第34話 ドラゴンスレイヤー

 竜狩りとは、文字通り竜を狩る白騎士を差す。

 その力は巨大な力を持つ竜に対抗する為、徹底的に肉体改造を施した上に生み出されたもので、人間程度であればいとも容易く肉塊にできるほどの膂力を秘めている。そして、その剛腕から放たれるのは両刃の巨大な戦斧である。雷属性の魔法付与が施されている魔法武器であり、膂力と合わせ巨躯を誇る竜の首すら斬り落とせる代物だ。


 白騎士と言われる所以となるその白い鎧は、魔法防具であり、全身に魔法付与が施されている。それは竜族の吐く炎に耐えるためである。また爪や牙といった物理攻撃にも対抗する為、その鎧は分厚く並大抵の刃物では弾かれてしまう。それ故、竜狩りの重量は相当なもので土の大地では地面にめり込むほどだ。

 竜狩りという名が示す通り、元々は竜を狩るための存在である。それが何故、女神の遺産<エリタージュ>にいるのかは不明であるが、目にしたシオンの反応から恐らく守護者としての役割を与えられていたのだろう。

 それはシオン……いや、明らかにリリーナへ向けて敵意を放ち、その巨躯を彼女へ向けて弾丸のように躍動させた。



 目の前の竜狩りは動く動作そのものは遅く、前に出す足の速度も重い鎧に阻まれ、大地に釘を穿つかのように一歩ごと前進している。だがいざ攻めに転じた瞬間、間合いを一気に詰めその戦斧を叩きつけた。

 リリーナのすぐ脇で火花が散る。戦斧による斬撃が障壁を切り裂くことはなかった。しかしその膂力だけでも小柄な彼女の体ならばいとも容易く弾き飛ばせるものであり、打ち付けられリリーナの体は大きく後退していく。

 だがその青い瞳から光は消えない。高速で魔法構成が流れていき、彼女の左手に紅蓮の炎が渦を巻いた。


「上位精霊魔法・炎の嵐<ハイランクエレメンタルマジック・フレイムテンペスト>」


 地表から噴き出した灼熱の火柱が、一瞬で竜狩りの巨躯を炎で飲み込む。しかし紅蓮の炎を切り裂き、赤く熱した白い塊がその姿を覗かせた。右手に稲妻を纏わせた戦斧を握りしめ、それが光の軌跡を生む。金属の塊が凄まじい風圧を纏ってリリーナへと迫った。

 だがそれは火花と共に動きを止める。彼女の展開する魔法障壁によるものではなかった。二人の間に割って入ったシオンが死神デス大鎌サイズの柄の部分で戦斧の一撃を抑え込んだのだ。

 ギシギシと金属同士がこすれ合う音が周囲に響く。少しずつシオンの体が押され始めた。あの人間ですら容易に引き裂く死神の膂力を持ってしても「単純な力勝負」では分が悪いのである。シオンは大鎌を滑らせ戦斧を受け流すとすかさず後退した。

 リリーナとシオンは、体を寄せ合うように並ぶとお互いの瞳を見る事無く言葉を交わす。


「お前ですら力負けする馬鹿力か。しかもあの鎧。特殊な魔法付与が施されているな。あの手の輩は一番やりづらい」


「あの竜狩り。女神の遺産<エリタージュ>の番人よ。私にではなくあなたに反応している。何か嫌われることでもしたの? 監視者の悪口でも言ったんじゃない?」


「身に覚えがないな。あらかた例の王都に居座っているあの竜言語ドラゴンズロア無断使用者に見間違えたんだろう」


 リリーナは鋭い瞳を竜狩りへ向けながら不機嫌そうに眉根を寄せた。どうやら今だ根に持っているらしい。

 だが、シオンではなくリリーナへ敵意を向ける理由としてならばありえる話だった。あの王都にいる異質な存在に関しては当然、監視者も見ていることだろう。それならば仮に女神の遺産<エリタージュ>へ攻め込んできた際の防衛の為に、番人である竜狩りへ討伐の命令を下している可能性は十分に高かった。言わば厳戒態勢なのである。


「理由はなんであれ、邪魔するなら叩き潰すまでだ。シオン。お前の召喚武器。形状変化もできたな?」


「できるわ」


「あの鎧がある以上、精霊魔法の効果が激減する。体の一部でいい。急所の部分だけ破壊できるか?」


「ちょっと霊力の吸収に時間かかるけど恐らく可能よ」


「時間稼ぎは私がする」


 そう言葉を紡ぎ出し、リリーナはゆっくりと前へ歩み出た。彼女の後ろでシオンの死神の大鎌がその姿を変化させる。それは、槍のように先端が尖った形状だった。

 耳鳴りとも受け取れる甲高い音が周辺に放出される。デスサイズの尖った切っ先に霊力が収束していく際に発生する音である。シオンはそれを右手で握り、左手を柄に添えて構えると鋭く光る尖った切っ先の照準を竜狩りへと向けた。

 

 歩み出たリリーナへ戦斧が高速で迫る。

 鈍重な動きを振り払うかのような鋭い一撃を前にして彼女は微動だにしない。青白く炎のように光り輝くサファイアの瞳に魔法構成を刻み込み、その華奢な体を分厚い魔法障壁が覆いかぶさった。


「二重魔法・上位魔法障壁<ダブルマジック・ハイマジックウォール>」


 二重に展開された魔法障壁と戦斧とが衝突し火花が散る。渾身の一撃を打ち込んだ竜狩りのその手に跳ね返る感触は、恐らく金属の壁を叩いたものと同様だったことだろう。戦斧の刃はリリーナの体を切り裂くことなくその動きを止めた。彼女の純白のローブが揺れたのみで、リリーナはその場を動く事無く竜狩りを見据える。

 刹那。彼女の唇が何かを呟いたその時、竜狩りの周辺に爆発が発生した。それは連鎖し白い塊を炎が飲み込む。

 上位精霊魔法の「連鎖爆撃弾チェインエクスプロージョンボム」である。だが、竜狩りに炎は通用しない。その白い鎧は赤熱するだけで破壊することはできないのだ。

 しかし、爆発による光と炎は容易に竜狩りの視界を覆い尽くす。立て続けに連鎖する炎と光の交差により竜狩りはその動きを止めた。


 その瞬間、俊敏にシオンの体が動く。

 まるで大地を縮小したかのように黒髪が竜狩りの眼前へと距離を詰めた。目の前の炎と光による煙幕が消え去る。シオンはある一点へ向け、漲る力を収束させその足が大地を蹴った。

 だが、竜狩りは彼女の行動に即座に反応する。咄嗟に戦斧を体の前に構え防御の姿勢を取った。その瞬間、シオンの真紅の瞳が炎のように煌めいた。


「番人の分際で、調整者わたしの突きを止めれるとでも思うのかよ!」


 らせん状に風が巻き起こる。それは、シオンの漲る力を全て収束した一撃だった。槍へと変形したデスサイズの黒光りする切っ先は戦斧に突き刺さると火花と共に衝撃音を響かせ金属の塊を砕く。戦斧に阻まれ勢いが衰えたにも関わらず、シオンはその切っ先を竜狩りの体へと潜り込ませた。

 轟くのは激しい衝撃音である。それと同時にシオンの目の前に何かが飛び散った。白い金属……それは、竜狩りを覆う鎧が砕けた破片である。

 再び大地を揺るがすかのような音が周辺に響く。後ろに立つリリーナの右手に稲妻が落ちた際に発生した音だった。咄嗟にシオンはその身体を翻す。

 リリーナの小さな手に落ちた稲妻は光の帯を形成し、その姿は次第に稲妻で出来た槍のような光の塊を形成した。彼女の青いサファイアの瞳が鋭く光ると同時に、唇が震える。


「上位精霊魔法・雷神の煌槍<ハイランクエレメンタルマジック・トールリヒトシュトラール>」


 リリーナの手から撃ち出された稲妻の槍は、らせん状の光を纏って高速で空間を裂いた。それは、シオンが砕いた鎧の部分……心臓の位置を貫く。

 体に稲妻の槍を突き立て、竜狩りの巨躯はゆっくりと後ろへ倒れていった。周囲に肉が焦げた臭いが漂い始める。シオンは体の中心に焼け焦げた風穴を開け身動き一つしない竜狩りの死体を、冷徹な瞳で見下ろした。

 その時、リリーナが頭を押さえ、銀の大地へ膝を折る。咄嗟にシオンは彼女の元へと駆け寄った。


「あなた。大丈夫なの?」


「さすがに上位魔法を三重詠唱した後にすぐさま上位魔法を行使するのはきついようだ。頭が割れるように痛い」


「無理は禁物だわ。少し休みましょう」


 優しく語り掛けるシオンに対して、苦悶の表情を浮かべながらもリリーナは口元をほころばせる。

 そんな二人を見守るかのように石碑が佇んでいた。

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