※◇14.不意を打つ来訪者
大学周辺のカフェでランチを注文し、
黄ばんだページをパラパラと捲り上げつつ、誠也は考えを巡らす。先日の
仁子は頭のよい女性だ。きちんと筋が通った理由を持たずに、あそこまで感情を露わにするとは考えにくい。ぶつぶつと心の中で言葉を回していた誠也はふと、あるページで手を止めた。
「……増えてる?」
綴られている茶色の滲み文字に、声を出さずにはいられなかった。ちらちらと店内にいる数人の客が誠也を振り返ったが、幸いすぐに食べかけの食事に集中し直してくれたようだ。
誠也の目は小刻みに揺れ動く。既に覚醒し収集されている“
◆Clear【私ハ、最後マデ、忠実ニオ仕エシ、オ護リスルコトガ出来マセンデシタ】
◆Snuggle【僕ハ、君ニ寄リ添ウ事ガ出来ナカッタ。誰ヨリモ君ノ事ヲ理解シテイナケレバイケナカッタハズナノニ……】
誠也の眉間には皺が寄る。注文していたサラダつきのあつあつなドリアランチプレートが運ばれてきたと言うのに、ちらりとも横見せず、ページを逆戻りに捲り上げていく。
思った通りだ。誠也含め、優・
◆
◆
◆
「……何なの……これ……」
今、最も気にかかる、優の宿すCrystal。
◆
空気ばかりを呑み込む喉の動きが止まらない。誠也の視界の中をぐるぐると回る茶色の文字達。それらは揃いも揃って全て、後悔しているのだ。
「……也くん……誠也くん!」
魔術から解かれたように誠也は顔を上げた。映ったのは
「……先輩」
「どうしたの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です。お忙しいのに呼び出してしまって、本当にすみません」
誠也はブックを閉じ、片づけようと鞄のチャックを引いた。不確かな事項で余計な不安を他の
「いいよ。隠さなくて、話して」
「は、はい……」
温度の下がってしまったドリアを口にする誠也の向かいで注文したアイスティーを待ちながら、輝紀は刻まれている後悔だらけの茶色の文字達へ真剣に目を通す。
「ふーん。これは怖いね」
「はい……“生の光”は“死の光”に勝ったんです。封印はし切れなかったにせよ、勝っているはずなんです。なのに、どうして過去の所有者達誰ひとりからも、喜びの言葉が生まれていないんだろうって」
「フォールンがそこまで知りえているのかは定かではないけれど、宮殿事件の細部については正直未知な部分だらけだからね。繋げるとするなら、事件収束後にクリオスは自害しているよね? それぞれの所有者のこの言葉がクリオスに対するものであるとするならば、納得出来なくはないけれど……」
輝紀の指先が“Earnest”の文字をなぞるのに、誠也は目を細くした。
「若干一名、違いそうですもんね」
「うん、そもそもこの文字って、この前まで書かれていたっけ」
「いいえ。僕も、今気がついたんです」
「
「そう、ですね。念頭に、ひとまず置いておけばいいですかね」
「そうだね。さっきの様子からだけど、誠也くんが他のMember達の不安を曖昧なことで煽りたくないようなら、一旦僕は言わずに、同じように記憶だけしておくよ」
「先輩……助かります。ありがとうございます」
「いえいえ」
「……あの、先輩、あれから
届けられたアイスティーを受け取り、店員へと会釈した輝紀は、妙に落ち着き払った面持ちで、誠也のほうへと向き直った。
「うん。さっき会ったけど」
「え! ど、どんな様子でした? 元気、でしたか……?」
「んー、何と言うか、至って普通って感じだったよ。今日、これから優のところにいくって言ってたけど」
ぱっくりと分かりやすく開いた誠也の口元に、ストローを咥えながら輝紀は苦く笑んだ。
「先輩は、どうしてあの時、折笠さんがあんなことを言ったと思いますか?」
「優の赤い目のこと?」
「はい。優くんの左目の能力、僕達には見れないものを見ることが出来るSeeing Throughは、全gameを戦い抜くにあたって、もはや必要不可欠であると僕は感じています。勘でしか、ないんですけど……」
「僕もそう思っているよ? 勘でしか、ないんだけれどね」
輝紀はページの上に並ぶ茶色の文字達を指でなぞりながら続ける。
「いくつか思い当たるなら、彼女、初めにさり気なくなんだけど、カラーチェンジを希望していたんだよね、覚えてる?」
「カラー、チェンジ?」
「そう、
上手く食が進まない。誠也はカシャン、とスプーンを皿の上に置いた。
「単純に赤が嫌いで、それが優の目に施されていることが気に食わない、だったら拍子抜けで最高なんだけど可能性は低いかな。赤が嫌いであるそれ相応の理由が彼女の中に存在しているはず」
「他のお考えは……?」
「優のあの目についての何かを知った。知った可能性は期間的に、第一の物語のgame中なんじゃないかと思う。疑うなら、僕達がAdaptしなかった
「それかも」
「ん?」
「先輩やっぱり凄いです! 僕が悶々と考えちゃってたことを、こんなに素早く的確に推測出来るなんて!」
「いやいやそんな。ただ、感じたことを言っているだけで。それにひとりだと思いつかないことも一緒に考えるとピーンときたりするものだったりするしね」
「その考えでいくと……」
輝紀からブックを受け取り、誠也は第一の物語が描かれているゾーンを目指す。少々いき過ぎてしまったページを捲り戻すと、真っ赤に彩られた高貴な部屋にいる優と仁子、そしてその部屋の扉を開き、灰色の手が表紙にない綺麗なCrystalのブックを手にしている
「うん。しかもここさ、赤すぎる部屋だよね。意味あり気過ぎてゾクッとしてしまうよ」
「可能性、高いですよね」
