第5話 生を与える者。死を与える者

 リリーナとシオンを乗せた馬車は、コンフィアンスから王都アフトクラトラスへの道のりの途中にある、ティエンダという名の街へ立ち寄っていた。

 目的は、金目の物を売り金を入手することにある。

 彼女達は、先程までの村とは違い、木造だけでなく石材や煉瓦造りの建物が立ち並ぶ石畳の道を歩いていた。人々の話声や雑踏が産みだす生活の音が耳に入り、リリーナ達の横を馬車が街道の上を走っていく。

 

 リリーナの持つ金目の物は、普通に買い取ってはくれない。

 何故なら基本、商店は自分で作ったものか行商人から仕入れた物しか売らないのである。他からの仕入れには魔物や農村、街からの野党の討伐報酬のほかトレジャーハントの戦利品なども含まれるが、道中、行き倒れた冒険者から剥いだ物や潰れた農村、廃棄された町などで入手したものは全て盗品扱いとなる。

 勿論、誰かを殺して奪った物は完全な盗品で犯罪となり捕縛されるが、先述した入手先の場合はグレーゾーンであり、つまり犯罪にはならないが売ることが困難な代物……と言える。

 そういう代物を一手に引き取るのが盗品商である。

 盗品商は、盗賊の拠点となり得る為、犯罪の温床になりかねない危険なものだが、冒険者が多いこの時代、商店では彼らが持ち帰る物を全て買い取り販売する事ができない場合も多く、その領地の貴族の許可を得て言わば「暗黙の了解」という形で盗品商の存在は認められていた。

 だが勿論、人が多く行き交う街道沿いなどには店を開いておらず、また、初見ではその筋の人間の推薦がない限りは相手にしてもらえない。

 シオンも旅をする上でそれくらいは知っていた。だが問題はリリーナから盗品商が買い取ってくれるのかである。


 街道沿いから外れ、二人は人気のない通路へと足を進める。

 周りを煉瓦の壁で覆われ、陽の光もあまり差し込まない薄暗い通路である。その中をシオンと頭の上に念能力<サイコキネシス>で皮袋を浮かせ、その顔に無表情を貼りつかせたリリーナが無言で突き進んだ。

 しばらく歩くと目の前が少し開け、長方形で大きな二階建ての木造建築の建物が目に映る。その大きめの扉の前に立つとリリーナは片手でノックした。すると扉の丁度、目の高さにある一部分が開き、中から何者かの視線が彼女に注がれる。

 リリーナはその目線の先に彼女の小さな手では包み込めないサイズのバッジをぶら下げて見せた。それは、盗品商公認の認証バッジである。

 バッジの有無を確認すると木製の扉が音を立てて開く。その時、後ろで見ていたシオンが驚嘆したのか声を上げた。


「あなた。盗品商に顔が利くの?」


「私は十一歳で一人旅に出た身だからな。昔、いろいろ世話になった」


「……意外とたくましいのね……」


 二人は扉をくぐり抜け、室内へと入っていく。中は薄暗く色々な商品が陳列されていた。

 奥のカウンターに一人の背の高い筋骨隆々な大男が座っている。その男は短い黒髪に毛皮のハーフジャケットを羽織っていた。どう見ても商人には見えない風貌である。

 リリーナは、その男の前に金目の物が入った皮袋を置くと短く話しかけた。


「これを売りたい」


 男は、無言でその皮袋の中身を漁り始める。

 シオンはその二人のやり取りには興味がないらしく、店に並ぶ商品を見て歩いていた。


「あんまり金にはならんな。どれも大した代物じゃない。出処は?」


「王都までの駄賃にさえなればいい。入手先はコンフィアンスの端にある小さな潰れた農村だ」


「なるほど。最近、その辺、物騒らしいからな。……全部で銀貨五枚、銅貨五十枚ってとこだ。どうだ?」


「問題ない」


 交渉が成立し、彼女の目の前に銀貨と銅貨が木製の器に入れて渡される。

 リリーナがそれを手にした時、シオンの声が耳に響いた。


「ねぇ。これ。面白いと思わない?」


 シオンが彼女目がけて投げたそれをリリーナは受け取る。見ると……ただの白い石だった。

 だがそれは、道端に転がっているものとは違い、綺麗な丸みを帯びている。リリーナは石に視線を向けた瞬間、何か違和感を感じたのか眉根を寄せた。

 

