◇12.憎悪塗れのタンデムガンバトル


 蝋燭ろうそくの火のような柔いオレンジ色のライトが灯る薄暗い店内には、談笑する声、人々が手に持つお洒落なグラス、リズムを刻むシェイカー音。その間に挟まれ梨紗りさはカウンター席でスマートフォンを弄っていた。


「梨―紗ちゃんっ。おかわりいる?」

「ん、ハイボール」


 漫画のノリのようにコケかけたのは、カウンター内を動いて梨紗の前へとやってきた白シャツと黒のベストに赤い蝶ネクタイを身につけている真也しんや。梨紗が佇んでいるこの場所は真也の勤める“Bar Takerバーテイカー”だ。


「きてくれたの嬉しいんだけどさー、もうちょっとバーでしか飲めないようなものを頼めばいいのに。ハイボール四杯目、そろそろ飽きない?」

「バーでしか頼めないって何だよ。例えば?」

「んー、ハイボールじゃないやつかなっ」

「じゃぁ任せる。しんのオススメで」

「おっけー!」


 ただ単に梨紗の拘りが薄いと言うだけなのだが、任せてもらえたとポジティブに捉えたようだ。真也はウキウキと肩を揺らしてシェイカーを棚から取り出すと、リキュールを調合し始めた。


 ふと、左手首に違和感。ACアダプトクロックから浮かび上がっている小さなスクリーンには“Call from WATARUコールフロムワタル”の文字が表示されている。


 目の前の真也と周囲の様子を判断し、梨紗はスマートフォンの着信履歴を呼び出すと、左耳に受話部をあてがった。


『もしもし』

「あたしー、わりぃ。ACとんの微妙だからこっちからかけた」

『そっか。ごめんね。ざわざわしてるし、外だよね?』

「そう。今キックボクシングいった帰りで飲み中。でも話せる。どうしたんだよ」


 無駄はとことん省きたい、梨紗はすぐさまわたるから本題を聞き出そうとする。


『あっ、えーっと……その』

「もごもごすんな。早く言え」

『ひどいっ。そんな冷たく言わなくても!』

「……じゃ」


 シェイカーを振る真也の姿を凝視しつつ、梨紗は耳から受話部を離して通話終了ボタンを押そうとしたが、それを遮るように航の叫び上げる声が聞こえてきた。


「何だよ」

『花火行かない!?』


 航のお誘いは予想外。


「花火?」


 満更、嫌でもない。興味あり気な梨紗の声に航は少しほっとしたようで、上ずった声を整えていく。


『うんっ。Adaptアダプト:適応の夏だから状況次第かもしれないけど、折角だし一緒にどうかなって』

「予定が合えばってのもあるけど、場所どこ?」

『俺の実家の近く』

「あれ、航って実家どこだっけ?」

ゆうくんと同じなんだ。毎年凄く綺麗なんだよ。海の上で上がるから、水面に花火が反射するのもいいんだよね』


 冷えたカクテルグラスに琥珀色の液体が注がれる。



「やだ。いかない」



 真也からグラスを差し出されると、梨紗は拒絶の言葉を航に放ち、そのカクテルを一気飲みした。真也の目は点になる。梨紗から向けられる“もう一杯”を示す指に真也は黙って頷くと、新しいシェイカーを取り出し、今出したものと同じ調合を開始した。


『えぇっ!? 嘘でしょ!? たった今さっきまでノリ気だったじゃない!』


 航の驚き具合間違っていない。むしろ的を射ているが、残念ながら梨紗の意識ははっきりしている。


『何で?』

「嫌なもんは嫌」

『俺も嫌! 何か気に触ること言った?』

「……いや、そうじゃねえよ」

『嘘だ! 今間あったもん! それならちゃんと言ってよ。謝るから!』

「だから違うって」

『じゃあいこうよ』


 中々引き下がろうとしない航に、軽く梨紗は息をついた。


「嫌いなんだよ」

『へ!?』


 航の声色には瞬時に涙が乗った。いくら好いていないと言えども、ここまでダイレクトに感情を述べられれば誰でもうろたえるであろう。敏感に反応を示す航の素直さに、梨紗は堪え切れず笑いを漏らし始めてしまった。


『え、な、何? 何がおかしいのぉ?』

「いや、航じゃないし。海が嫌いなんだよ、あたし」


 思い違えたことへの恥ずかしさから無言になる航に、梨紗は笑いが止まらない。


 真也がテーブルに届けてくれた二杯目に、梨紗は右手を上げて礼の意思を示すと、ひと口含んだ。


「だからその花火はパス。ってか、こっちのやついこうぜ。何もわざわざ航の実家のじゃなくてもいーだろ?」

『……ま、まあ、そうなんだけど』

「っつか、焼鳥いつ連れてってくれんの。あたし待ってんだけど」

『ああ、ごめん。そっちが先だよねぇ。梨紗ちゃんいつ空いてるの?』


 鞄から手帳を取り出し航と予定を擦り合わせ少し会話を続けたのち、梨紗は通話を終了させた。グラスの縁に口をつけると、拭きものをしている真也と目が合った。


「こみやん?」

「うん、そー」

「なになにっ。デェトのお誘いですか?」

「まあな。航あたしのこと好きだからな」


 お決まりになりつつある梨紗の台詞にケラケラと真也が笑う。



「そういや杏鈴あんずちゃん大丈夫?」



 琥珀色の液体を含もうとした口元の動きを梨紗は止めた。


「杏鈴? どうかしたの?」

「え? 聞いてないの? 何にも?」

「聞いてないって?」


 あまりにも淡々としている梨紗の様子に少し驚いたようではあったが、性格上特に深くは気に留まらなかったようで、真也は言葉を続けた。


「あの子、この前のでっかいフォロワー戦以来S応援要請避けちゃっててさ。今日仕事くる前にせいから聞いたんだけど、仁子ひとこちゃんまじギレって。超絶やばい感じ。第一の物語でひどいことした俺には普通に接してくれるのにさー、女の子同士って、ほんと怖い」

「ん? どー言うこと? 何でそれで仁子がキレてんの?」


 拭き上げたシェイカーを元の位置へと収めながら真也は肩を竦めて見せた。


「梨紗ちゃん意外と鈍い人? 決まってるじゃん。嫉妬だよ」

「嫉妬? 誰に?」

「杏鈴ちゃんに」


 カクテルを飲み進めずに、梨紗はくるくるとグラスを傾け、液体に小さな波を起こす。


「仁子ちゃん、優くん好きじゃん。あの時の優くんの制止振り払って俺が杏鈴ちゃん助けてれば、仁子ちゃんがこんなに感情を乱すことはなかったかなってさ。優くんが気にしてるみたい、杏鈴ちゃんのこと」


 仁子の優への想いをさらりと暴露してきた真也に対し、梨紗は変わらずあっさり言葉を投げ返す。


「気にしてるって、そう言う気にしてるじゃないだろ?」

「うん。そうだよ。誠もそう言って宥めたみたいなんだけど、仁子ちゃんの耳に自分の声、全然聞こえてないと思うって言ってた」

「重症だな、大分……」

「恋は盲目だよねーん」

「っつか、これなんてカクテル。まじうまいんだけど」


 梨紗がやっと触れてくれたことが嬉しかったのだろう。真也は目をキラキラさせ、カウンターの中から身を乗り出した。


「それねっ、サイドカー。基本中の基本のカクテルなんだけど、このカクテルを頼むとその店のバーテンの力量が分かるって言われてるんだよねっ」

「へー。うん、本当にうまい。すげえな真」

「ありがとー! おかわりいる?」

「うん。別のも飲んでみたい、オススメでいい」

「おっけー!」


 屈んで手に持っていたふきんをかけ直しながら、真也は独り言のように呟いた。


「何にも、起こんないといいんだけどね」


 梨紗は黙ったままスマートフォンの画面に意識を集中させ、聞こえていない振りをした。




 ◇◇◇




 定められた交通速度は守りつつも、急ぐ気持ちはより姿勢を前屈みにさせる。杏鈴の働くカフェがようやく望むと、つばさはいつもの定位置にバイクを停めヘルメットを外し、ACで時間を確認した。密かに三十分もかからぬであろうと予測していた優との話し、蓋を開ければ一時間みっちりかかってしまった。杏鈴のアルバイトの上がり時間を三十分ほどオーバーしている。


 翼はヘルメットを仕舞い、バイクのエンジンキーをポケットに突っ込みながら小走る。テラス席への短い階段を上がり切ったところで、視界へ入り込んできたにいく手を阻まれた。



