第41話 招かれざる来訪者

 星空の元、死の権化は舞い降りた。

 月夜の光で美しく輝く銀色の髪。あどけなさが残るものの美しい顔立ち。白いローブを揺らしそれは女神の遺産<エリタージュ>へと一歩を踏み出す。

 だがその足は草木を腐らし、小柄な体から発せられるのは闇夜の中でも視認できるほどの濃密な闇である。両目に輝くサファイアの瞳は青白い炎の如く浮かび上がり、整った唇が不気味に歪んだ。


 ほぼ同時だった。

 招かれざる客の存在にシオンと監視者、二人の神の遺産が同時にその体を動かす。そして、監視者に抱かれていたリリーナの瞳が開き、青白く光り輝いた。

 その瞬間、監視者とリリーナの姿が神殿の最上部より姿を消失する。瞬間移動により彼女達は、神殿最奥の監視者の間に出現した。

 一羽の小鳥がその黒い翼を羽ばたかせ、監視者の巨躯の頭上を旋回する。「来た。来たぞ」と連呼しながら。

 小鳥の声に呼応するかのように闇は姿を現した。監視者の座する広場にその足を踏み出す。オーラのように迸る濃密な闇を携え、残虐のシルフィリアは口元を歪ませた。


「これはこれは世界ワールド監視者オブサーバー、自らお出迎えとは感激です」


「招かれざる客。早々にお帰り頂こう」


 監視者の金色の瞳が鋭く光ると同時に黒髪が揺れた。

 それは凄まじい速度でシルフィリアへ距離を詰め、右手に握られた死者の叫びを高速で叩きつける。

 彼女の体を覆う魔法障壁と激突し火花が散る中、青い瞳と真紅の瞳が視線を交わらせた。


世界ワールド調整者コーディネーターも一緒ですかぁ」


「でも死者の叫び程度じゃ私の障壁、切れませんよ?」


 弾かれ距離を取ったシオンは、鋭い瞳を光らせシルフィリアを見据える。その手には死者の叫びの姿はない。

 短く彼女の唇が言葉を紡ぐ。それは全能力強化と身体増強の魔法名だった。


「能力強化しても結果は同じだと……」


 シルフィリアはそこまで言葉を紡ぐも唐突に口を閉ざす。

 彼女の眼前に奇妙な光景が広がっていた。シオンの手から離れた死者の叫びがまるで命を持ったかのように一人でに動き、シルフィリアへ斬撃を繰り出している。魔法障壁に阻まれ彼女の体に幾重にも火花が散った。


「自動攻撃だ。元々そいつはただの時間稼ぎ」


「お前の憎たらしい顔を今すぐ叩き斬ってやるよ。誰かさんと同じせいで余計、苛立つんだよ」


 シオンの手に闇が凝縮する。

 シルフィリアの放つ闇と同じように暗闇の中でも明確に視認できるほどの濃密さを伴い、それは巨大な刀身を持つ大鎌の様相を呈し始めた。

 死神デス大鎌サイズ。霊力により威力を上げ魔法障壁すら切り裂くシオンの召喚武器。だがそれは通常、彼女が使用するものとは相違があった。

 濃密な闇はシオンの両手に収束し、二本になる細長く黒光りする刀身を映し出す。


二重魔法ダブルマジック


「上位死霊武器・死神の大鎌召喚<ハイランクファントムウェポン・デスサイズサモニング>」


 闇が弾け飛ぶ。

 空気中に霧散して消えたその後にシオンの両手には、妖艶な光を放つ巨大な刀身が二本、暗闇の中、獲物を求め甲高い音を上げた。

 霊力を吸収しながら彼女はゆっくりと歩み出る。


「おいクソ女。くそったれ女神への懺悔は済んだか? 五体を切り刻まれる覚悟はできたか? そのクソ顔が踏みつぶされる瞬間にガタガタと震えていろ」


 彼女から発せられる物理的な圧力を伴うかのような殺気の奔流をその身に浴びてなお、シルフィリアは全く動じる気配がなかった。

 むしろその口は歓喜しているかのように不気味に微笑んでいる。


「本気出してくれるんですかぁ? それじゃ私もちょっと出さないとですねぇ。ギャハハハッ!」


 嘲笑するかのように響く甲高い笑い声にシオンの真紅の瞳が見開く。

 猛獣が獲物を狩るが如く、力を漲らせた四肢が大地を蹴った。

 一方、その様子を見ていた青い瞳が揺らぐ。

 監視者の元にいたリリーナは、純白のローブをたなびかせ歩み出た。その瞳はシルフィリアを捉えて離さない。


「奴を倒します」


最上位ハイエンドか? 女神の遺産<エリタージュ>を壊されたらたまらんな」


 監視者の言葉に小鳥が呼応した。

 その小さな体を全力で羽ばたかせ、複数の小鳥が翼を広げ監視者の間の外壁を覆う。「結界! 結界!」と嘴から言葉を紡ぎ、どこからともなく集まった小鳥で黒い輪が出来上がった。

