第49話 斬撃に舞う女王

 「世界ワールド調整者コーディネーター」であるシオン・デスサイズは、思い悩むかのように一瞬、目の前の惨劇から目を逸らした。

 まさかデッド超越者トランスセンダーが、エスペランス黒色騎士団ごと「腐敗する闇夜<デュケイフィンスターニス>」を行使するとは想像していなかったことだろう。だが横にいる当主たるフラン・エスペランスがその整った眉一つ動かさない所を見ると「すでに覚悟は決まっていた」ようだった。

 捨て駒になる覚悟により、残虐のシルフィリアの魔法構成を封印することに成功している。


 超越者の仕掛けた封印は死霊系魔法による結界だ。三つになる骸骨から放たれるオーラは対象を包み込み、全ての魔法構成の構築を阻害する。この結界は常に対象に固定され移動しようと効果が消滅することはない。

 ただ超越者本人が口にしたように「面倒な下準備」が必要となる。それは「大量の霊力」だ。

 霊力とは人間が死ぬ際に発生する不可視の力で、魔法における魔力に相当するものである。この結界は発動させるのに対象の周辺に大量の霊力を必要とするのだ。つまり「人間の死」が起こらなければならない。

 その材料となったのが黒色騎士団なのである。仮にシルフィリア自らが殺さなくても恐らく死の超越者は「腐敗する闇夜」を行使したことであろう。彼女の周辺に大量の霊力を発生させる。ただそれだけのためにである。

 彼は「死霊魔術師ネクロリッチ」の名が示す通り、「人の死を糧とする」魔法使用者なのだ。


 しかし黒色騎士団の死はさらにもう一つの意味がこもっている。

 大量の死。つまり大量の霊力。それは封印結界を発動させるだけでなく、もう一つの切り札の召喚に必要となるものだ。

 そう。「神殺しの征服者<クロノスアダマント>」である。

 シオンはそれを振るうかどうか悩んでいる様子だった。彼女の目に映るであろうシルフィリアは隙だらけだ。仮にここで「征服者」を召喚しその刃で首を跳ね飛ばせば、シルフィリアが死ぬ可能性もある。

 しかし、殺すことができなければ唯一無二の切り札を失うことを意味する。だが悩む時間など彼女には残されていなかった。


 闇が晴れ、シルフィリアの体を封印結界が拘束する。

 その瞬間、シオンの足が大地を蹴った。白刃が光の軌跡となりシルフィリアの首元へ斬撃を走らせる。だが彼女が握るそれは「征服者」ではなく死神デス大鎌サイズだった。

 高速で迫る刃が首を切り裂く瞬間、シオンの腕が止まる。素早く動いたシルフィリアの腕が彼女の動きを抑えた為だ。

 首半分に刀身を潜り込ませたまま、シルフィリアの青い目がシオンを睨みつける。


「ギャハハッ! 奇襲失敗かぁ? 調整者!」


 膂力に優れる死神がその動きを腕一本で抑えられながらも、彼女の口元が微笑んだ。


「……いや。成功だ。クソ女」


 刹那。白刃が舞う。

 それはシルフィリアの首元へ正確に軌跡をなぞった。影のように気配を消し去り、その足は大地が縮んだかのように距離を詰める。

 エメラルドの瞳を光らせ、フラン・エスペランスは精霊エレメンタル竜牙ドラゴンファングの刃を走らせた。

 緑の瞳と青い瞳が一瞬、混ざり合う。その瞬間、シルフィリアは体をひねり、致命の一撃は虚しく空を切った。だがフランは直後に体を回転させ左手の双剣で腹部を切り裂いていく。

 瞬きするほど時間の中で攻防が繰り広げた後、距離を取るフランとシオンの両名の前に、脇腹を押さえ激情に苛まれたかのように体を震わせるシルフィリアの姿があった。

 彼女の脇腹からは血が出ていない。だが明らかに再生してはいなかった。対するフランはその表情に大きな一筋の汗を滴らせる。

 残虐のシルフィリアが生み出す感覚は死そのものなのであろう。「死の権化」とはよく言ったものだ。

 一瞬の攻防の際、フランの刃が彼女の脇腹を切り裂いたと同時に、シルフィリアの手がフランの脇腹に「触れて」いた。表情には出さないものの恐らく彼女の脇腹は、悲痛な叫びをあげていることだろう。

