◇29.仇同士の戦友協定


 つばさが意識の焦点を合わせたのは小さな一室だった。現代で言うなら広さは1Rほどだ。


 腰かけているのは真っ白なシーツの敷かれたベッドの上。それ以外にはキッチンにトイレバス、一台の古びた木造りの細身のキャビネットの上に西洋風のランプと空のガンスタンドが置かれているだけと言う殺風景さ。


 小窓の向こうに連なっているのは赤い屋根の古民家。前回と同じく落とされたのは下街だが、今回はひとりぼっちだ。Dark Rダークアール並びに杏鈴あんずを探しにいくべく立ち上がり、ふと気がついた。キャビネット上のガンスタンドに顔を近づけていく。彫られているのは花びらとつるの模様。杏鈴が右太腿に下げている薄青色の銃が浮かんだ。


 ドンドンドン!


 脆そうな木の扉を強くノックする何者か。翼はW武器を取り出し構える。


「ヨクちゃ~ん、いる~!?」


 聞こえてきたのはあまり喜ばしくない声だ。肩を落として銃をホルスターに収め直すと、翼は渋々扉を開けた。


「やっぱりいたね~」


 ひらりとマントを翻し賢成まさなりは室内へ入り込んできた。ベッドに飛び乗った賢成に軽蔑するような視線を向けながら、翼は閉めた扉に背中を凭れた。


「……貴様、何故俺がここにいると?」

「ん~、直感?」


 首を傾げわざとらしく目尻を下げて笑んだ賢成に、翼は激しい苛立ちを覚える。


「……変わらずはぐらかすんだな」

「はぐらかしてなんていないよ」

「……お前はユウからの連絡を取っていないにも関わらず、テルキさんがDark Rであると言うことも知っていた」


 賢成はひとみを光らせ翼を見つめ上げてくる。ひとつ長い息を吐くと、翼は冷たく言い放った。


「……もう疲れた」


 賢成が珍しく少し驚いた顔をする。


「……俺は決めた。それもたった今、この瞬間だ。貴様が一体何者であるのか考えたところで答えは出ん。だから全てCrystalクリスタルの因果のせいにし、無理矢理腑に落とすことにした。貴様の過去の所有者の勘が病的に冴えていたと思うしか、もはやない」


 翼は無意識に手に拳を握り、賢成から故意的に視線を外した。


「……さもなければ、貴様にどうしても抱いてしまうこの殺意にも似た憎悪の落としどころは永遠に見つかりそうにないからな」

「ふ~ん、なるほどね~」

「……貴様は俺にとって永遠の因果の敵だ。以上」


 余裕を醸し出す賢成の態度は何とも腹立たしい。翼は外に出ようとドアノブに手をかけた。


「このガンスタンド」


 ピクリ、と翼の耳は反応する。賢成の声から緩さが消えた。


「ここにはきっと、アンちゃんが所持している銃が置かれてたんだろうね」


 ゆっくり振り返って、翼は鋭く賢成を睨みつける。


「俺達っておかしいよね。敵同士なのに護りたいものは同じなんだから」

「……それが貴様の推測か」

「そ。俺の推測、あくまでも推測さ」


 ドアノブにかけた手をするりと外す。翼は賢成へ向き直った。


「……吐け。貴様の考える推測とやら、ミクロも残さず晒けてみろ」

「そんな、大層なものじゃないよ。俺の所有者とヨクちゃんの所有者の間で、アンちゃんの所有者は揺れていた。リーダーの見た映像と兼ねるなら、ここはきっとヨクちゃんの所有者の部屋。そして、彼はアンちゃんの所有者と恋人同士、もしくは欲を満たすに都合のいい関係を築いていたかのどちらか。このガンスタンド。ここには彼女の持つ銃が収まるはず。そう思うと、ただの都合のいい関係ではなかったのではないかと言うほうに比重がいくね。恋人であったヨクちゃんの所有者が護身用に持たせていただけだと仮定すれば、今のアンちゃんの戦闘能力の低さにも納得がいかない? そこでいきつくのが彼女の抱えている感情さ。実際、今の彼女は俺のことが好きだ。つまりヨクちゃんの過去の所有者から何かしらのかたちで俺の過去の所有者に気が移ったって言うこと。そして、今の俺も彼女のことが好きだ。結果、彼女は最終的に流れるように俺の手の中に嵌るのさ」

