第22話 剣戟に舞う剣王
第三階層にてシオンと対峙したゴライアスもオリジナルではなく、巨人族をベースとして彼が生み出した「作品」である。剣王ヴェルデも例外ではなかった。
オリジナルの剣王ヴェルデの体は、フラン・エスペランスとの決闘の末、
超越者は、彼を複製品として復活させた。ベースは死者の体だが、魔獣など強靭な肉体も使用し、見た目は人間そのものだが実質、中身は全くの別物である。
シオンの体は、歓喜に打ちひしがれているのか小刻みに震えていた。
今から150年前。自らをシオンと名乗っていなかった時代。彼女は剣王ヴェルデと幾度も刃を交わした。最終的にシオンは彼の首を切り落とすには至らなかったが、その体が塵と化した現在においても、再び剣戟を交わしたいという思いがどこかに残っていたのかも知れない。それ故、彼女は再度、巡り合えたことに歓喜するかのように身震いし、口元に笑みを張り付けるのだ。
「どうせ本人じゃないだろうけど、あの時のあなたは素敵だったわ」
「自らの命をかえりみずに、脆弱な人間でありながら私に対して刃を向けたあなた」
「……だが、そんなあなたは、変わり果てた」
剣王から放出される物理的圧力を伴うかのような闘気を全身に浴びつつも、シオンは前進を止めない。それどころか真紅の瞳が光ったと見るや、闘気の奔流を押し流すかのような強烈な殺気を全身から放出し、彼女は双剣を握りしめた。
「人の生に執着し、あの爺共の傀儡と化したあなたは私の知っている剣王ヴェルデではない。人の皮を被った生きた骸よ」
剣王ヴェルデは、玉座の左右に突き刺さっている大剣へ手を伸ばし、それを引き抜き構えた。彼の動きに呼応するかのようにシオンの足が大地を蹴る。
まるで大地が縮んだかと錯覚するほどの速度で、彼女は距離を詰めた。双剣が持つ殺傷範囲に彼が入り込むと、その竜の牙に似た形状の刃が光の弧を描く。だが、シオンの目に飛び込むのは飛び散る血液ではなく、金属同士がぶつかり合う際に発生する火花だった。
ヴェルデは左手に持つ大剣で彼女の斬撃を受け止めると同時に、右手の巨大な刃が高速でシオンへと迫る。彼女はそれを対となる双剣で抑え込むと不気味な笑みを浮かべた。シオンの微笑みのすぐ脇で火花が散る。
「どうやら本体よりはできるみたいね。人間だとその重さの大剣を片手で振り回すのは無理だろうから」
「だけど」
その言葉とほぼ時を同じくして、彼女の頭が剣王の顔を強打する。頭に衝撃を受け、一瞬その姿が怯んだ。シオンはその光景を鋭い眼差しで見据える。
「……何? その腑抜けた剣は? 私が遊んでやるって言ってんだよ。殺すつもりでこい。クソガキ」
剣王ヴェルデが咆哮とも言える唸り声を上げた。
彼が持つ分厚い刃が、腰の入った一連の動きで加速する。金属の塊が凄まじい風圧を纏ってシオンへと打ち込まれた。彼女は精霊の竜牙の持つ分厚い背の部分でそれを受け止めると、大剣の刃を火花と共に滑らせ、流水の如く滑らかな動きでヴェルデの懐へと潜り込む。
彼女の美しい黒髪が彼の眼前で揺れた瞬間、赤黒い血が飛び散った。ヴェルデの体を光が一閃し、その白い鎧と同時に内部の体を白刃が切り裂いたのだ。
鮮血が噴き出す中、苦悶の表情を浮かべ血を吐くヴェルデとは対照的に、シオンは愉悦を感じているかのように残虐な微笑みを浮かべている。その光景を遠巻きで見ているリリーナの口が、短く言葉を紡いだ。
「……強いな」
「シオンさんが……ですか?」
同じように見据えているプラヴォートが声をかけた。リリーナは彼の問いに首を縦に振る。
シオンの動きはまさに「柔よく剛を制す」を体現するものだ。斬撃の威力で勝るはずの大剣が、その勢いを完全に殺され、シオンは攻撃後の硬直時間を狙って刃を滑り込ませる。その一連の動きがまるで流れる水の如く滑らかなのだ。そして、その剣術はかの双剣聖フラン・エスペランスの剣技そのものなのである。
彼女が元々、それを体得していたのかは不明である。だが、扱ったことすらない精霊の竜牙のその形状を見ただけで特性を把握し、最適な動きを実践できるなど相当な戦闘経験がなければ到底、不可能なことだ。
普段、微笑みを絶やさない彼女は、戦闘においては自らの実力を氷山の一角しか見せていないのである。
闇の中、衝撃音と共に幾度も火花が散る。
大剣の刃を全て弾かれ、体中から血を流し剣王ヴェルデは後退した。その姿が一瞬、動きを停止する。シオンはその隙を見逃さなかった。
四肢を躍動させ、彼へと高速で迫る。その時、ヴェルデの背後にある身の毛がよだつかのような気配を察知したのか、シオンは目を見開きその動きを止めた。
剣王が両手に持つ大剣を投げ捨てる。それと同時に彼の背後から一本の黒色に光り輝く剣が目の前に舞い降りた。大剣ほどの長さを持つ片刃の剣である。だが、それは死神が召喚する死霊武器の如く、禍々しい瘴気を纏っていた。
ヴェルデは剣の柄を握るとシオン目がけて高速で距離を詰め、闇に染まった刃を振るう。その瞬間、リリーナの叫び声がシオンの耳に届いた。
「気を付けろ!
