九章:冷静ノ目醒メ
※◇31.希望の赤と絶望の青
「あ、そっか……
「そうだ、この部屋にも何かないかな」
真也は座っていたベッドから立ち、部屋をうろつき始める。縦長の古びた収納棚の扉を開くと、勢いよくあるものが転がり出してきた。
「うわっ! びっくりしたー! モップ?」
掃除用のモップ。現世のそれとは多少異なる雰囲気をしているが、そう断定出来るフォルムであることには違いない。棚の中を覗くと、いびつなかたちのバケツもある。
「ふーん。宮殿をお掃除する担当の人の部屋だったのかなあ……ん?」
モップを収め直し、棚の扉を閉めかけた真也は気がついた。上段に一枚の小さなサイズの画用紙があることに。
棚の扉を閉め、画用紙に描かれている一見写真だと勘違いしてしまうほど上手い絵に視線を落とす。
「おっ、え?」
思わず変な声が出た。黄ばみ煤けている画用紙であるが、描かれているそれが何であるかは、はっきりと理解が出来る。
「リー? と、誰これ」
真也の
「彼氏? セフレ? ……いや、まさかね。あんま格好よくないし」
「……ん……」
失礼極りないことをポロポロ呟く真也の背後で梨紗の口元から小さな声が漏れた。真也はその絵画を無意識に床へひらりと落とし、梨紗の傍へただちに駆け寄った。
「リー! 大丈夫!?」
目を開けぬまま苦しそうに両手を伸ばしてきた梨紗の身体を真也は抱き上げてやる。すると、梨紗は両腕を真也の首元に巻きつけ、抱きつくように凭れてきた。
梨紗の背中を擦ってやっているうちに感じた左肩の温度の上昇。そこに押しつけられている梨紗の目から滲みだした温かいもののせいだ。真也が声をかけようとした刹那。
「たす……けて……」
普段の梨紗からは想像出来ない弱々しい声。
「ワタル……たすけて……もう……ころして……」
全ての言葉は呑み込まれた。真也はひたすらに梨紗の背中を擦り続ける。規則的になり始めた梨紗の息。今度は意識を失ったわけではなく、眠ってしまったようだ。
ガタッ、と急なもの音に真也は肩を揺らした。扉のほうへ視線を向けるとそこには呼吸を荒げている誠也の姿があった。
「あ」
よろしくない状態に、真也は短く声を上げる。誠也の叫びが響き渡ったのは言うまでもない。
「シン! こんな時に一体何考えてんの! ハレンチ!」
「待って待っておにーちゃん! 違うんだよ! ちゃんとわけがあるから」
「もういいや、それどころじゃない。あー、何から説明したらいいのかっ……」
誠也はその場に倒れるように座り込んでしまった。梨紗をベッドに再度横たわらせてやると、真也は誠也の前にしゃがんだ。
「てか、ワタルは? ちょっとリー看てるの代わって欲しいなって」
「それなんだよ……ワタルくん、飛び出していっちゃって」
「えっ? 何で?」
誠也から告げられた内容は、真也の度肝を抜いた。それ故真也は気がつかなかった。先程床に落としてしまった絵画がサラサラと砂のように消えてしまったことに。
◆◆◆
宮殿から飛び出した航は、幸いにも第一の物語を引き継いで煉瓦造りのアーケードのところに括りついたままでいてくれた白馬を拾い疾走していた。
黒い叫び声も消えてしまった今、辿る方法もなければCも使えない。どこに
■
窓から差し込んだ光に照らされ浮かび上がったものを目の当たりにし、誠也と航は一瞬、呼吸をすることも忘れていた。
怖々と航が一歩ずつ後ずさる。踏みつけてしまっていたものは床一面を覆う絵画。それもただの絵画じゃない、全てが赤。もちろん床だけではなく壁にもいくつかそれらは飾られており、見回す誠也の顔もさらに引きつっていく。
「これ……さ……ニン、だよね?」
ようやく誠也は声を漏らした。赤と言うのは色のことではない、赤色の人物。大量の絵画に描かれているものは全て、
航が震える手で掴み上げた一枚の下にはまた別の絵画。描かれている仁子の所有者の表情は一枚一枚違ったものとなっているようだ。全ての絵に共通している唯一の箇所と言えば、身に纏っている赤色の高貴なドレスだ。
「さっきの部屋と描かれているこの雰囲気を見る限り、ニンの所有者は宮殿の人間で間違いなさそうじゃない?」
「確かに、服装的にも上位の人間っぽいし、お姫様なのかな。そうするとワタルくん達の予測である落とされる場所、ニンに関しては推測が正しそうだよね」
