◇30.青く燃ゆる二つの闘志
◇Clear【私ハ、最後マデ、忠実ニオ仕エシ、オ護リスルコトガ出来マセンデシタ】
◇Snuggle【僕ハ、君ニ寄リ添ウ事ガ出来ナカッタ。誰ヨリモ君ノ事ヲ理解シテイナケレバイケナカッタハズナノニ……】
◇Bright【僕ガモット強ク訴エカケテイレバ、光ガ失ワレル事ハナカッタンダ】
◇Sincere【私ハ誠実ナ想イを貫イタノデス。シカシソレハ取リ返シノツカナイ間違イデシタ】
◇Earnest【君ヲ想ウガ故、僕ハ、大キナ過チヲ犯シテシマッタノダ】
◇Hot 【俺ハタダノ熱キ無能ダッタ。俺ガ有能デアレバ、アノ悲劇ヲ喰イ止メレテイタハズダッタンダ】
『読んでいるこちらが苦しくなるお言葉ばかりですね……ユウ様の過去の所有者が死していたとし、この彼らの想いを分析して』
「死なない!」
「ワ、ワタルくん」
「ユウは絶対に死なない!」
「ワタルくん待って! どこに向かうの!?」
『セイ様追いましょう!』
二人の声を聞こえぬ振りをし航は止まらない。叫び上げた言葉とは裏腹、心に生まれてしまった嫌な不安を消し去りたいが故、じっとしていられなかったのだ。
視界が歪みそうになる。泣いてはいけない。泣いたら水晶因果を辿って
ぐちゃぐちゃになっていく感情を堪え、航が階段を下り切ったその時、心臓を突き刺すようなフォールンの叫び声が響いた。思わず足を止め航は振り返る。
「いった……フォ、フォールン!」
航より一段上の踊り場で階段を踏み外し倒れ込んでしまった
痛みを堪えながら誠也がブックに手を伸ばす。顔を歪めたまま航は階段を再び上り二人に駆け寄った。今にも気道が潰れてしまいそうなほどに苦しんでいるフォールンが、小さな指先を右奥に続く通路のほうへ向けた。
『……あ……あっち……で……す』
顔を見合わせてから、航と誠也は示されたほうを見やった。
『じゃ……あ……く……です……ひ、じょ……に……オ……ラ……が……』
背筋に走る悪寒。フォールンの絶え絶えしい息遣いにより異様な気配はさらに強められていく。
意を決し、航は誠也に一度深く頷いた。
「いって、みようか」
「うん……でもその前に、このままじゃフォールンがっ……?」
フォールンが両手の指先全てを二度曲げた動作に誠也は察した。表紙を閉じようとする誠也にフォールンは何度も首肯する。行動は正解だ。ブックはするりと誠也の
フォールンが示した先へ忍び足で歩みを進めていく。しばらくは今まで見たものと特に変わりのない扉が並んでいたが、ふと、その並びに沿わない扉が一番奥に現れた。恐る恐る航がその扉に顔を近づけると無数の小さな傷がついている。まるであのブックの表紙に刻まれている傷を彷彿させる不気味さだ。
傷を辿っていた航は息を上げた。誠也の顔を見つめながらあるひとつの箇所を指差す。航同様そこに顔を寄せた誠也の
刻まれている文字、“
初めからブックに納められていた二つのCrystalのうち片方の名称だ。即ちここは、寄りそう心を持つ過去の所有者が過ごしていたかもしれぬ部屋。
「開けよう」
誠也がドアノブに手をかけた。おずおず開いていくせいで、古ぼけた嫌な音がする。
「敵は、いなさそうかなぁ」
「そうだね。幸い……」
航がつきかけた一息は、咄嗟に服を掴んできた誠也の手に吸い取られた。
「な、何?」
「おかしい、この部屋」
誠也が差したのは下方。目に飛び込んできたのは違和感のある
「ワタルくん、そのまま動かないで」
誠也が足を動かす度に上がるもどかしい鈍い音に、航はビクビクと反射的に肩を揺らしてしまう。先程のフォールンの様子、そして今、切に感じるこの嫌な感じ。
窓際に辿り着いた誠也が両開きのカーテンをスライドさせた瞬間。
「ひっ!」
「なっ……」
◆◆◆
優と仁子は止まない雄叫びを頼りに海上を進んでいた。
「結構腕にくんのな、これ」
優は両手でオールを漕ぎ続ける。ボートに乗るなど普段の日常ではそうないことだ。両腕の筋肉に当然負担はかかってくる。
「ユウ、代わるわ」
「や、平気」
「じゃあ片方だけでも」
「逆に進まなくなんだろ。大人しくしとけよ……あんなこと、あったあとなんだからよ」
ぶっきらぼうになってしまったが、気にかけているのは伝わったようだ。仁子は自然な微笑みを浮かべた。
「そう言えば、今回は
「いや、ずっと左目に“R”の血文字貼りついてっけど」
「それじゃなくて、“A”には“
仁子の指摘の通りだ。第一の物語ではボスステージへ突入する直前、“A”の持つ意味が左目に告げられた。
「なあ、何か、“R”のそれっぽい単語って思い当たるか?」
「思い当たっていたらあなたに質問してないわよ。単語の数なんて膨大すぎて予測は厳しいわ。ただ」
「ただ?」
「シンの時もそうだったけど、セイとのかけ違えだったとは言え、デッドにつけ入られてしまうような苦しい思いを抱えていたわよね。だから同じようにテルキさんもそう言う思いを抱えているんじゃないかって。それに、私を襲ってきたのも、その辛い思いを私が逆撫でするようなことをしてしまったからかもしれないの」
「心当たってんのか?」
「詳しくはごめんなさい伏せさせて。でも、テルキさんのことを傷つけたわ」
仁子の顔は歪む。つられて同じような表情になりかけた優だったが、ふと、波の動きが変化したのに気がついた。
「どうしたの?」
両腕の疲労はピークを超えているが、優はオールを漕ぐスピードを一気に増した。予感は的中だ。響き続ける闇の叫びのボリュームが上がったと同時、突如海洋は荒れ出した。ビッグウェーブを巻き起こして優と仁子をボートごと呑み込もうと迫ってくる。
「縁掴め!」
優の指示に従い、仁子は血管が浮き出るほど両手に力を入れボートの縁を掴む。横揺れするボートは喰らおうとしてくる高波とギリギリの攻防を繰り返す。方向転換を図った優が目指すのは海岸だ。
「うおおおおおおおおおおお!」
瞬間、身体は宙に浮いた。
「キャア!」
「うっ!」
優と仁子は砂浜に身体を打ちつけた。犠牲となってくれたボートと二本のオールが高波にさらわれ、あっという間に岸から離れていく。
「いってぇっ……おいニン、わりぃ、平気か?」
倒れ込んだままでいる仁子の元へ寄り、優はその身体を支えた。
「うん。何とか、ありがとう」
優に掴まりながら仁子は立ち上がる。腕や足に擦り傷は出来てしまったものの大事に至った箇所はなさそうだ。
「あっぶなかった。何が起こるか分かったもんじゃねぇよ」
「ねえユウ」
仁子は優の肩に手を添えた。
「あの叫び声、止んでるわ」
二人を包むはさざ波の音だけ。
「ちょっと待ってくれ!」
優の左目に異変が起こり始めた。ずっと貼りついていた“R”の血文字が消えていく。替わって映ったのは今いるこの浜辺。そこから景色はまるで歩いているかのように流れていく。
透明なクォーツに囲まれた道を抜け森に入ると再び現れたコバルトブルーの海。そこには見覚えのある背中――白いワンピースを身に纏う
優は短く息を吐く。彼女のいる場所のさらに遥か奥のほうから近づいてきた一台のボート。それはたった今、優が漕いでいたものと全く同じものだ。漕ぎ主の顔は彼女の姿にすっぽりと隠れてしまっていて拝めない。その主に声をかけられた彼女は歌うのを止め、何か会話を交わし始めた。
情景はガラリと変わる。辺りは薄暗い。杏鈴の過去の所有者が押し開けたのは、赤い屋根をした古民家の扉。月の光に照らされるているその部屋には誰もいない。彼女は真っ白なベッドの上に折り畳んだひとつの白い文をそっと置くと、首元に下がっている青色の花びらの入ったハート型のネックレストップを握り締め、大粒の涙を流した。
優の中で
杏鈴の過去の所有者に声をかけたあのボートの主は。
「ナリ……?」
映像が終わると共に零れた優の一言に、仁子の瞳が大きくなった。
「あー、もう何なんだよまじで! 結局どっちとなんだよ! 何もかもややこしいとかふざけんなよあの問題
「ユ、ユウ……だい、じょうぶ?」
「ニン、向かうぜ」
「ど、どこに?」
「今アンがいる場所!」
「え!?」
突然の展開過ぎて、聞きたいことは一気に山積みとなっただろう。しかし仁子はそれを抑え、走り出した優に黙ってついてきてくれる。
優は映像で知り得た通りに進む。クォーツに囲まれた道を抜け、森を潜る。同じように望んだコバルトブルーの海。
「やっぱりここか、アン!」
砂を踏み締め、優はその名を叫んだ。息を上げたままの仁子は目を見張る。広がる海洋の中に浮かんでいる小さな白い砂浜の上には水晶で構築された大きな十字架。そこに縛りつけられた杏鈴が意識失ったまま頭を垂れている。
「助けなきゃ!」
優の横を抜け仁子が前に出る。だが、優は十字架の背後でふらりと動いた黒い影を見逃さなかった。
「ニン! あぶねぇ!」
仁子の腕を瞬時に掴み、優が庇うようにして砂の上に伏せ込むと間もなく銃声が響いた。二人の身体すれすれを通過した銃弾。すぐさま優は立ち上がると、十字架を睨みつけ剣を構えた。
「テルキさん……」
仁子の声は震えている。姿を現した第二の黒装束。銀色の仮面を取り外し露わとなったその顔は間違いなく
「誰だい、テルキって」
驚くほど棘のある声と、恐ろしく黒い眼光に仁子は身体を強張らせる。輝紀、いや、今は違う。Dark Rが手にしている銃は、紛れもなく杏鈴の
「とりあえず剣持て!」
仁子は改めて意を固め直したような顔をすると、剣を取り出した。
「随分遅かったじゃないか。あーそうか。この女、大して大事な仲間じゃないってことか」