 それと同時に部屋全体が青白い光に包まれる。魔法の威力を効果範囲内に限定する特殊な結界だった。

 青白い光が周囲を照らす中、監視者は小鳥に向け声を響かせる。


「感謝します。王よ」


「見ての通りだ。存分にやれ」


 監視者のその言葉に呼応しリリーナの全身を三重に展開する「三重トリプル魔力増幅魔法陣ソウルアンプマジックサークル」の光が照らし出した。

 彼女はその鋭い瞳に魔法構成を浮かび上がらせ、魔力が赤き光を纏い左手に収束する。それはやがて灼熱の炎となり空間を歪ませた。

 

 リリーナの視線の先では、白刃が幾重にも煌めていた。

 両手に握られた死神の大鎌は、霊力を吸収した斬撃により容赦なくシルフィリアの魔法障壁を切り裂いていく。

 全能力強化と身体増強という肉体強化によりシオンの眼前の空間は、余す所なく殺傷区域と化した。瞬きする間もなく幾重にも煌めく斬撃の嵐は一瞬でシルフィリアの体を切り裂いていく。

 腕を足をあるいは首を胴体を。高速の斬撃により分断されていくシルフィリアをその視界におさめ、シオンは険しい表情を浮かべていた。

 何故なら彼女の体は刃が通り過ぎたその瞬間に再生し、元の状態へ戻るのである。首を斬ろうが頭を斬ろうが同様だった。まるでそれは幻を相手に刀身を振るっている……そんな錯覚をシオンは抱いたことだろう。

 シルフィリアは幾重にも体を切り裂く刃を受けながら、その口元に笑みを浮かべた。


「ギャハハハッ! すごい! すごいですねぇこの斬撃。普通なら即死ですよ。そ・く・し! ギャハハハッ!」


「その胸糞悪い笑いをやめろ」


 怒りで震えるかの如く刀身が唸りを上げ、シルフィリアの口元を分断する。

 いくら切り裂いた所で即座に再生する体。それはシオンが持つ再生能力を遥かに凌駕するもので、死神の大鎌を持ってしても致命傷どころか傷一つ残ってはいない。

 だが無駄とも言える斬撃をシオンは止めることはなかった。何故なら長年に渡り培ってきた戦闘経験が、再生中は魔法を行使しないという相手の動きを明確に彼女へ伝えていたからだ。

 さらにシオンは理解しているのだろう。こうして動きを抑えている間に彼女が最上位魔法を使う時間を稼げることを。

 

 リリーナの突き出した左手に魔法陣が浮かび上がる。

 その中心に膨大な熱量が迸り、炎の塊へ周囲の熱量が収束していく。やがてそれは巨大な業火により構成された龍となり、その口が咆哮を響かせた。

 彼女の整った唇が魔法の旋律を奏でる。


「最上位精霊魔法・燃え盛る炎龍<ハイエンドエレメンタルマジック・ブレンネンフラムドラグーン>」


 魔法陣より解き放たれた炎龍は、凄まじい速度でシルフィリアへと迫った。

 タイミングを計り距離を取ったシオンの目の前で、彼女の体が灼熱の炎に包まれる。炎龍はその身を焼き尽くさんと体を巻きつかせシルフィリアの体は業火により完全にリリーナ達の視界から消失した。

 燃え盛る炎龍<ブレンネンフラムドラグーン>の特性により、相手が死に至るまでその身を焼き続ける。炎が渦を巻いている状況は彼女がまだ生きていることを意味していた。

 その瞬間、リリーナは空中に渦巻く業火を見ながら険しい表情を浮かべる。

 例え再生能力を持っていたとしても燃え続ける灼熱の炎によりいずれは死に至る。だが彼女の目の前に広がる光景は、明らかに本来の状況とは相違があった。

 炎龍はシルフィリアを燃やそうと体をうねらせているのではなく、まるで彼女へ到達しようとしているにも関わらず「何か」に侵攻を阻まれているように見えるのだ。


 監視者の間を太陽の如く照らし炎龍はその体を丸める。

 そこには青白い球体に包まれたシルフィリアと、嘲笑するかのような不気味な笑みが浮かんでいた。

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