八章:Violence Guns Guys
◇28.朱殷のネックレスチェーン
「……ん……」
飛び込んできた真っ青な色彩に、
腹部をなぞるじわじわとした痛みに杏鈴は先刻の出来事を思い返す。漆黒の手により
仁子はどうなったのだろうか。無事であるのだろうか。
そもそも杏鈴をここへと連れてきた張本人はどこへいったのだろう。警戒しながら、そろりそろりと部屋を動き回る。ふと、衣装ダンスの上から二段目の引き出しに目が留まったのには理由がある。四段のタンスのその取っ手だけが何故か赤色。真っ青すぎる中で、その色は主張が強い。
「……ん?」
恐る恐る少しだけ引いてみる。音がしたから空ではない。今度は思い切り全てを引き出した。
「えっ……」
中に入っていたものに杏鈴の瞳は大きく見開く。震える指先で持ち上げたそれをまじまじと見つめてしまう。B5サイズほどのキャンバス用紙に描かれた絵画。まるで写真のような高技術だと素人でも分かるほどだが、それ以上に驚いた要素は描かれている二人の人物にあった。
「ナリ……くん?」
「いっ……」
脳内に鈍痛が走る。左のこめかみの辺りを抑えながらも視線は絵画から逸らさない。賢成によく似た男性は例えるなら王が纏うような洗練された青色の正装をしている。杏鈴によく似た女性は姫が纏うようなふんわりとしたボリュームのある青色のドレスを着用している。
「どうして……どう言うこと……?」
想像出来る。賢成と杏鈴の似ている人物、即ち過去の所有者が位までは定かではないものの、この宮殿の貴族であると。
無情にも二人の関係性も読み取れてしまう。バックグラウンドに何もなければこの事実に納得がいったのだろうが、
逃れたくても逃れられない賢成との深き因果。杏鈴は引き出しの中に入っているもうひとつのあるものを手に取り、絵画に描かれている自身の過去の所有者の首元と見比べて小さく息を呑み込んだ。
「……血?」
ネックレス――トップは二種類の青色の花びらを含んだ小ぶりなハート型の水晶。描かれている杏鈴の過去の所有者が首元に下げているものと、杏鈴自身が翼の家に置き忘れているものと同じものだが一箇所だけ違和感がある。細いチェーンの一部が
嫌だ、何もかも認めたくない。思い出したくない。思い出してはいけない気がする。思い出すのが怖い。杏鈴が頭の痛みを堪えながら思考を働かせようとした刹那、締められている扉の外でした物音に身体は強張った。
軽く跳ね上がってしまうほどに大きな音と共にこじ開けられた扉。現れたのは漆黒だ。転瞬、首元をえぐるように掴まれた。反対側に抵抗する力を加えてしまったせいで、首元から鎖骨辺りまで
「えっ……?」
呻きを上げ漆黒は苦しんでいる。頭を両手で抱え両膝をつき、身体を前後左右に激しく揺らしている。杏鈴はドアノブを頼りに何とか身体を起こし上げはしたが、その様子の異常性から目を離せない。折角のチャンスなのに、脳の指示と行動をばらばらにさせてくるあたり、さすがは闇の力と言えよう。
初めこそは意味もなく呻いていると思った。しかし段々とその声は何かを訴えてきているように思え始めた。漆黒が顔に着用している銀色の鉄の仮面に手をかける。その仮面が半分ほどずらされた瞬間、杏鈴の両目は痛いほど開き切った。
「……テ……ルキさん……?」
まさかの正体に口が閉じられない。充血し潤んだ
《に……げて……》
輝紀から捻り出された三言。
《は……や……く……》
輝紀は立ち上がると、先程踏みつけた絵画をさらに踏みにじった。
《あああああああああああああああああああああああ》
絶叫しながら輝紀は何度も絵画を踏みつける。
「テ、テルキさん!?」
《おかしたい! おかしてやる! あああああああああああああ! に……げて……ほんとに……にげてっ……》
狂気の間に挟まる輝紀自身の言葉。ガクガクと全身の震えが止まらぬが、杏鈴は立ち上がり、苦渋の中逃げることを選択した。腹の痛みから思うようには走れないしどうせ捕まってしまうだろうが、今出せる全ての力を出し、ひたすらに足を回転させる。
杏鈴は悟った。輝紀だけど輝紀じゃない。自身を駅のホームから突き落とそうとしたのも、仁子を庇うために自身がケンカを吹っかけたのも
「どうしよっ……どうすればっ……」
やはり引き返すべきではないかと杏鈴は一瞬立ち止まったが、響き渡ってきたおぞましい
◆◆◆
門に吸い込まれ途絶えた意識がはっきり戻ってきた感触。優は床に腰を下ろした状態で右目、そして、赤く染まったままの左目を開いた。
「ここは」
金で模様が描かれている高貴で大きな円形をした赤色の絨毯が敷いてあるこの場所は、先に見える立派な装飾の施された二枚扉から宮殿内の出入口だと判断出来た。
第二の物語のボスステージの幕は上がったのだ。
「ユウ」
目の前には仁子。両サイドには
「うおっ! びびった! リーじゃねぇか!」
「おい、化けものみてえな反応すんなよな」
オレンジブラウンのロングストレートヘアを掻き上げながら、きちんとBに身を包んでいる