「……店主。これは?」


 リリーナがその白い石を男に見せる。その瞬間、彼は怪訝そうな表情を浮かべた。


「これはって……だぜ?」


 男の予想だにしないであろうその言葉に彼女は小首を傾げる。

 リリーナはティエンダに数年前に一度、来たことがあった。だが、彼女はその際、盗品商に顔を出してはおらず、ましてやこんな石を売りに来るなど、まずあり得ない話だった。

 

「……覚えがない。いつの話だ?」


「詳しい時期は忘れたけどな。何年も前とかって話じゃないぜ。ここ最近だ」


「人違い……と言いたい所だが、銀の髪を持つ人物などそういないか」


「その通り。銀色の髪は一度、見たら忘れねぇよ。それに妙な話だ。売りにきたんじゃなくて『それ』を店に置いてくれってな。しかも金を払ってまでだ」


 男の話によるとその「リリーナのような銀色の髪を持つ人物」は、店に来るなりこの石を持って店に置いてくれと言った。どう見ても価値のなさそうなその石に店主は最初、断ったが「置いてくれるなら金を払う」といって金貨をカウンターに置いたという話だった。

 男にしてみてはただの石を店に並べるだけで金貨が貰えるのである。断る理由などなかった。


「……なるほどな」


 男の話に頷くとリリーナの口が短く言葉を紡いだ。


「識別<アイデンティファイ>」


 彼女の魔法が効果を発揮した瞬間、石が光を纏いその姿を変える。

 そこには何やら奇妙な文字が書かれた丸い石があり、中央に青い別な宝石のような物が埋まっていた。

 店主とシオンがそれを興味深そうに覗きこむ。


偽装フェイクだ。元はこの奇妙な石を隠すためにただの石へ偽装していたようだ」


「識別の魔法によるとこれは……音声などを保存する特殊な魔法道具マジックアイテムだ」


 石に刻まれた奇妙な文字は、人や動物の声や音などを保存する効果のある魔法付与マジックエンチャントであり、中央の青い宝石に魔力を持つ人物が触れると、その保存されたものが発せられるという仕組みである。

 試しにリリーナが青い宝石に触れてみる。だが、何も言葉は出てこない。彼女は店主へ青いサファイアの瞳を向けると、おもむろに口を開く。


「店主。これが欲しいんだがいくらだ?」


「自分で置いたものを自分で買うってか? タダでいいよ。持っていきな」


「感謝する」


 リリーナはそう礼を述べるとシオンと共に店を後にした。

 石畳の街道を歩きながら、彼女はその「自分が持ち込んだ」らしい奇妙な石へ視線を注ぐ。


「……奇妙な話だと思わないか?」


「世界は広い。もしかしたら私のように銀色の髪を持つ人物が他にもいるかもしれない。だが、あの店主は『私が持ち込んだ』と言った。つまり、それは外見まで私と似ていたということだ」


「あなたが二人いるとでも言いたいの?」


 歩きながら視線をリリーナへ向けるシオンのその言葉に、彼女は微笑んだ。


「もし私がもう一人いるというのなら……この困難な旅路を少しは手伝って欲しいものだ」



 その後、ティエンダ内の酒場の中に二人の姿があった。

 給仕の女性が料理や酒を持って店内を回る。冒険者の風貌を持つ男やティエンダに在住する人間などで会話が溢れ、店内が騒がしい中、リリーナとシオンはテーブルで向かい合いながら椅子に座っていた。

 リリーナの目の前には、豆と野菜と肉を煮込んだスープにライ麦のパンが置かれている。一方、シオンの前には何もなく、彼女は頬杖を突きながらリリーナの食事する光景を眺めていた。

 リリーナはパンを手に取るとそれをちぎり取り口に入れる。咀嚼し飲み込んだ後、無言で席に座っているシオンに話しかけた。


「本当に何もいらないのか?」


「私はあなたが作った料理しか口にしない。……死者の作る料理とか御免だわ」


 この街に来てから「死者かどうか」聞いていない。

 シオンもそれについて口にはしなくなっていた。仮に彼女が死者で溢れていると言って切り殺した所でリリーナには何の得もない。むしろ、彼女の行動を阻害する要因にしかならないからだ。

