◇26.Malicious mischief -悪意のあるイタズラ-


 その賢成まさなりの言葉を聞いた途端、ゆうの左目には激痛が走った。賢成が煽っている対象はつばさであるはずなのに、まるで自分がそうされているかのように痛みは断続的に走り続ける。


「優くん!」


 左目を覆わずにはいられない。転がりかかった優の身体を支えたのはわたる。血相を変えた真也しんやも持っていたブックを誠也せいやに押しつけ駆け寄ってきた。航と真也がこぞって名を呼んでくれる声がぼやける中、Seeingシーング Throughスルーの能力は発動した。


 映るはコバルトブルーとエメラルドが入り混じった海洋。その水位がどんどん下がると、小さな白い砂浜が現れた。その浜の上に立ち、歌を歌っていた杏鈴あんずの過去の所有者が思い出される。だが、今そこには誰もいない。映像は揺れ動き佇んでいる人の背中を捉えた。空っぽであるその浜を見つめている翼の過去の所有者。クローズアップされた震える右手の拳に相当な力が入っていると分かったところで、映像は弾け飛んだ。


「優くんっ!」


 真也の声がはっきり聞こえるようになったと同時、激痛からも解放された。


「大丈夫!? 痛くなくなった!?」

「おう……」


 優の視線は賢成を捉えた。彼の隣にいる誠也の表情は不安気に曇り、優と同じように賢成を見つめている。


「何、でだ?」


 賢成はいつも通りの緩い笑みを浮かべると、首を傾げてきた。


「ん~? リーダー、それ、俺への質問?」

「ああ。俺達の心に宿ってるCrystalクリスタルには意味がある。そして因果の強ぇ力で結ばれてんだよな? 恐らくだけど、新堂しんどうと杏鈴の過去の所有者同士は深い繋がりがある。だから二人が今このgameゲームの中で同じ青色のチームになってることには素直に納得がいくんだよ。ただ、お前って、どこにいんだ? 第二の物語が始まってGunsガンズに関わる映像はいくつか見た。けど、その中にお前は一回も出てきてねぇんだよ。お前Gunsじゃなくて、どこか別のチームの可能性あんじゃねぇの? だからとりあえず新堂煽るのやめろよ、めんどくせぇから」


 流れに乗って二人が起こしているやっかいな火花を消させようと優は言葉を結んだが、賢成は目を伏せ、首を一度横に振った。


「俺は~、Gunsの人間だよ。銃は、ないけどね……」


 賢成の言葉の末尾には含みがある。優より先に、翼が口を開きかけたその時だった。電子音に一同の視線は集まる。発生源は優のACアダプトクロックからだ。


「ちょっとフォールン、どうしたの? 大丈夫?」


 纏まった視線はそのまま誠也に向けられた。確かにページの上に座り込んでいるフォールンの顔は青白い。嫌な予感はどうしてこうも重なるのか。眉を潜めながらも優は仁子ひとこCコールに応答した。


