやだ」
と言いながら、家政婦は音も立てずに隣の部屋に入っていった。
後に続いて部屋に入り、家政婦にその事を尋ねてみると、
「あらやだ、それ口癖なんですの。すみません、紛らわしくて」
煙に巻かれてしまった。
しかもまたあらやだって言ってるし。
本当に口癖の様だ。
「だけど何か引っ掛かるなあ、この口癖」
執事には散々に言われたので、何かヒントを掴むまでは声を掛けづらい。
というか、執事も家政婦も何かおかしい。
おかしいというか、どこかで見た様な、もしくは聞いた様な…
その辺、老人は何も解っていない様だし、こうなると残るは小学生の孫息子だけか。
孫息子は居間で高校生くらいの男の子と遊んでいた。
様に見えた。
まあ、雑談でもしていたのだろう。
けど、こんな所に友達来るかな。
しかも歳が離れすぎている。
この辺に住んでいるんだろうか、と思ったが、どうもおかしい。
関西弁で話しているからだ。
転校でもしてきたんだろうか?
雑談に割り込む様にして孫息子に話しかけた。
「やあ、こんにちは」
「あ、探偵さん。どうしたの?」
「うん、このお屋敷で何か見なかったかな、と思ってね」
「ぜーんぜん、いつも通りだよー?」
「だよね、急に言われても解らないよねえ」
「うーん」
「ごめんね、お話し中に」
「大丈夫だよー」
ふむ、小学生が何か知ってるわけでもないしな、と考えながらちょっとした違和感。
冬なのに半ズボンか。あれ、眼鏡のツルの所がなんか普通と違う様な。ん、小学生にしては高級そうな腕時計してるなあ。どこかで見たことあるよなあ、と考えていると、関西弁の彼が今までとは違う突然大きな声で孫息子に迫った。
「せやかて工藤!」
どうもこの屋敷は何かおかしい。
雪国探偵 @yshkkbys
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