「……結論、貴様が勝者で俺が敗者と言いたいんだな」

「うん、纏めるとそんな感じだね~」

「……なら、俺が貴様に言いたいことはたったひとつだ」


 翼は瞳の奥から、渾身の冷気を吐きだした。


「……そこに纏わる因果を完膚無きまで叩きのめして、貴様の推測とやらをぶっ壊す」

「……ふ~ん、最高におもしろい、最高だよヨクちゃん」

「……敗者の足掻きだ。それはそれは貴様にとってはおもしろくて仕方がないだろうな」


 楽しそうににやついている賢成は、ふわりとベッドから下りると翼の目の前に立った。


「さあてとヨクちゃん。俺はただおちょくるために、ここに君を迎えにきたわけじゃない。君に交渉をしにきたんだ」


 外から部屋を貫通してきたおぞましい叫び声にも動じず、翼は賢成を見据える。


「お姫様にここで死なれてしまっては、俺達の闘いには永遠に決着がつかなくなる。だから急遽、イレギュラーな戦友協定を結んで欲しいんだ」

「……その前に、もうひとつ聞きたいことがある」

「どうぞ?」

「……貴様はどこからここへきた。第一の物語でワタルと一緒に絵画を見た。Crystalクリスタル Knightsナイツと言う騎士の集団だ。その集団は皆、俺の所持する銃と同じものを持っていた。ワタルのWがどうして槍であるのか不明だが、その絵画の中に俺とワタルの所有者とそっくりな人物が存在していたんだ。だが、そこに貴様の姿はなかった。そして現に、貴様はWを所持していない。貴様は宮殿の人間なのか?」


 賢成は伏し目がちになり、笑みを浮かべた。


「ヨクちゃんざんね~ん。俺が落とされたのは、この下街の傍にある木々の中さ。第一の物語で落とされたのも宮殿外だったから、Crystal Nightsでもなければ、宮殿の人間でもないんじゃないかね~」


 賢成のWがない理由ないし賢成の所有者の因果について、落とされる場所は知る糸口になるのではないかと思った。しかし、残念ながら今回に限って賢成にはぐらかしているような様子はない。翼は肩を竦めたが、左のホルスターに手をかけた。


「……念のため言っておくが、貴様の存在を好むことはこの先々絶対にないからな」


 翼は左手に握った銃を賢成に差し出した。


「……なけなしの、レンタルだ」


 賢成は何か決意を固めたような顔つきで、翼からブルーの銃を受け取った。


「協定締結~♪」

「……一時的にだ。何があっても忘れるなよ」

「はいはいのは~い」


 ボスフィールドにくる前に翼に向けていた怒りをまるで賢成は忘れているかのように振る舞う。だがそんなはずはない。全ての我慢は、杏鈴を救うためだ。


「じゃ、向かいましょうかね~」

「……案の定場所を特定済みなんだな」

「もちのろん♪ ナリレーダーは最強なのさ」

「……気色悪い」

「ひどいな~」


 賢成は翼を越えて手を伸ばし、ドアノブを掴んだ。


「さあていこうか~。ヤツをぶっ潰しにね」

「……アホか。両方助けに、だろ」

「ヨクちゃん」


 首だけを回し見上げてきた賢成の瞳孔は既に開きかけている。翼はゾクッ、と寒気を感じた。


「テルキさんは、Dark Rだからね」

「……あ……ああ、分かって、いるが」

「じゃ、いこうか、ぶっ潰しに♪」


 賢成は端的に事実を告げただけであるのに感じられるこの含みは何だろうか。首を傾げてみたが答えは浮かびそうにない。先に扉を潜っていった賢成を、違和感を振り払うように翼は全力で追い始めた。






 ◆◆◆






 ボートを漕いでいくゆう仁子ひとこを見送るとすぐに、意識のない梨紗りさを背負ったわたるは、先導してくれる誠也せいや真也しんやに続いた。二枚扉を潜り揺れの収まった宮殿内へと潜り込む。


「宮殿内を探る前に、リーをどこかへ寝かせてあげないとだよね」


 螺旋階段を上がって何度か廊下の角を曲がり、適当な一室を発見した。この宮殿にしてはシンプルな内装だ。航は梨紗を静かにベッドに横たわらせる。梨紗の表情は苦し気で、眉間に軽く皺が寄っている。


「しっかしさー、リー体調悪かったのかな。言ってくれたらよかったのに」

「ううん。違う、と思う」


 梨紗の身体に優しく掛け布団をかけてやりながら、航は真也に首を横に振った。


「リー、海が嫌いなんだ」


 真也がきょとん、とした表情をするのに対し、誠也は即座に言葉の重みを理解した顔になった。


「見ただけで気持ち悪くなったってことだよね?」

「まじ!?」

「実は俺、この前あった地元の花火、リーのこと誘ったんだ。でも海辺での開催を理由に頑なに断られてさ。浅はかだった。リーには海に対しての相当なトラウマが、きっとあるよね……こう言うのも、Crystalの因果が関係してるのかな」


 誠也が唇を噛み締めた。真也もコメントが浮かばないようで口を閉ざしている。


「シンさん、お願いがあるんだ。リーをここで看てて欲しい」

「えっ、俺が? ワタル看てないでいいの?」

「そうしたい気持ちも山々なんだけど、どうしても調べに回りたいんだ。この第二の物語でそれが可能である限界まで、今の自分達と過去の所有者との繋がりの謎を。自分勝手は承知してる。けど、お願いします!」

「シン、お願い出来る?」


 深く頭を下げた航を援護するように、誠也が重ねて懇願してくれた。真也は右手の親指と人差し指をくっつけ輪っかを作ると微笑んだ。


「おっけー、任せて。逆にそっちは任せたよっ」

「シンさん本当にありがとう」

「いこう、ワタルくん」


 誠也と航は一室をあとにする。足早に歩く中で、航は誠也に今回ボスフィールドに落とされた瞬間に感じていた疑問を簡潔に打ち明けた。


「なるほど、つまり宮殿に落とされたか下街に落とされたかで、自分の過去の所有者が一体どう言う立場の人間だったか探れるってわけね」

「俺とヨクはCrystal Knightsって言う騎士の集団の一員だったみたいなんだ。なのに俺が宮殿に落とされたことで、その定義は崩れてしまったと言うか……」

「んー、けど、その絵画? 引っかかるなあ。そんなにそっくりさんなら二人はほぼほぼの確率でCrystal Nightsだよね。それにワタルくん達がそうやって描かれていたなら、僕含め他のMemberメンバー達の絵画もどこかしらにありそうだよね」

「そうなんだよ! それも探したくて。もし今回誰かの絵画が見つかれば、落とされる場所との因果があるのかないのか、もう少しはっきり掴めるんじゃないかとも思うんだ」

「あっ!」


 誠也が急停止した。感じたのは左手首の異変らしい。立ち上がっているのは“Bookブック”と文字が記されているスクリーン。不信感を持ちつつも怖々それをタッチすると本物のブックが飛び出てきた。


 誠也がキャッチした勢いのままに表紙を開くとフォールンが現れた。くるりと一回転し両手を広げたさまから機嫌は無駄によさそうだ。


『突然飛び出てじゃじゃじゃじゃ~んと言うやつでございます』

「もー、フォールンびっくりさせないでよ!」

『いやはやセイ様、申しわけございません。セイ様のACアダプロクロックにのみではございますが、Organaizerオーガナイザー:主催者がバトルフィールドでもブックを取り出せる機能をご開発下さったことがとても嬉しくて、つい陽気になってしまいました』

「えと、あんまりさぁ、陽気って言う雰囲気じゃないんだけどねぇ」

『あれ? ワタル様、いつからいたんですか?』

「そんな影薄い俺!? いたよ!? 全然最初から!」

『あ、そうですか。まあそんなことより』

「出たよこのテンションとスルー感。ユウくんがイライラし始めるやつぅっ!」


 ここにいない優に代わって航がツッコむが、相も変わらずペースを一切乱すことなくフォールンは続ける。


『わたくしが知る限りで比較すると、五百年前の宮殿内が、やはりそのまま再現されているように思います』

「そのまま、再現……」

『アイスクォーツのグレーの斑点の侵食は過去をなぞるように現在進行形で進んでいます。この侵食がクォーツ全面を覆えば平和が崩壊する。その崩壊を食い止めるべくクリオスが発見なさったのが、あなた達が心に宿しているCrystalです。ただ悲しきことに、そのCrystalが侵食を食い止めるどころか、それを越えて破滅へと向かうきっかけとなってしまったんですけれどね……』

「その破滅をやり直すチャンスを与えられたのが、所有者の血を引く僕達」

『復習のようになってしまいましたがその通りにございます。そして』


 フォールンがひょいっ、と身体を軽やかに動かし、ブックのページを捲っていく。現れたのは築き上げた第一の物語が描かれている絵画のページだ。


『こちらをご覧下さい』

「あっ、え! リー?」


 描かれているのは、黄色のBを纏った梨紗がすすけのない真新しい過去のブックを手に取っているところだ。


『第一の物語、リー様はこの宮殿内に落とされ、自覚なくアイスクォーツが置かれている部屋に辿り着き、ブックをここから持ち出しています。この部屋はクリオスの研究室も兼ねられていたのであろうと想定出来ます』


 梨紗の様子にばかり視点がいってしまっていたが、よく見ればそう想定出来るヒントが散りばめられている。大きな棚には様々なかたちをしたミルキーカラーの水晶や薬品、顕微鏡などが置かれている。


 フォールンが次のページを捲ると、赤色に包まれた高貴な部屋にいる優と仁子。さらにその次のページに進むと、仁子が過去のブックを捲っている様子が描かれていた。


『クリオスはCrystalについて研究したことについて、ブックに多くを書き記していた可能性があります』

「フォールンは、この赤い部屋にいくべきだって言いたいんだよね?」


 誠也の問いかけに、フォールンは深く頷いた。


『左様にございます。か、もしくは宝石室です。クリオスが過去の選ばれし者達からCrystalを収め受け保管していた部屋です。第一の物語でその部屋には誰もまだ辿り着けていませんから、そこにも秘密は隠れているかと』

「んー、どっちもいくべきな気がするけど、ワタルくん、どっちにいきたい?」


 誠也に委ねられ、航は眉を潜めて考える。


『どのように今回のDark Rとの戦が収束するかは分かりませんが、時間は限られています』

「なら、まずは赤い部屋にいってみよう。過去のブックの中にクリオスが何を記しているのか気になるし」

「うん。分かった。そうしてみよう」


 廊下を全力で駆ける。階段の上り下りで息を上げながら試行錯誤し少々時間は要したが、何とか目的の部屋を発見することが出来た。真也ことDark Aダークエーが破壊したままになっている扉の先には、同じように割れたままの窓。


「あったよ!」


 誠也が指差した。望んでいた過去のブックが真っ赤な絨毯の上に開いたままで置かれている。航は興奮気味に駆け寄ると、しゃがみ込んでそれを手に取り上げた。


「待ってワタルくん」

「何?」


 背後からの誠也の不穏な声色に航が振り返ると、フォールンも誠也と同じく浮かない表情をしている。航の隣にしゃがみ誠也が拾い上げたのは小さな紙の破片だった。


「破れてる、よね?」

「えっ」


 航はページをパラパラと捲っていき、あるひとつの見開きページでその手を止めた。


「本当だ。しかも何? 変な破れかた……」


 見開きページの右側。用紙の劣化等で千切れてしまったようではなく人工的に破り取られたような故意がある。


「てかさぁ、これ、【未来ヲ見据エル事ガ出来ルSeeingシーング throughスルーノ赤ノ眼ヲ持ツ者ハ】って、ユウのことだよね? って、セイ?」


 誠也が見つめ続けている小さな紙の破片を覗き込んだ航は息を呑んだ。


 記されている文字、それは【死】。


「ちょっと、ねえこれ」

『お二人とも落ち着いて下さいませ。紙の切れかたからして、こちら以外にも破片はあるように思います。決めつけるのは早いかと』


 航は周囲を見回したが、窓から入り込んだ風に吹き飛ばされてしまったのか、誠也が手にしているもの以外にこの部屋に端切れは残っていないようだ。再び過去のブックに手をかけ他のページにも目を凝らすが、破れているこの見開きページ以外に文字は記されてはいない。


『何と、申しわけない。このブックにはもっと情報が記されていると思ったのですが……』

「いや、フォールンのせいじゃ。それより、このブックを破ったのって」

「ニンだ」


 空気を割るような声を発した誠也に、航とフォールンは口を閉じ切った。


「これは、第一の物語で、ニンが破ったんだ、きっと」


 誠也の口から語られた仁子の取り乱す様子と発言。優がSeeing throughの力を宿していることに対しての異様な彼女の嫌悪感。優に対する特別な想いを抱いているからこそ記されていたこの文字は耐え難かったのだろう。示された過去の所有者と同じ末路を絶対に優には辿らせたくないと、彼女はこの部分を破り去ったのだ。


「“死の光”には勝ったはずなのに、どうしてだろうって考えてたんだ。でも、今この文字を見て分かった。五百年前、僕達の所有者はデッドには一旦勝利した。だけど所有者全員が生き残ったわけじゃないんだ。だから後悔だらけなんだ」


 フォールンが煤けたブックを捲り、その後悔の文字達が記されたページを開いた。


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ◇Link◇

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051


 ・EP1:※◇13

 ・EP1:※◇24

 ・EP1:※◇25

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