「うん。それに、ここがスナグルの部屋であるなら、ニンの所有者とスナグルの
「ワタルくん?」
言葉を結ぶことなく
「どうしたの……ひっ」
絵画の山の上を止むを得ず踏んで渡り航の隣にやってきた誠也は、航が手にしている絵画を覗き込んだ瞬間に悲鳴を上げた。
キャンバスの中には、うつ伏せで床に倒れているひとりの女性。赤の汁に塗れたその身体は血だまりを造っている。そして、その身体を潰すように彫り込まれている“
「死ぬ……いや、死んだの……? ニン」
「違う」
「え?」
誠也の受けた衝撃は、続けられた航の言葉を受け、跳ね上がることとなった。
「よく見て……青なんだよ」
航の震える指先が触れた箇所は倒れている女性が着用している真っ赤なドレスの裾の部分だ。見かけ上は散らばっている絵画に描かれているものと同じ仁子の所有者であると思わせられる。しかしよく目を凝らすと、薄っすらブルーの色素が塗り込まれているのが窺える。
「まさか、アン?」
「ただそうすると、さっきニンに当てはまった予測が当てはまらなくなるんだ」
「どうして?」
「アンはこの前、俺とヨクと一緒に下街に落ちてた。彼女は宮殿の人間じゃないはずなんだ」
「でも、ワタルくんだって同じじゃない? 話しに聞いた絵画上は、宮殿外に組織されていたと考えられる
「その通りなんだけど、アンは
「ねえ、待って」
航の考察を受け、誠也の脳内をある言葉が突き抜けた。
「“青色のお姫様”」
今回のボスステージにくる直前、
それはまるで、
「“青色のお姫様の全ては俺の手の中にある”」
何もかもを把握しているような、そんな言葉で――。
「ちょっと待ってワタルくん! どこいくの!?」
立ち上がった航の手を誠也は掴んだ。掴まれた反動で航がバランスを崩し、二人はそのまま絵画の山の中に倒れ込んだ。
「ユウとヨク、みんなのところにいく」
「でもユウくんこっちにいろって」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」
「ワタルくん!」
誠也の制止のかいもなく、航は絵画を跳ね退け部屋から飛び出していった。
溜息をつき、絵画の山の中から起き上がりかけた誠也だったが、ふと目を留めた。掻き分けた絵画の中から現れたのは筆と絵の具。筆の毛先を見ると、固まってしまったインクがこびりついている。絵具もキャップの周囲やチューブに付着している汚れから新品ではない。思考を巡らした誠也の中には、あるイメージが必然であるかのように浮かんだ。
「絵画、描いてた? スナグル……」
ひとりでここに留まる恐怖に耐えられそうにない。誠也は立ち上がると、真也と梨紗のいる部屋へと引き返し始めた。
■Snuggle Room in SEI and WATARU END■
落ち着かない気持ちのまま、航は手綱を取り続ける。優、そして
仁子の所有者に関しても、大量に描かれていたのは不気味でならないが、血塗れに描かれていた青色のお姫様とはまるで扱いが違っていた。彼女はどの絵に関しても全て美しく描かれていた。きっとクリオスないし他の所有者達からも愛でられていたに違いない。その点だけが唯一肩の荷を下ろすことの出来る事実だった。
基本を
認めたくない、あの絵画に描かれていたのが杏鈴の所有者であるなんて。だがもしかすると賢成は直感的にその事実を察知し、あの強烈なワードを放ったのかもしれない。
過去の因果を辿ってしまうとするならば、杏鈴がこの第二のgameで命を落としてもおかしくはない。誰ひとりとして命の灯火を失うなんて絶対にさせるまい。決して引いてはならない血を阻止したいがために、航はクォーツに囲まれた道を駆け抜けていく。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
◇Link◇
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051
・EP1:※◇24
・EP1:※◇26
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます