第五話
翌日、朝起きるとあることに気がついた。目覚めがいいのだ。いいってもんじゃあない。まるで今まで眠っていなかったように頭がスッキリしている。だから何だというのだが、やはり人間ではなくなったのだな、と改めて実感した。仕事へ行く準備を足早に済ませ、外に出ると昨日とは打って変わった晴天だった。灰色のビルたちは微笑むように、しかし太陽はまるで今の自分を蔑むように見下ろしていた。昨日起きたはずの事故の現場は綺麗さっぱり何事もなかったようになっていた。アンドロイドたちは仕事が早い。決められた時間しか働かない変わりに働く時は全力なのだ。
仕事場につくなり、昨日、一昨日は疲れたろう、と同僚が話しかけてくる。そうでもないさ、意外としっくりくるものだ、と返し自席に座る。カタカタと無機質なクリック音が鳴り響く。ここは自分の勤める場所、情報管理福祉省だ。ここでの仕事は大雑把に言えば無垢な情報を日本国民に"正しく"伝えるために検閲をすることだ。昔の日本では検閲は法によって禁止されていたようだが今となっては関係ない。先ほど"正しく"と語ったがそれはあくまで政府の独断と偏見による"正しさ"だ。事実と違った内容に改変することもしばしば行うし、情報を丸々伝えないことだってある。だがそれがこの国にとって最善のことなのだからどうしようもできないのだ。
こうして国民は、アンドロイドも人間も国に侵されていく。思想もへったくれもあったものではなかった。
情報管理福祉省はここにいるヒトと政府の上層部だけが知ってる情報がごまんとあるわけだ。格好つけて言うならば、つまり世界の真相を知っている。この国がどうなろうかということも、世界がこれからどうなるであろうかとも。ここは、この国の最も重要な場所の一つなのだ。そんなところになぜ人間が入れたのか、簡単なことだ。ただのサンプルだったのだ。入った当時は人間が自分を含めて三人いた。
自分以外の二人は死んだ。
一人は事故、もう一人は自殺、という"正しい"情報が世間に報道された。早い話消されたのだ。なぜ、どうしてというのは考えるまでもないだろう。彼らは賢くなかった。それだけだった。
無論、同僚のアンドロイドたちや自分も悲しんだ。その時迫りくる恐怖やわけの分からない焦燥に駆り立てられていた。そうしてここでの最後の人間だった自分も先日人間であることをやめた。ここに就職して三年目だった。これが政府のヒトたちにどう影響するかは知るところではない。
これは憶測だが、何のサンプルだったか、それは人間の持つ悪に対する意識を調べるためだったのだろう、アンドロイドたちは善悪が分からない。なぜなら悪がないからだ。だが人間には悪に対する意識がある。つまり悪を知っているからこその善がある。
イヴは情報を改変することを仕事と捉える。人間は悪行だと捉える。人間は周囲がアンドロイドでも多数派に馴染むのか、耐えれず、現状から逃げ出すのか。人間の根本にある悪について調べるためだったのだろう。
結果は知らない。三年耐えたことが政府のヒトたちからしてみると、長かったのか、短かったのか。そしてその結果がどういう評価になるのか、知るよしもない。ただ一つ分かることと言えば、政府の上層部は人間であるだろうということだ。これは憶測ありきでの話なのではあるが。
思考の海に溺れながら旧時代のパソコンを前に呆然としていた。ここにある電子機器は全て旧時代のものだ。独自のネットワークを構築し、サイバー攻撃を受けないためだ。この場所以外での情報はいまいち信用できないがここで得る情報は信用できる。だからこの情報は信用できる。同僚たちは黙々とキーボードで音楽を奏でている。人間らしく時折止まったりすることはない。延々と、休憩時間がくるまで演奏は続く。
そうして自分も違和感を感じることなくその音楽隊の一人になるのだった。
アンドロイドに夢はない 尾澤めばる @sennori
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