 シルフィリアの手は全てを死滅させる。触れられた脇腹はすでに壊死を始めているのだ。


「双剣聖。出しゃばるんじゃないわよ?」


 シオンが鋭く光る赤い瞳をシルフィリアへ向けたまま言葉を紡ぐ。


「あんたが死んだら元も子もない。おとなしく機会を狙いなさい」


「……指図するんじゃねぇ牛女」


「はぁ? あんた馬鹿? 生身でしょうが!」


「それがどうした? 全力出さないと勝てない相手だろうが!」


 フランのその言葉とほぼ同時に黒髪と金髪が揺れる。

 彼女とシオンの足は大地を蹴り、その手に光らせた刀身をシルフィリアへと向けた。




 王都上空。

 監視者の頭上で停滞するリリーナは、魔力が戻ってきたのを感じたのか自らの白い小さな手を見つめた。

 その時、彼女の眼前に小さな魔法陣が浮かび上がる。それは遠距離会話を可能にする特殊な魔法によるものであった。

 どうやら相手は死の超越者のようである。


「……奇襲の二人。口喧嘩しながら戦っているんデスガ。これでいいんデスカ?」


「問題ない。それは二人の意思疎通のやり方だ。それより骨。働いているか?」


「頑張ってますヨ。さっきから『心臓圧砕ハートクラッシュ』繰り返してマスガ。心臓握り潰されても動き止まる気配ありマセンネ」


「それとも『腐敗する闇夜』を行使してもいいデスカ? シオンサンもフランサンも塵になりマスガ?」


「論外だ」


「デスヨネー」


「……ト。コレハ。まずいデスネェ」


 その瞬間、突然、遠距離会話の魔法陣が消滅した。どうやら会話を維持できない状態が発生した様子である。


 リリーナは、小柄な体を青白いオーラで纏い王宮を見据えた。全身から迸る魔力が彼女の青い瞳をさらに光り輝かせる。

 眼下ではヴェルデ王国騎士団を抑える為にミゼリコルド魔法騎士団が奮戦していた。王宮では恐らくシオンとフラン、超越者とシルフィリアの戦いが苛烈を極めていることだろう。

 そして今、まさに銀の賢者も死地へ赴くべく言葉を紡ぐ。


「行きましょう。全てを終わらせる為に」


 彼女の言葉に呼応し、監視者がその大きな翼を羽ばたかせた。

 純白に光る巨躯は王都へと降下を開始する。その瞬間、王宮に眩い光が迸った。



 残虐のシルフィリアの青い瞳は精霊の竜牙のみ凝視していた。

 シオンの放つ斬撃は征服者でなければ彼女に傷一つ負わすことはできない。問題はフランの刃なのである。

 だがそれを知っているシオンは、幾度も斬撃を交差させシルフィリアの視界を曇らせた。その間隙を縫って滑り込むかのようにフランの双剣が白刃を生むのである。

 首は繋がっているもののシルフィリアの体は幾度も切り刻まれていた。さらに超越者の行使する「心臓圧砕ハートクラッシュ」が心臓を握りつぶし、一瞬だが彼女の動きを止める。フランは当然、その隙を逃したりはしない。

 だがやはり脇腹の傷がフランの動きを鈍らせているのであろう。間一髪で首元から刃の軌道がずれていた。


 シルフィリアの体が震える。まるで激情に駆られているかのように。

 体全身からどす黒い闇を放出し、苛立ちを募らせたのか彼女の口が言葉にならない唸りを上げる。ため込まれ凝縮した膨大な魔力がシルフィリアを中心に膨張し爆ぜた。

 それは爆発するかのように眩い光を放ち、内部から結界を損傷させる。浮かび上がる三つの頭蓋骨を破壊し彼女は、怒りに満ちているであろう青い瞳に魔法構成を浮かび上がらせた。

 

「……コレハ。まずいデスネェ」


 光の膨張と大地をつんざく轟音と共に稲妻が降り注ぐ。

 眩い光によって視界が一瞬、遮られ動きを止めたフランの体を黒い影が押し出した。彼女はその圧力により弾き飛ばされる。

 フランを押し飛ばした人影。それはシオンだった。

 王宮が轟雷に呑まれるその瞬間に、シオンの体は光の渦へと消えていった。

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