第15話 滅亡のベルクヴェルク 後編

 ベルクヴェルクに激震が走った。

 自らの存在に疑念を感じ始めたであろうドワーフ達と、その懐疑心により感染し、まるで伝染病のように蔓延していくのは、生者を死者へと変えるリビングデッド化である。

 未だ人間性を失わないドワーフ達が、下層への昇降口へ流れ込んでいく中、魔力増幅魔法陣ソウルアンプマジックサークルの光に包まれたリリーナ・シルフィリアが短く言葉を紡ぐ。

 有効範囲拡大エフェクティブレンジ・エクステンドにより魔法陣がベルクヴェルク上層全域を覆った。彼女の後ろでシオンは、常に張り付けていた笑みを消し去り、鋭い真紅の瞳を前に向ける。これから起こるであろう戦いに備え、死神の鎌である死者ザ・デッドオブバンシーびを横へ構えていた。

 リリーナの青い瞳に魔法構成が文字となって浮かび上がり、その口が言葉を紡ぐ。


「死への帰還<リターンデッド>」


 その時、ベルクヴェルクに沈黙が流れる。

 だが、それは一瞬の出来事であり、リビングデッドと化したドワーフ達が一斉に光を失った瞳を、唯一の生者であるリリーナ達へ向けた。

 その刹那。再びベルクヴェルクが震撼する。それは亡者と化したドワーフ達が、三大欲求に従い、牙で柔肌を食い破る為、彼女達へまるで崖を流れ落ちる土砂のように迫る足音だった。

 

 四方から迫るリビングデッドの群れを前にして、シオンの黒髪が揺れた。全身に漲る力を四肢へ伝達し、その足が大地を蹴る。

 手にする死神の鎌が持つ巨大な刀身が横一文字に光の軌跡を産んだ。それは、寸分違わず複数の死者の首へ食い込み切断していく。

 切り裂くと同時に赤黒い血がリリーナとシオンの目の前で飛び散った。その血の雫、一滴ずつがあたかもスローモーションであるかのように、ゆっくり流れていく。

 研ぎ澄まされた感覚が産みだす緩やかな世界の中で、リリーナの青いサファイアの瞳に再び、魔法構成が浮かび上がり高速で流れる。彼女の左手に燃え上がる真紅の魔力が収束した。


「上位精霊魔法・連鎖爆撃弾<ハイランクエレメンタルマジック・チェインエクスプロージョンボム>」


 炎が渦を巻く。

 爆発と共に炎上し、死者の体が木っ端みじんに吹き飛ぶ。爆発の光が連鎖し、それがリリーナを中心に取り囲み、周辺を火の海にした。

 肉が焦げる臭いと爆発により四散した肉体が空気中に舞う中、彼女は青白い炎をその瞳に宿し、ベルクヴェルク上層の中央部へと歩み出る。中央に到達するとリリーナは声を張り上げた。


「シオン! 奴らを中央まで誘導してくれ」


 少し離れた位置で数体のリビングデッドを纏めて切り伏せていくシオンがその声に気が付く。

 大地が縮小したかのような素早さで彼女は、リリーナの元へ駆け寄った。死者の赤黒い血で染まった死神の鎌を肩に背負い、リリーナへ言葉を発する。


「どうするつもり?」


「数が多いからまとめて始末する。私の傍から離れないでくれ」


 シオンがその言葉に頷くとリリーナの瞳が鋭い光を放つ。

 竜言語ドラゴンズロアにより、脳内で魔法構成が詠唱され、それが彼女の青い瞳に文字となって浮かび上がる。

 その時、ベルクヴェルクに激震が走った。だが、それは死者が迫る音ではない。中央に立つリリーナを震源としに上層全体が文字通り「激震」していたのだ。

 詠唱を終了させた彼女の唇が、魔法の旋律を奏でる。


「上位精霊魔法・大地の奔流<ハイランクエレメンタルマジック・グラウンドタイラント>」


 その瞬間、生ある者への憎しみを体現するかのように、牙を剥き迫る死者の眼前に巨大な大地の塊が立ち塞がった。

 発動者であるリリーナを中心に放射線状に大量の土砂が、まるで土石流のように凄まじい速度で迫る。それに巻き込まれたリビングデッド達は、土砂に体を打ち付けられ、その威力により肉体を破壊され、地下帝国の壁へ土砂と共に押し流された。