Dark Rは半笑いで十字架を蹴りつけた。その衝撃に目を覚ました青色の眠り姫。その頭が上げられ覗いたのは首元から無残に引き裂かれてしまっている
「だってこいつ無能だもんな。戦闘能力皆無だし、逃げ足さえ遅いし。武器だって生きものだよ? 上手く使ってやらないと、つまらないって欠伸を垂れてしまうよ」
Dark Rはほくそ笑むと連続で発砲した。優と仁子は素早くかわす。
「ああ、ひとつだけ有能な点があったよ。それはー」
銃口からの硝煙をひと吹きし、Dark Rは故意的に舌舐めずりをした。
「男の身体を悦くする能力かな」
「ふざけないで!」
「ニン待て!」
優の制止を聞き入れず、仁子は海水を蹴り上げ、激しい憎悪をぶつけるようにDark Rへ斬りかかった。その様子が滑稽でならないのだろう。Dark Rは漏れる笑いを堪えながらWを銃から斧へと切り替え、仁子の剣と交え始めた。
優が仁子を制止したのには理由があった。仁子が杏鈴の首元に対してしている理解と、優がした理解は異なっている。ひたすらにDark Rへ斬りかかる仁子にハラハラしながらも、優は決してDark Rを刺激せぬよう、少しずつ海の中を進みながら意識を取り戻した杏鈴に念を送る。それが届いたのか、杏鈴の潤みを帯びた瞳は優のほうへと向けられた。優は自分の鎖骨に触れながらDark Rを見やって首を傾げて訴えかける。すると、杏鈴は切な気に眉を潜め静かに首を横に振った。
優はDark Rへの振る舞いかたを練り始める。幸いにも十分に戦闘能力の備わっている仁子だ。気持ちが高揚している今、襲われかけた恐怖もすっ飛ばし、Dark Rと上手い具合に互角に戦っている。しかし気が気ではない。Dark Aと同じで絶対に殺めてはならない。
ただ決定的にその時と違っているのは、Dark Rの中に輝紀の良心が残っているのか否かが現時点で分からぬと言うこと。出来るだけ攻撃は仕掛けずこの第二の物語をクリアしたい。しかし良心が残っていなければ、Dark Aより
「ニン!」
水の跳ね上がる音。仁子がDark Rに圧され、海の中に倒れ込んだ。顔を上げ頭を振り、仁子は斧の矛先を剣の刃で受けそのまま押し合う。
「撤回、しなさいよっ」
「何をだい?」
「さっきのよ! アンは無能なんかじゃない! それに、大事な
「……ニンちゃん……」
仁子の両目から弾け飛んだ涙。杏鈴から力のない声が漏れた。
剣を鞘に収め優は動く。横からDark Rを押そうと試みたが、Dark Rは仁子と交えていた斧の矛先を引き、対象を優に切り替え攻撃を振るってきた。目の前で跳ね上がった飛沫を優は顔面に直に受ける。口の中に入り込んでしまった海水に喉を焼きながらも目を開けると、斧を片手のみにスイッチしもう片方の手に再び握った銃を仁子に向けるDark Rの姿が飛び込んできた。
「ニン!」
Dark Rの引き金にかかった指が動く。優が一度鞘に仕舞った剣を引き抜き飛びかかろうとした刹那。
パン! パンパンパン!
銃声、しかし、Dark Rから放たれたものではない。仁子の目の前にいたDark Rは瞬時に移動したようだ。杏鈴を縛りつけている十字架の後ろに身を隠している。
杏鈴の潤んだ瞳が見つめる先には、
「ヨク、ナリ!」
青く燃ゆる二人の男の姿があった。
「その銃って……」
口を堅く閉じたまま、青色の男達は海の中を進んでくる。賢成の手にしている銃が翼のものであると気づいた優の口角は自然と上がった。
「おいおい、問題Gunsは大揉めの最中じゃなかったのかよ」
「……ごもっとも」
「おっしゃる通り~」
優と仁子と同じ位置まできて足を止めた翼と賢成は、迷うことなく構え直したブルーガンを杏鈴の背後にいる邪悪な塊へと向けた。
「……おい、そこの黒いの。俺達がここに何をしにきたか聞きたいか」
「あ、あれ? おい」
翼の発言に、優の顔から微笑みは即座に消えた。
「大変お待たせしました~。ここからが本当のDark R戦の幕開けさ」
Dark Rはせせら笑い、杏鈴の前に踊り出ると銃を構えた。だが、翼と賢成はひるまない。それどころか声を出さずにせせら笑ったような表情をし返してから、ほぼ同時に開口したのだ。
二人の声は、
「さ~てと、本気でぶっ殺しますか♪」
「……本気で貴様をぶっ殺す」
バイオレンスに重なり合っていた。
◆Next Start◆九章:冷静ノ目醒メ
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
◇Link◇
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051
・EP1:※◇22
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