第30話 擁護する者
木造の建物の中で銀色の髪が揺れていた。
人目につかないダークエルフが住む集落の隅で、水をかけられ意識を戻したハイエルフの男達が座らされている。彼らは両腕を体の後ろで拘束され、隠し持っている全ての武器を没収されていた。
建物の中には十人ほどの漆黒の服に身を包むハイエルフ達と、その前で腕を組み佇んでいる銀の賢者リリーナ。そして、残酷な笑みを浮かべるシオンが立っていた。リリーナはハイエルフ達を見下ろし、その瞳には慈悲の欠片も感じられない。
男達はこれから何をされるのか恐らく想像がつくのだろう。歯ぎしりし憤りを露わにする者もいれば、中には顔を蒼白とさせ、恐怖を感じているのか全身を小刻みに震わす者もいた。
並ばせられる男達のうち一人のハイエルフの前に歩み出ると、彼を氷のように冷たい瞳で見据えるリリーナの口が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「二点。お前達に質問する。まずはお前からだ」
「一つ。エヴァーグリーン現女王であるヴィルシィーナの居場所を教えろ」
男は鋭くリリーナを睨みつけると口を閉ざした。しばらく沈黙が流れた後、シオンの拳が男の頭部を強打する。その瞬間、血が飛び散りちぎれ飛んだ頭部が壁に激突し転がった。
リリーナは別の男の前へ立つと再び、冷酷な言葉を発する。
「次」
「し……知らない。俺は頼まれただけ……」
だが、男の言葉はそこで止まった。目の前に黒髪が揺れると彼の頭部を両手で掴む。冷酷に微笑む美しい顔を前にして男の頭はゆっくりと強引に捻じ曲げられていった。
「……や……め……」
気味の悪い音と共に男の顔が真後ろを向く。背中を向いたその恐怖に歪んでいるであろう顔の口元から血を滴らせ、その体がゆっくりと倒れていった。
次々とリリーナの質問が飛ぶ中、答えられない者は即座に殺された。仮にここにいる十人全てが答えなくてもハイエルフなど腐るほどいる。ヴィルシィーナがラトレアの命を狙う限り、彼らはリリーナの元へ次から次へと送り込まれることになるだろう。自らの命と引き換えに彼女に情報を与えるためだけにだ。
だが、女王の命令に背いた場合、どのみち彼らは罰せられることになるのである。リリーナと対峙した場合、等しく死が待っているがおめおめ女王の元に戻ったとしても、彼らには明るい未来などないのだ。
それ故、目の前にいる強大な相手が、自らの女王への忠誠心と自らの命を天秤にかけさせた場合、後者を選ぶハイエルフも決していないわけではないのである。
リリーナの足がある男の前で止まる。彼にいたるまでに五人の死体が転がっていた。
彼女の刺すような視線が注がれた瞬間、そのハイエルフは震える口で言葉を紡いだ。
「……ヴィルシィーナ女王は、エヴァーグリーンの中心にそびえ立つ神の巨木の麓に建設された神殿にいる。本当だ!」
そのハイエルフは、みな女王への忠誠心と自らの誇りにかけて口を閉ざす中、一人だけ恐怖に打ちひしがれたように全身を震わしていたあの男であった。
裏切りを目撃したハイエルフの一人が、激情にかられたかのように声を張り上げる。
「貴様! 女王様への忠誠心はどうしたのだ!」
だが、彼の声はそこで途切れた。突如、彼の体はまるで巨人に叩き潰されたかのように、その体を折り曲げ肉塊と化した。
血が床に広がる中、
「黙れ。下僕め」
リリーナは肉塊と化した男を睨みつけると、その冷酷に光る青い瞳を目の前の震える男へ向ける。彼女の美しい唇が再び、彼に言葉を投げかけた。
「いいだろう。では、質問の二つ目だ。お前達ハイエルフの中でもダークエルフに対して友好的な者もいるはずだ。その名を教えろ」
リリーナのその質問を受け、目の前の男は驚愕したのか目を見開いた。何故なら閉鎖的なエヴァーグリーンの内情など外の人間が知るはずがないのにも関わらず、リリーナは的確に見抜いていたからである。
実はハイエルフの中にもダークエルフに対して友好的な態度を取る者もいた。ダークエルフというのはただ肌の色が違うだけであり、彼らハイエルフと同じ生活を共有すべきだと主張するダークエルフ擁護派が存在するのである。その数は少数なれど国の重要地位にいる者の中にも擁護派に加わっているハイエルフもおり、女王ヴィルシィーナとは対立し、彼女に煙たがられている。
リリーナは、立場的に弱いダークエルフがそれでも暮らしていける集落を持つ事実から、エヴァーグリーンの上流階級に属するハイエルフの中に、ダークエルフを擁護する者達がいることを予想していたのだ。
何故なら彼らが女王を抑えなければ、こんな小さな集落なぞすぐ潰されるのは明白だからである。
「……ダークエルフ擁護派の中でもっとも地位が高い者は『エッセ・ウーナ』様だ。ここの村長かもしくは、もっと大きな集落に住むダークエルフの村長なら繋がりがあるはずだ」
リリーナは彼の言葉に頷いた。
このハイエルフのいう言葉が真実かどうか現時点ではわからない。だが疑う理由がないことも確かである。
それにこの黒服のハイエルフ達は明らかに他の者と違い、訓練を受けていた。歯向かうダークエルフを容赦なく切り殺したことといい、恐らく女王の汚れ役を引き受けてきた影の部隊なのであろう。それならば、内情に通じていても何ら疑問を持つことではない。
リリーナは、その視線を横で佇むシオンへと注いだ。
「この男の拘束を解いてやれ。あとはどことなり好きに生きればいい。再び私の前にて剣を向けない限りは、殺しはしない」
口を割ったハイエルフの縛った両腕を解放させると、彼は睨みつける仲間達を一瞥し立ち上がる。彼らから視線を逸らし男は呟いた。
「あのデタラメな天啓に惑わされるのはもうごめんだ。女王の元へは帰らない」
男はそう吐き捨て、部屋から姿を消す。
あらかた欲しい情報を入手したであろうリリーナは、部屋を出る彼の背中を見据えた後、純白のローブを揺らし身を翻した。
「シオン。残りは全て殺していい」
「あら。そう? それじゃ遠慮なく」
真紅の瞳を光らせ、シオンの右手に巨大な刀身を持つ死神の鎌が具現化される。彼女はその妖艶な光を放つ刀身を横に構えると横一文字に薙ぎ払った。
リリーナが部屋を出た直後、問答無用で放たれた斬撃によりハイエルフ達の首が斬り落とされ、その際に発せられた彼らの断末魔の叫び声が響き渡る。
彼女はそれに振り向くことさえしなかった。
翌日。
ラトレアのいた集落の村長からの情報により、ダークエルフ擁護派の最高権力者と言われるエッセ・ウーナに関係が深いダークエルフがいる集落へリリーナは、
昨日、あの黒服のハイエルフが襲撃してきた以外は、集落へハイエルフがくることはなかった。しかし恐らくリリーナ達のことはヴィルシィーナの耳に届いていることだろう。移動中に襲撃される可能性は非常に高かった。
それを裏付けるかのようにリリーナが展開している
「早速、追手のお出ましだ。飛ばすぞ」
リリーナのその声とほぼ同時に飛行杖の後部で加速させている魔法陣が二重に展開し、リリーナ達の体はさらに速度を上げる。木々の隙間を縫うように高速で空を切る彼女達を、同じように飛行杖に乗るハイエルフ達が追った。
ハイエルフは器用に飛行杖で乗ったまま、弓を引きリリーナ達へ照準を合わせる。発射された矢は、精密にリリーナの頭部目がけて空間を裂くが彼女の頭を貫くことはなかった。リリーナ達を覆うように展開されている魔法障壁は、まるで金属の壁でもあるかのようにいとも容易く矢をはじき返す。
それを目のあたりにしてハイエルフは舌打ちをした。
「……撃ち落とされる心配はないけど、数どんどん増えてるわよ?」
シオンの発言通り、リリーナ達を追うハイエルフの数はみるみるうちに増え、四方から彼女へ迫った。発動している
「むしろ一網打尽にする好機だ」
飛行杖の上で彼女は両手を左右に広げた。それとほぼ同時に光の塊が浮かび上がる。左右に広げたリリーナの手の上で光の弾は増殖し、細長い魔法光弾へと姿を変えた。
魔法構成を構築した彼女の唇が魔法を奏でる。
「
「中位神聖魔法・追尾する光弾<ミドルランクホーリーマジック・ホーミングライトバレット>」
リリーナの手より放たれた無数の
木々の間隙を縫い高速で空間を裂く光の塊は、四方を取り囲むかのように迫るハイエルフ達に炸裂し、逃げようにも高速で追尾する。次々に頭部に炸裂させ、頭を失ったハイエルフの死体が地面へと落ちていった。
リリーナ達の周辺は、魔法光弾が炸裂した眩い光に包まれ、視界からそれが収まる頃には既に追手であるハイエルフの姿は皆無である。後ろで状況を観察しているシオンが感嘆の声を漏らす。
「……四重魔法とか初めて見たわ。あなた。初めて会った時はせいぜい二重魔法だったわよね?」
「私だって進歩する。お前の胸が重くなかったら中位魔法なら
「魔法の腕は進化するのに胸の大きさは進化しないのね」
リリーナの背中に浴びせられるシオンの嫌味のこもった言葉に、彼女は眉間に皺を寄せ、さも不機嫌そうにシオンを睨みつけた。
「うるさい! 胸が大きくなる魔法があるならとっくに実践している! だいたい胸の大きさで女の価値が決まるわけではないだろ!」
「負け犬の遠吠えは気持ちいいわ」
あからさまに胸を強調するシオンに今にも噛みつかんばかりに迫ろうとするリリーナへ、前を見るラトレアが慌てたかのように大きな声を上げた。
「ぶつかる! ぶつかるよ!」
ラトレアの声で我に返ったかのように前を向いたリリーナは、迫りくる巨木を間一髪で避けていく。その光景を遠くで見つめている目があった。彼は魔法による遠隔会話である女性と話しをしている。
震える声でそのハイエルフは、言葉を紡いだ。
「……魔法障壁が固く弓も通りません。追手のハイエルフはすべて全滅。四重魔法とか手に負えません!」
報告を追えると彼の耳に、魔法陣の向こうから杖を地面に打ち付ける音が聞こえたのは言うまでもない。
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