 それ故、シオンはあえて何も言わないのである。そして、リリーナもあえて何も聞かないのだった。

 恐らく、今この酒場にいる人間も彼女にはすべて死者に見えるのだろう。シオンにとって動く死体に囲まれながらも食事をするリリーナは、かなり奇妙な光景に写っているはずだ。

 しかし、何故、二人で見えるものが違うのか。リリーナの青い瞳とシオンの赤い瞳……それの相違はどこにあるのだろうか。


「……シオン。何故、お前には死者に見える? 何故、私には生者に見える? その理由が思いつくのか?」


 彼女のその突然の問いかけにシオンは、街往く人間を窓から眺めながら頬杖をついた口がゆっくりと動き始めた。


「……あるとしたらそれは『見てきたものの差』かしらね」


「リリーナ。あなたは人の生を見てきた。人を助け生を与えた。だけど私は違う。人の死を見てきた。人に死を与えてきた」


「あなたのその青い瞳は希望の色。そして、私の赤い瞳は滅亡の色なのよ」


 シオンのその言葉を耳にして、リリーナは苦笑した。


「お前にしては随分、抽象的な表現だな」


 だがあながち間違いとも言い切れない。

 確かにこの死が溢れている世界でリリーナは、その目で希望を見ているのかも知れない。正確には願望かも知れないが。それ故、彼女の青いサファイアの瞳には死者が生者に見えているのだろう。

 だが、シオンは常に死を見てきた。そして、文字通り死神のように死を与えてきた。それ故、彼女の赤いルビーの瞳には、この世界に生きるものはその真実の姿である死者そのものに見えるだろう。

 人に死を与える存在としたらリリーナも例外ではない。現に彼女はプロエリウムの軍勢を何千と死に追いやった。最初に人を殺したのは十一歳の時だった。

 どんな大義名分があろうと、どんな守るべきものがあろうと、人に死を与えた時点で例外なく殺人者だ。そして、それは紛れもない事実であり、恐らく彼女はそれを自覚しているのだ。しかし、どんなに死を与えようと彼女は希望を捨ててはいないのだろう。


 死はすべての終着点であり、生への始発点でもある。死んだ者の魂が天へ召され安らぎを得る。もしくはその命が受け継がれ別な何かに転生する。生への始発としてならそう考えられる。リリーナの考えは恐らくそうだろう。

 だがシオンは生を与えられない。その手は死しか生まないのだ。そして、シオンはそれを望んでいるのだろう。それは「調整者」としての彼女の役目でもあるからだ。

 

 ……だが、この旅路の果て、彼女は初めて……その死を止める事になるのをこの時点ではまだ知らない。


 その時を境に無言の時間が流れていく。

 シオンは変わらず窓の外を眺めたままだ。その表情にふと視線を移すとリリーナは急いで食事を済まそうとする。それは彼女の表情がどことなくつまらなそうに見えたからだろう。リリーナなりに気を遣おうとしているのだ。

 だが、シオンには全てお見通しなのか、彼女の口が早く動き始めたそれを制するかのように優しく語り掛けた。


「気を遣って急がなくてもいいわよ。リビングデッドの漫談でも見てるから」


 心の奥を見透かされたようなその言葉にリリーナは微笑むと、いつものペースでゆっくりと食事を楽しみ始めた。


 食事を済ますとリリーナとシオンは、ティエンダに設置された馬車置き場に足を運び、再び馬車に乗り込む。

 そこから数時間ほど車輪を走らせた後、彼女らの瞳に大きな城壁が映し出された。

 それは王都アフトクラトラスを取り囲む石造りの巨大な城壁である。国王と賢者が座する天高くそびえる王宮を中心に万が一に備え、魔物や他国からの侵攻を防ぐために設置されたものであった。


 リリーナはそれを目にして息を呑む。

 何故ならこの城壁の中に今、彼女が最も求めるであろう答えがそこにあるからだ。

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