「(あ、五十嵐いがらしくん、ごめんなさい。折り返すの遅くなっちゃって)」

「まーじ、お前ナイスタイミング。助かったわ」

「(へ? 何が?)」

「なんつーか、いろいろとんでもねぇ空気になっててよ。つか、今どこいんだ? もしかして近く? 海の音する」


 優は不安を与えぬよう敢えて明るい声色で仁子に振舞う。ちらりと青色の問題児二人をわざとらしく見てやると、四つの視線はばらばらな方向に散った。


「(……ちょっと、今から笹原ささはらさんのところにいこうかなって)」

「杏鈴?」


 逃げていった視線はすぐさま舞い戻ってきた。翼と賢成を交互に見て優は苦笑いを浮かべる。


「(やっぱり、ちゃんと謝りたくて。新堂くんにカフェの場所聞いたの)」

「そうか、それならとり急ぎ単刀直入に伝える。Dark Rダークアールの正体なんだけどよ」

「(キャア!)」

折笠おりかさ?」


 突然仁子が叫んだ。ACの向こうの音が消える。


「折笠おい! 聞こえるか!?」


 仁子からの返答はない。通信は叫びと共に完全に遮断されてしまったようだ。何のせいで? 誰のせいで――嫌な予感が空気をなぞって重たくする。


「優くん!」

「天使! どうしたんだよ!」


 誠也からの呼びかけにそちらを向くと、フォールンの状態が悪化していた。ページの上でうつ伏せになり身体を縮こませてぶるぶると震えている。


「優くん、目」


 息を呑むような航の声で気がつかされた。朝のうちに引いたはずの左目が、再び真っ赤に染まっていることに。痛みを伴わずに発色するその視界の中に浮かび上がってきたのは、どろりとした血液で形成されたアルファベットの“R”だった。


 電子音が重なり合う。立ち上がったスクリーンには“ Supportサポート Requestリクエスト: ToALLトゥーオール”。今ここにいないMemberメンバーの中でSのTo ALLが使用出来る者は仁子しかない。


「おい何だよこれ!」


 応答すべくYesの文字に触れたがバトルフィールドは展開しない。それは優だけでなく、ここにいるMember全員に共通していた。


「まずいよこれ。このままじゃ仁子ちゃんがやばい」


 顔を引きつらせる航の横で、優はCを飛ばす。相手は梨紗りさだ。


「もしもし!?」

「(お、五十嵐)」

「なぁ、お前今S飛んでるか?」

「(おう、飛んできてる。でも、とれないんだけど、これ悪戯か何か?)」


 梨紗が何気なく発したワードは優の心に大きな引っかかりを生んだ。


 悪戯、

 いたずら、

 イタズラ。


『……ず……』


 がくがくと震えたままのフォールンが顔を上げた。青ざめた唇から必死に声を捻り出そうとしている。


『……いた……ずら……デッド……の……いた……ずら……かも……しれ……』


 ふざけるな、怒りに優は砂を蹴り上げ、翼の両肩を掴んだ。


「出せ新堂!」

「……は?」

「出せバイク。乗せろ」

「……落ち着け。いったところで折笠はいない。グレーのフィールドの中だ」

「んなの分かんねぇだろ! Sとれねぇからって敵に襲われてんの見過ごせっつーのか!? いいから出せ!」

「……五十嵐」

「もし杏鈴も一緒に巻き込まれてたらお前どうすんだよ! ほっとけんのか!?」


 左目に刻まれたままの“R”、鳴り止ませることが出来ない電子音は、優の焦りと苛立ちを掻き立てる。苦しむフォールンの背を擦り続ける誠也。忌まわしい空気が淀む。


「ん~」


 こんな中でも動じず、むしろ他人事のような顔をしている賢成を優は怒鳴りつけた。


白草しらくさてめぇ呑気な声出してふざけてんのか!」

「ほっとくしかないんじゃない?」

「はっ……?」


 想定を超える態度に優が固まると同時、翼がギロリと賢成を睨んだ。


なりくん、ちょっとそれは」

せい、俺~、ふざけてるかな?」


 賢成の鋭い視線に誠也は口を噤む。それはそうでないと言う一種の回答だ。


「リーダー、これはね~、残念だけど、“game”なんだよ」


 そう口にした賢成の表情はどこか苦悶で。何を考えているのか分からない。本気で仲間を護りたいと思っているのか? 彼が取る行動や発する言葉の本意はどこにあるんだ。


しんさん!」


 優が賢成へ返す言葉に悩んでいるうちに、今度は航の叫ぶ声が聞こえた。次々と起こる出来事に注意が散漫になる。航のほうを見やってその叫びの意を理解した。忽然と真也の姿が消えている。Sに応じられた証だ。


「まじか! よし!」


 スクリーンに触れた優の身体は無数の小さな透明のダイヤモンド型をしたCrystalに包み込まれた。優に続いて、翼と航も姿を消す。


 フォールンの震えがようやく収まった。ぐったりとしているその小さな身体を優しく撫でると、誠也は静かにブックを閉じ鞄の中へと仕舞った。


「成くん……大丈夫?」

「う~ん。そうだね~、大丈夫」


 今ここにいるのは自分と賢成の二人だけ。眉を下げてむやみやたらな柔らかい表情をする賢成に誠也の心は痛んだ。大丈夫そうではない、分かる、分からないとおかしい、だって親友だから。


