◇32.紺碧は良心と悪心の狭間を貫く
「ちょっと待て!」
冷ややかな顔で
「お前らまじで変なとこで団結してんじゃねぇよ! 趣旨おもくそ間違ってんだよ!」
「そ、そうよ! 殺すのは違うわ! 二人とも救うべき対象なのよ!?」
Dark Rが翼へ集中攻撃する中、賢成が逆サイドから回り込む。翼が弾を避けバランスを少し崩したのを見計らい、Dark Rは狙いを賢成へ移した。賢成はDark Rが放った連弾を全て避け切り引き金を引く。賢成の攻撃により体勢が揺らいだDark Rの懐に翼が飛び込んだ。Dark Rの身体に纏わりつきそのまま海に引きずり込む作戦らしい。
だが、Dark Rはそんな柔ではない。
「おいヨク!」
状況を判断し優は駆け出す。小さな白い砂浜の縁で踏ん張り続けるDark Rは翼の背中に銃口を突きつけると引き金に手をかけた。銃声と共に跳ね上がった水音。危機一髪、優の足蹴りは間に合った。優が蹴りをくらわせた相手は、無論翼だ。
「てんめぇ何考えてんだよまじで死ぬぞ!」
「リーダー!」
賢成の危機迫る声に、優は視界に入ってきた鋭い刃に気づき、咄嗟に剣を交えた。Dark Rの漆黒の深い
少しずつ小さな白い砂浜との距離を詰めながら賢成が発砲した弾は遂にDark Rの身体を掠めた。多少よろめいたものの、この程度では痒くもないらしい。賢成に対する苛立ちをぶつけるようにDark Rは接近している翼に斧を振るった。対する翼も攻撃の手を緩めない。振り落とされた斧を銃のボディで受け止めるとすぐさま銃口を噴かせた。
「ユ、ユウ!」
三人の情景を見つめる優の背に仁子の声が届いた。気を抜けばこちらに発砲されるかもしれない。優は仁子を振り返らぬまま後ろへ素早く下がった。
「どうした?」
「ねえ、見えないの?」
「何がだ?」
「Dark Rの身体のどこかに。
唐突な展開の連続に最も重要な点が脳内から転がり出てしまっていた。優は赤く染まったままの左目をDark Rに集中させる。
「Dark Aの時はユウがマントの“A”を斬ったことがきっかけで物語を収束させられた。誰も死なずにシンを救えた! 今回もテルキさんの身体のどこかに“R”があるならそれを斬り裂けば」
「ダメだ」
「えっ……」
仁子の顔に満ちかけた希望に暗い雨雲がかかった。
「どこにもねぇ」
優はDark Rとの距離を少しづつ縮め直していく。背伸びをしたり角度を変えてその身体を見回すが、“R”のアルファベットはやはり見当たらない。
「そもそも今回はDark Aの時みてぇに意味のヒントも結局見えてこねぇしな」
「もうっ、どうして、何で見えないの!」
「それが分かったら苦労しねぇよ……っ!」
一際大きく響いた銃声に、優と仁子は肩を揺らす。Dark Rの放った銃弾が、
「おい、調子に乗るなよ旅人」
Dark Rの唸るような声に圧され、海中へ背中から倒れ込んだのは賢成。翼がDark Rに迫るわずかな隙に杏鈴を解放しようと試みたのだろう。しかしそれは失敗しDark Rの怒りを膨れ上がらせる結果となってしまった。海面に向け撃ち込まれる銃弾を賢成は転がってかわす。
このままでは戦いの終わりを無事に迎えられそうにない。
優はふと、杏鈴の異常に気づき凍りついた。力なく首を垂れ、銃声に驚きもせず、まるで壊れた人形のように生気を失っている。全てを諦めたと言わんばかりだ。
ホントウの“R”のアルファベットも見えない。込もっている意味も見えない。第二の物語を収束させる糸口がひとつも左目に映らぬ今、完全に座り切った目をして立ち上がり銃を構え直した賢成が放った言葉は、優の心に深く突き刺さった。
「リーダー、殺そ。まじで」
「……は?」
「だから、殺そうって言ってんの」
賢成の反対側で銃を両手で構え、短い息を繰り返しながら翼がDark Rを睨み上げる。
「リーダーもニンも、早く本気で加勢してよ。そしたらこんなヤツとっとと殺せる」
「何言って」
「出来ねぇよ、とか生ぬるいこと言わないよね?」
正気ではない賢成の視線に、優と仁子は息を呑む。Dark Rが広域に渡り銃撃を開始した。各々その攻撃から身を護る。
「ふ、ふざけんな! つか、お前どうしたんだよ! シンの時とまるで違うじゃねぇか! Dark Rはテルキさんなんだぞ!」
「そうだよ。だから殺すんだよ」
「意味分っかんねぇ! お前、俺の言ってること分かってねぇだろ!」
「シンとテルキさんは違う」
Dark Rの連射は続く。折角縮め直した距離も、避けている間にスタートラインへと戻ってしまった。
「俺の勘」
賢成はDark Rへ発砲しながら強い口調で言い放った。
「Dark Rに良心は残ってない。Dark Rを殺す、もしくは俺達が殺されるしかこの第二の物語を終結させる方法はない。護るために、殺すしかないんだよ」
「そんな……」
仁子の目に突発的に浮かんだ涙。賢成に言葉を返せず優は唇を噛み締める。変わらず左目に映らぬ“R”の文字。苦渋の領域を超えた決断を下すしかないのか。