闇が牙を剥く。
シオンは咄嗟に双剣の背で受け止めようとする。だが、闇の刃は火花と共に精霊の竜牙を切り裂いた。
暗闇の中、鮮血が散る。それと同時に彼女の左腕が地面へ転がった。シオンは失った左腕から血を流し、その表情から微笑みが消え去っている。
通常の人間の場合、その切れ味に惹かれ、または魔剣の持つ瘴気に侵され、狂戦士と化すかもしくは精神に異常をきたし、死に至る。だが、目の前のヴェルデの場合は死者をベースにした複製品ゆえに、実質アンデッドに近くそのデメリットはないに等しいのだ。
ヴェルデが次々と黒い刃を走らせ、それは斬撃となってシオンを襲う。受けることもできずただ、回避するしかない彼女は、それを紙一重でかわしつつも徐々に押され始めた。
魔剣が弧を描くように空間を裂き、シオンの首を切り落とさんと猛威を振るう。壁際まで後退した彼女の首があった場所を刃が凄まじい速度で切り裂いていった。その際、迷宮の石壁に張り巡らされている魔法障壁とぶつかり火花が散る。
リリーナはその光景を冷徹な瞳で見つめていた。例えシオンが不死だとしても首か胴体を切り離されればすぐには復帰できない。そうなれば、魔剣の次の餌食は間違いなくリリーナである。魔法が使えない彼女には、抵抗する術などないであろう。
だが、そんな状況であってもリリーナは、冷静に撃破の糸口を探しているかのように瞬きすらすることなく戦況を観察している。そして、その青い瞳は、ヴェルデが魔法障壁を切り裂いた際に発生する「切り口」を見据え、何かを確信したのか小さく頷くと彼女は声を張り上げた。
「シオン! 奴に『斬らせろ』!」
シオンの耳にそれは届く。リリーナの意図を察したのか彼女の表情がわずかにほころんだ。
剣王の放つ一撃必殺の斬撃をかわしつつも、一瞬の隙をついてその真紅の瞳で周辺を目配りする。確実に「それ」を破壊できる場所。そして、奴に悟られないように慎重に誘導していく。剣王の猛攻によりシオンは壁際へ追い込まれた。
すかさず、その息の根を止めるべくヴェルデの足が大地を蹴る。重心を乗せた魔剣の切っ先は風を纏う突きとなって彼女へ迫った。咄嗟にシオンは残った片方の双剣で黒い刃を受け止める。その瞬間、火花が散ったと同時に鮮血が噴き出した。
魔剣の刃は精霊の竜牙を貫き、勢いをそのままにシオンの体を貫通する。口から血反吐を吐き出し、その瞳が剣王を見据えた。だが、ヴェルデは違和感を感じたかのようにその目を大きく見開く。何故なら目の前の血に濡れた女の口元が笑っていたからだ。
その刹那。剣王の耳にあり得ない言葉が響く。
「中位精霊魔法・獄熱の焦焔<ミドルランクエレメンタルマジック・インファーナルブレイズ>」
突如、発生した大火球が凄まじい熱量を伴ってヴェルデの体を襲う。剣王の体は紅蓮の炎に包まれもがき苦しんだ。
リリーナは、魔剣の斬撃と魔法障壁とがぶつかり合った際、魔剣の刃が障壁を「切り裂いていた」現象を見逃さなかった。剣王の持つ魔剣の特性は「魔法相殺」かもしくは、魔法武器用に特別に強化された対魔法特化だとその事実は語っている。それ故、シオンを囮にし壁に埋め込まれている「トライミル鉱石」を貫き、さらに魔法禁止区域の壁の一部を破壊させたのだ。
業火に焼かれながらもヴェルデは、魔剣を掲げリリーナへ迫る。だが、高速で繰り出した刃は彼女の体を切り裂くことはなかった。
刃が到達する寸前に
「このままお前を焼き殺してもいいが……あとは彼女に任せるとしよう」
リリーナのその声とほぼ同時にヴェルデの耳に甲高い音が響いた。それは、死神の大鎌が霊力を吸い上げる際に発生する独特な耳鳴りとも聞き取れる音である。剣王の見開いたその目が闇を纏った大鎌を構えるシオンへ注がれた。
妖艶に光る巨大な刀身が唸りを上げる。高速で繰り出された刃は光を纏った斬撃へと変わり、横一文字にヴェルデの体へ軌跡を走らせた。咄嗟に魔剣で防御の姿勢を取ったその刃ごと大鎌は火花と共に切り裂いていく。光が過ぎ去った後、赤黒い血をまき散らしヴェルデの体は真っ二つに切断された。
「……とどめを刺さないとは、お前も甘くなったな」
見えない圧力がヴェルデの頭部を襲う。それは、まるで透明な巨人に踏みつぶされたかのように彼の頭は押しつぶされた。
血と脳漿が周辺に飛び散る。
そんな彼女を見据えながら、シオンは微笑んで見せる。
「……そう言えばこの男に特別な感情を持っているのは、あなたも同様だったわね」
「その言い方だとまるで恋い焦がれているようにも聞こえるな。七賢者同様に確かにこの男には特別な感情を持っていたよ」
「……殺してやりたいという特別な感情をね」
リリーナは死体を一瞥し身を翻した。そして、第五階層への階段へと歩いていく。
その後を慌てて遠くで見ていたプラヴォートが追いかけた。
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