「うん。そう思う」
「と、なると、優くんは折笠さんが気性を荒げている対象だからなしとして……梨紗ちゃんか。ちょっと今、
「うん。構わないよ」
輝紀に許可を取り、誠也はACのメニューを立ち上げ、梨紗へ
「(はい?)」
数十コール後に聞こえた梨紗のしゃがれた疑問符つきのだるそうな声に、誠也の顔は一気に青ざめた。
「あっ……あの、こ、こんにちはー」
「(え? っつか誰? 聞こえないんだけど)」
「つ、
「(つばき? 誰だっけ?)」
「えっ……」
認識されないと言う想定外の衝撃。輝紀がたまらず噴き出した。
「えっと、誠也です」
「(ああ! 誠也か。何だよ最初からそう名乗れよな! ってか、わりい。あとにしてもらっていい? 今ちょいっと取り込み中でさ)」
「え?」
間髪いれずに漏れ聞こえてきたのは男の声。だるそうだった梨紗の声色は瞬く間に女を帯びる。想像が出来てしまった向こう側の情景にショートしかかっている誠也を輝紀がフォローした。
「
力いっぱい、輝紀の指により強制遮断された梨紗との通話。深く呼吸を繰り返す輝紀を、誠也はカタカタと口を震わせながら半泣き状態見つめた。
「せ、先輩~っ……僕、今日から、
「異論なし。激しく同意」
こんな調子の梨紗を扱おうと試みている果敢な航を心より尊敬したところで、誠也は話の軸を修正した。
「折笠さん、優くんのところに何をしにいったんでしょうかね」
ストローを回しながら氷を突く輝紀は、伏し目になった。
「そうだねえ。聞きたいこともあるんだろうけど、彼女は優に会いたいから、会いにいったんじゃないかな」
「会いたい、から」
「うん。無自覚の恋する乙女だから、彼女は」
「先輩も分かってたんですね」
「あれを見ていて分からない人、いないんじゃないかな。たださ、素直に心配なんだよね」
「心配?」
「そう。仁子ちゃん、少し優と似ていて、あまり人に相談とかしないタイプみたいだからさ。周囲が突っ込まないと自分では無理してるとか、気がつけないんだと思うんだ。だから、大丈夫かなって……!」
誠也はビクッ、と大きく肩を跳ねさせた。目の前で輝紀がいきなり殺気立ち背後を振り返ったからだ。
店内にひらりと舞う一匹の蝶。言わずとも分かる、印象深いブルーの羽だ。
輝紀がACに右の人差し指で触れる。キョロキョロと上下左右を見渡し、灰色の波を警戒したが。
「ん? 何だ……?」
開いていた店の窓から、その蝶はスイッ、と出ていってしまった。消え失せたその先に向かって誠也は首を傾げた。
「今の明らかにフォロワーでしたよね?」
「僕達の見間違いかっ……!?」
今度は勢いよく立ち上がった輝紀。飲みかけのアイスティーの入っているグラスがテーブルから放り出されて宙へと浮かぶ。反射的に誠也は手を伸ばしたが、激しい音を上げてそれは無惨に割れ、液体が床へと散った。
「せ、先輩!?」
「今、何かいなかったかい?」
輝紀の瞳孔が鋭く開いている。誠也には感じられなかった何かを、彼は確実に感じ取っている。
「い、いや……僕は何も……」
「凄くゾッとしたんだ。黒い影みたいな」
二人に起こるフラッシュバック。
「お客様、大丈夫ですか?」
「あっ……ごめんなさい。僕、やります」
おしぼり数本と、箒とちりとりのセットを持ってきてくれた店員により緊張は解かれた。誠也は椅子の背に凭れると、気持ちを落ち着けるために長く息を吐いた。破片を掃除してくれている店員と一緒に床の液体を拭き取りながらも、輝紀はある一点のほうへと睨みを利かせていた。
◇◇◇
「おう。真也。久しぶりに感じるな。どうしたよ」
店長から休憩の合図を受けた優は、ブース内に入ると同時に真也からのCを取った。ポケットの小銭をチャラチャラ言わせると、自動販売機の穴に一枚ずつ入れ込んでいく。
「(
「何だそれ。つか、何かあったのか?」
「(そう。誠曰くね、フェイクの蝶が飛んでるみたい)」
「フェイク?」
ガコン、と転がり落ちた缶のラベルには、有名な炭酸飲料の名が書かれている。中身が振れてしまっていたようだ。プルタブを開けた瞬間にシュワシュワと込み上がってきた泡を、優は慌てて右手で押さえるようにした。
「(そーそ! フォロワーになるのかと構えたらならないんだって! でも、全くそっくりな蝶みたいだよ)」
「ふーん。つか、それ、本当に蝶なのか? 得体のしれねぇ別の何かだったとかじゃねぇよな?」
「(えっ。でも、誠も、輝紀さんもそう認識したみたいだったけど)」
「そっか、わりぃ。疑り深くなってんだな俺が」
ベタベタになった右手の指をバラバラに動かしながら、優は苦笑いを浮かべた。
「おーい。優さん」
「うおっ!」
「(あ)」
近づいてきた影を全く感じ取れていなかった。勢いで通信を遮断してしまった優は、まばたきを分かりやすく深めに繰り返しながら店長を見やった。
「まじでノックぐらいして下さいよ。何すか」
「最近本当に多いよねー、君のお客」
「お客? あー、
「いや。女の子だけど」
「え?」
“女の子”への違和感。飲みかけの炭酸ジュースをテーブルに置いたまま、優はブースの扉を開けスタンド内へと降り立つ。そして、大きく目を見開いた。
「あ、杏鈴……!」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
◇Link◇
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051
・EP1:※◇14
・EP1:※◇24
・EP1:◇31
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