「……仕方ねぇ」
「ユウ待って!」
察した仁子が優の両肩に手を触れた刹那。
「ある」
全員の視線は十字架に集中した。声の主は重たげに首を上げ、
「あるっ……Dark Rには良心がある! テルキさんはまだちゃんといる、だから殺しちゃダメ助けて!」
杏鈴の最大の渾身の叫びに浮かびかけた優と仁子の笑みは瞬時に剥ぎ取られた。激しく咽る杏鈴。Dark Rの強い拳がその腹を何度も殴りつける。
杏鈴がDark Rの良心の存在を知りながらも沈黙を貫いていた理由――口を割れば暴力を振るわれると分かっていたからだ。
「アン!」
仁子の目から涙が零れ落ちた。杏鈴の唇の端からは血液が流れ出す。
「おいアバズレ!」
Dark Rは優達へ乱射しながら斧で十字架を怒り任せに斬りつけ杏鈴を威嚇した。それだけでは終わらない。Dark Rは杏鈴の首元に手を伸ばすと既に破れていた服をさらに、盛大に引き裂いた。
露わになった杏鈴の首から胸元にかけ広がっている赤い痕に喉が圧迫される。
「言い気になってんじゃねえぞ虫ケラ以下が。あの時みてえに心臓ぶち抜かれてーのか、あ?」
杏鈴の頭部をDark Rは優達へ晒すように鷲掴みにすると、そこに銃口を突きつけた。
「あの時? あの時って何のことだよ!」
Dark Rから繰り出された謎の言葉に優は衝動的に賢成を見やったが、もはや周囲の音は微塵も彼の耳には入っていないようだ。怒りを燃やした目でDark Rを睨み続けている。
「てめえら、今俺に攻撃を仕掛けてみろ。こいつの脳天一瞬でぶち抜いてやる。」
脅迫だ。恐怖と悔しさに涙を流し震える仁子。Dark Rの片手が杏鈴の身体を這い始める。
「もしくはてめえらの目の前で今犯してやるか。生きたまま死なせてやるのが一番心地いいんだよなあ、くくっ」
杏鈴の渾身の叫びには希望を持ちかけた。だが目の前でDark Rが起こしている行動・言動は心底卑劣だ。それはDark Rに良心が残っていないと言うことを示しているようにも思えてくる。やはり正しきは賢成の勘なのか。
一体何を、誰を信じ、どうするのが正解なんだ。
優の心がショートしかかったその時だった。
「……あの、どうぞ、お構いなく」
こんな状況下で、唯一、とんでもなく冷静さを保っている男がいた。
「は?」
杏鈴の身体を這い回っていたDark Rの手が止まった。頭に突きつけられ続けている銃口の痛みに耐えながら杏鈴が薄く目開け翼へ視線を送る。
「……何を得意気になっているのかは分からんが、そいつ、もう十分汚れてるんで。と言うか腐ってるんで。貴様の欲望をぶち込みたければ気が済むまでぶち込めばいい。それを目の前で見せつけられたところで俺は動じない。汚したいだけお好きにどうぞ。ただし」
銃の柄を力強く握り締めた翼の右手は、Dark Rに向けられた。
「……傷つけようものならば、俺は貴様を絶対に許さない」
カッ、と開かれたDark Rの瞳孔を潰すように、翼の
「うわ!」
その光は周囲全体をくらます。空へ向かって伸び上がっていった光のヴェールがとれ、姿を現したのは
「覚醒、しやがった……」
「冷静な心」
優同様に圧倒されながらも仁子が呟いた。
「“ソーバーマインドクリスタル”、直訳すると、そう言う意味のはずよ」
杏鈴の頭部から手を離したDark Rが斧を操り紺碧色のCrystalを狩り取ろうと試みたが間一髪、Crystalは危険を察知したかのようにスッとその姿を消した。
Dark Rが舌打ちをした瞬間、
Dark Rを殺して
「くっそ! 何でなんだよ! 今見えなきゃ役立たずでしかねぇんだよ
そう簡単に諦めるわけにはいかない。第一の物語とは違い、第二の物語ではgame内で負った怪我の後遺症が残るようになっているのだから。仮にDark Rを殺し、それが現世に影響したら――Memberの誰かが死ぬのは正常な人間である以上、いくらgameでも推奨はどうしても出来かねる。
「……アン?」
やり切れない思いに左目を覆いながら太腿に拳を叩きつけた優の隣で、仁子が怪訝な声色を漏らしたその時。
「もういいよ!」
翼の銃口、賢成の銃口それぞれから上がった銃声をも凌駕するほどの叫びが海面を高速で滑った。Dark Rが振った斧の風圧の強さに翼と賢成が顔の辺りを腕で庇い後進する。
全員の視線は普段の憂いさを失っている杏鈴へ集中した。
「撃って……ヨク」
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◇Link◇
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051
・EP1:※◆18
・EP1:※◇22
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