「リー、一体どこから?」
「あたしが聞きたいんだけどな、むしろ」
誠也の問いかけに、梨紗は口を尖らせながら首を傾げる。
「
「俺の時と違って、今回のDark R戦は嫌が応でも全員参加って感じなのかね」
「は!? Dark R戦!? 展開急すぎなんだけど!?」
真也の言葉に梨紗は驚嘆した。
「そもそも今回も身内じゃん。倒すっつーより、シンの時と一緒で助ける感じだよな」
「ああ、そうなる。それに、アンが人質に取られてる」
優の言葉を聞いた梨紗の表情を、こっそり仁子が窺っている。
「取り急ぎ、動こうぜ」
特に大きな反応もせず梨紗は口を閉じた。普通友達であるならばここで血相を変えるだろう。やはり梨紗と杏鈴は友達ではなく、わけありの難しい関係で間違いはなさそうだ。
「そう言えば、ヨクとナリくん、いないね」
誠也が翼と賢成の姿がないことを指摘した。
「ほんとだ! あ、ねーワタルー! 二人見てないー?」
真也が少し離れた場所で棒立ちのまま眉を潜めている
「何で……俺が宮殿……?」
「おいワタル! 大丈夫か?」
「あっ、うん。大丈夫、ごめんごめん」
優の呼びかけでようやく我に返ったらしい。ぎこちない笑みを浮かべながらではあるが、航は輪に入ってきた。
「あ? 何だこれ、反応しねぇんだけど」
「え」
優が翼にCを飛ばそうとスクリーンを立ち上げ操作するが、何度顔をタッチしても反応しない。対象を賢成に変更しても同じだ。仁子も同様に試してみたが結果は優と同じだった。
「くっそ、デッドに操作されてやがる。さっきのSと同じだ」
「ユウくんどうする?」
「あー、繋がらねぇもんは仕方ねぇ。とり急ぎこの宮殿内にDark Rとアンがいないか手分けして探そうぜ」
「そうよ。アンを早く見つけないと」
《ああああああああああああああああああああああああ》
仁子の苦し気な声色に重なった突然の雄叫びに、一同は肩を大きく跳ね上がらせた。
「な、何!?」
宮殿がぐらぐらと揺れ始める。
「出るぞ!」
優の的確な判断に、
「ちょ、リー、何してるの!?」
航は駆け戻る。一歩も動かないままその場に座り込んでいる梨紗。揺れのせいで足元が覚束ない中、航は何とか梨紗の元へ辿り着くと、その腕を掴み上げた。
「危険だよ! 出よう!」
響き渡る狂った叫びに焦燥感を煽られる。渋々立ち上がった梨紗の表情はどこか浮かないが構っている場合ではない。航と梨紗が脱出した途端、宮殿の揺れはピタリと止まった。しかし、嫌な叫びは続いている。
「こっちだ」
耳を研ぎ澄ませ、優は声の発生源を探りながら動き出す。それに仁子、誠也、真也が小走りで、さらにその後ろに不機嫌な顔をしてノロノロしている梨紗の様子を気にしている航が続く。
「あれ、いき止まり?」
《あああああああああああああああああああああああ》
一層大きくなる雄叫び。
「この先な気がすんだよな」
優が指したのは海の奥のほう。この場所に近づくほどに回転の速さを増した左目に浮かび続けている血文字の”R”は、叫びの所在へと導いてくれているように感じられる。
「見て! あっち! ボートがある!」
真也が示した左方向には、鎖で繋がれ浮かんでいる二台のボート。
「宮殿の所有物よね? あのサイズだと全員は無理そうだけど……」
「ワ、ワタル……」
仁子が優へ視線を送ったその後ろで、低くてか細い声を梨紗は発した。
「ん? って、顔色悪くない? 大丈夫?」
梨紗の顔面は蒼白だ。目は泳ぎ微かであるが全身を震わせている。しかし航が歩み寄ると、呼んだくせに梨紗は一歩ずつ後ずさる。
「リー、さっきから変だよ、どうしたの?」
「……っ、ごめ、も、無理……」
誰もが息を呑んだ。突然の状況変化に空気は一変する。砂の上に両膝をつき倒れ込むようなかたちになり梨紗が激しく嘔吐し始めた。航に続き仁子が梨紗の傍に寄る。二人に介抱され吐くだけ吐き切ると、そのまま航の腕の中で梨紗は気を失ってしまった。
「ワタル」
沈黙を破ったのは優。航が顔を上げた。
「ここに残れ」
次に優は、誠也と真也を見つめた。
「セイとシンも一緒に頼む。ひとりがリーから目を離さないようにして、残り二人で宮殿内を回ってくれ。可能性は低いかもしんねぇけど、アンが宮殿内のどこかに監禁されてるかもしれない。それに因果を探り進めることも必要な気がすんだ」
三人共から深い頷きが返ってきた。これで叫びの元に共に向かうMemberの選出は完了だ。
「っつーわけで、いくぞ、ニン」
「私で、いいの?」
立ち上がった仁子は、戸惑い気味に問うてきた。
「いいも何も、お前はいくってどうせ言うこときかねぇだろ」
「よく、分かってるじゃない」
仁子が隣に並んだところで、優は残るMember達を強い眼差しで見据えた。
「頼んだぜ」
ボートの元へと向かい始めた優と仁子の背に、「いえす、リーダー!」と、双子の揃った声が届いた。振り返らず右手を上げ、優は笑んだ。
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