「ごめんね~。そんな顔させちゃって」

「いや、僕こそ、ごめん……」

「誠がいつもそうやって気遣ってくれるの、凄く嬉しいよ~。ありがとう」

「僕は成くんに、たくさん恩返しがしたいんだ。本当に大切な友達だから」

「……いこうか~俺達も。またリーダーに激オコされちゃうよ~」

「う、うん。そうだね」


“何でも、話してね”――いつまで経ってもその言葉を誠也は賢成にかけられずにいる。互いに大切な友人であると思っている。だが、どちらから提案したわけでもなく、互いに踏み入る必要のない一線はずっと越えぬようにしてきた。誠也がそうし続けてきたのは言いだせないその一言を投げつけることで、賢成の優しい笑みを崩壊させてしまうような気がしていたからだ。誠也の何倍も賢成は強い、けれどその分、危うさや脆さも抱えている。伸ばせていないこの手は、この先もずっともどかしいままでよいのだろうか。


 賢成の背中を見つめながら大きく深呼吸し、誠也はYesの文字に触れた。



 ◇◇◆



 仁子は朝から私用で街を転々としていた。途中、優からCが入ったのだが、どうしてもその場で応答するのが難しかったため、折り返すと短く伝えた。


 全ての用を終えた仁子は、電車を乗り継ぎとある駅に降り立った。目的は杏鈴の働くカフェを訪れること。優や梨紗がさほど気にしていないだろうと言及していたとは言え、きちんと謝罪すべきであると仁子は考えていた。翼から聞いた情報を頼りにその場所を目指し始める。


 歩きながら仁子はふと、ACを操作し輝紀てるきへCを飛ばした。しばらく鳴らし続けたが応答はなく、肩を落としてしまった。誠也からの連絡は受けているのだから、やはり避けられているで間違いはなさそうだ。花火を断ってしまったこと以外に理由は思いつかない。考えを巡らせているうちに、景色は大きく変化していた。


 潮の香が強くなっている。優しいさざ波の音に両目を閉じ深く空気を吸い込む。砂浜へ足を踏み入れ、はっとし再びACに触れた。優へ折り返すと伝えたのにド忘れするなんて、自覚している以上に杏鈴に対する緊張度は高いと言うことか。


 ワンコールもしないうちに優の声は聞こえた。どこにいるのかと問われて一瞬悩んだが、これからしようとしている行動を素直に打ち明けた。ふいに空気の変化を感じる。晴天なのに、雨雲の匂いを嗅いだようなおかしさに、優の言葉を最後まで耳に入れることが出来なかった。


「キャア!」


 背後からいきなり尾てい骨を撫でられ身体を激しく翻した勢いで仁子は砂浜に倒れ込んだ。周囲は猛スピードで灰色へと染め上げられていく。見上げた先には黒装束、背負っているのは刃先の大きな斧。銀色をした鉄の仮面は、Dark Aダークエーがつけていたものと同じだ。


「あなたっ、Dark R!」


 即座にSをTo ALLで飛ばす。Bバトルクローズを纏うべくAdaptアダプト Nameネームに触れようとした仁子の手は、Dark Rに強い力で握り取られてしまった。


「嫌! 何!?」


 両手を砂浜に押しつけ身動きを取れなくした仁子にDark Rは覆い被さる。悟った、Dark Rは殺しに現れたのではない、痛めつけるために現れたのだと。闇雲に仁子は抵抗する。


「痛い! やめて! 離してよ!」


 どうなっているんだ、飛ばしたSに誰ひとりとして反応しないなんて。


《むだだよ?》


 普通の人間ではない電子的な声に恐怖を煽られるが、仁子は抗うのをやめない。


《おまえはここでおれにおかされるうんめいなんだよ》

「ひっ!」


 堪らず息が上がった。


《だまっておかされろ》


 Dark Rは斧の柄の中に仕込んでいた真っ黒な紐を取り出すと、仁子の両手を縛り上げた。





 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ◇Link◇

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051


 ・EP1:◇31

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