 地属性の上位魔法である「大地グラウンド奔流タイラント」は使用者の少ない珍しい魔法である。

 術者を中心とし土砂を押し流すその魔法の効果範囲は街一つ分にも相当し、物理的威力も兼ね備えた大量の土砂は、肉体を問答無用で押し流し破壊する。また、仮に生き残ったとしても土と砂に埋もれ、呼吸困難で死に至るという上位魔法ハイランクでありながら、最上位魔法ハイエンドマジックにも匹敵する程の恐ろしい殺傷効果のある精霊魔法であった。

 だが、地の精霊の力が強い場所でないと使用困難であり、また、空を飛ぶ物には無力であるという欠点も存在する、扱いが非常に困難な魔法でもある。


 全てが流れ去った後、ベルクヴェルクに沈黙が訪れた。その中央でリリーナは静かに目を閉じている。

 彼女なりの死者への弔いであった。目を開けると、リリーナは隣で佇むシオンへ口を開く。


「……行こう。鍵の代金としてこれで十分だろう」



 リリーナとシオンは、ベルクヴェルクの上層を後にし国境付近までその足を進めた。

 彼女達の瞳に数時間ぶりに陽の光が差し込む。だが、それは落ちかけた太陽であり、外の景色はすでに赤く染まり始めていた。

 国境線にたどり着くと、そこにいたはずだったドワーフの戦士の姿が見当たらない。どうやら中の騒ぎで任務を放棄し駆け付けたようだった。その時、国境に設置された石の建物から何かが稼働する音が、彼女達の耳に入る。

 

 それは昇降機が動く音だった。

 音が止むと建物の中から一人のドワーフが、おぼつかない足取りでフラフラと外へ歩み出る。豪華な王族の衣装と見て取れるローブに身を包んだそのドワーフは、頭に被った王冠を揺らし、光を失いかけた濁る瞳をリリーナ達へ向けた。


「……儂はベルクヴェルク王。……そなたはその身なりからアフトクラトラスの賢者……だな?」


 声をかけられ、リリーナは深々と頭を下げた。

 彼から見えない位置にある彼女の瞳は鋭さを増していた。今、目の前にいるこのベルクヴェルク王はもう限界なのだ。彼を見た瞬間、シオンが露わにした険しい表情を垣間見た時、リリーナはそれをすぐさま察知したのだろう。


「はい。賢者リリーナ・シルフィリアと申します」


「教えてくれ。儂はどうなる? 儂の王国はどうなったのだ?」


「上層から流れたドワーフ達はみな、死体となった。みな、同じドワーフを食いおった」


 ベルクヴェルク王は頭を両手で抱え、その体を小刻みに震わす。彼の表情は驚愕と恐怖に支配されているのか蒼白となり、瞳孔を広げていた。


「儂は命からがら逃げてきた。……どうなる? これからどうなるのだ?」


 リリーナはその言葉を耳にして頭を上げる。そして、隣に立つシオンへ視線を移し、彼女が頷いたのを確認すると、その鋭いサファイアの瞳を震える王へと向けた。


「僭越ながら申し上げます」


「ベルクヴェルク王。あなたは……すでに死んでいます」


「これから起きる事。それは、あなたが動く死体となり、彷徨い生者へその牙を剥ける現実でございます」


 リリーナのその言葉を耳にして、ベルクヴェルク王は茫然と立ち尽くす。彼の体は、すでに炎のように瘴気を立ち昇らせ、即座にリビングデッドへ変貌してもおかしくない状態である。

 王は対峙するリリーナの青き瞳を見据え、震える口で言葉を紡いだ。


「儂は王だぞ? ベルクヴェルクを支配する王なのだぞ?」


「死者に平民も王もありません。死者は等しくみな死者なのです」


 声にならないうめき声を上げ、王の体は徐々に死者のものへと変貌していく。両手を前へ出し、彼はふらつきながらリリーナへ近づいた。


「儂は……王で……儂は……」


 リリーナはそんなベルクヴェルク王に対し、頭を下げると優しくも冷酷な言葉をその口から発する。


「今までお勤めご苦労様でした。ベルクヴェルク王。あとは静かにお休みくださいませ」


 瘴気が空中に霧散して消え去った。

 炎のように燃え上がった王の体が、平静さを取り戻した時、そこにいたのは、一体の王族の衣装に身を包んだリビングデッドである。剛毛に覆われた口が開き、牙を剥きだした。

 その瞬間、王の首元へ白刃が迫る。シオンの繰り出した斬撃が彼の首を捉え、高速で切断していった。

 赤黒い血が飛び散る中、ゆっくりとリリーナは頭を上げる。


「……行こう。もうここに来ることはない」


 首を失った死体がゆっくりと後ろに倒れる。

 リリーナはそれを見送る事もなく、身を翻しその場を立ち去った。

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