「あっれ~? 新堂しんどうちゃんじゃない~?」



 耳に残るこの独特な語尾伸ばし、賢成まさなりだ。四人がけの白い丸テーブルにひとりで座り、ひらひらと手を振っている。


 翼はカフェの扉へ向かうのをやめ、賢成へと歩み寄った。


「ちょっと~、そんなおっかない顔しないで~。何飲むー? あ、いつもの?」

「……何をしにきた」

「何をって~、もうわざわざ聞かなくても分かるじゃない。あんちゃんとお話しにきたの」

「……営業妨害も甚だしいな」

「それを言ったら新堂ちゃんだってそうじゃない~。よくきてるんだからさ~」

「……貴様と俺では利用目的が明白に違うだろう。一緒にするな」

「あ、翼くんっ」


 腰かけずテーブルに両手をついたまま賢成へ突っかかっていた翼を呼んだソプラノの声。ふんわりと緩い太めの三つ編みに髪を結っている杏鈴。賢成が頼んだアイスコーヒーを乗せたトレーを手に向かってくる。


「杏ちゃんありがとう~」

「いいえ、どうぞ」


 杏鈴に笑いかける賢成の表情とそれに対する杏鈴の表情を翼は交互に観察してしまう。


「翼くん、すぐ作ってくるね」

「……あ、いや、いいんだ。少しお前に話があったんだが、今日は、いい」


 杏鈴がひとみに疑問を映す中、翼は視線を動かし邪魔者を睨みつけた。


「新堂ちゃんって意外に分かりやすいよね~、俺が邪魔なんでしょ~」

「……ああ」

「しかも正直~。そんなこと言わないでさ、別にここで話せばいいじゃない」

「……アホか。貴様に聞かれたくないから話さないに決まっているだろう」


 翼の声色は鋭い棘を持つ。杏鈴が空になったトレーを抱き、心配そうにこちらを見つめている。


「アホかってひどいな~。俺頭いいはずなんだよ~。第一の物語で聞いたでしょ~? それに俺は“賢く成る”人だからね」


 翼は思い切り眉を寄せる。店長に呼ばれ、その場から離れようとした杏鈴だったが、賢成のその言葉を耳にし動きを止めた。


「……は? 何が言いたい」

「俺の名前だよ~。“まさなり”の漢字。“まさ”は“賢い”の“賢”で、“なり”は“成る”の“成”なの。だからこんなに賢くなったのかな~」


 賢成は右の人差し指を動かし空中でそれらの漢字を示すように書いた。満足そうに口角を上げる賢成に、翼は口を閉じたまま息を漏らす。


「……自画自賛か……!」


 瞬間、翼には周囲の様子が全てスローになったかのように感じられた。視界の隅で崩れいく人影。床に左手をつき、右手でこめかみの辺りを強く抑えている。後から追い駆けてきたのはトレーが激しく床面と接触する音だった。


「……杏鈴!」


 即座に翼は駆け寄り杏鈴の肩を抱く。聞かずとも激しい頭痛に襲われていると分かる。左手でもこめかみを押さえ始めた杏鈴の眉間には深い皺が寄り、両目には薄っすらと涙が滲んでいる。脳内ではこの痛みの原因であろう“賢成”の漢字がぐるぐると何かを掘り起こすかのように回転を繰り返しているに違いない。


「杏鈴ちゃん!?」


 店内のカウンターのほうから店長ともうひとりの女性スタッフが血相を変え駆けてきた。杏鈴の呼吸は激しく乱れ始める。過呼吸だ。


「……杏鈴、聞こえるか。ゆっくり、落ち着いて、少しずつでいいから深く呼吸しろ」


 支えてくれている翼に返事は出来ぬが、杏鈴は微かに頷く。店長と女性スタッフが他の客へと謝罪をする中、翼はゾクッとするオーラを感じ咄嗟に振り返った。アイスコーヒーをストローで吸い込みながらじっとこちらを見ている賢成。飲み切ったグラスをテーブルへと置くと、にっ、と口角を上げ、その場から立ち去っていく。


「……本当にすみません。ちょっと、お願い出来ますか」

「えっ、あ、は、はい」


 早口に女性スタッフへ杏鈴の身体を引き渡すと翼は全力で階段を下りた。砂の上に秒刻みで足跡を残していく。


「……待て貴様!」


 賢成に追いついたのは停めているブルーのバイクのすぐ傍だった。翼に肩を掴まれ振り向いた賢成は笑みを浮かべていた。


「……わざとだろう。さっきの」

「さあ〜、何のことかね~?」

「……あいつを刺激するようなことを言うのはよせ」

「別に、刺激しようなんて思ってないよ。ただ、杏ちゃんに俺のことを思い出して欲しいんだ。それだけ」

「……それを刺激と言うんだ。もう一度言う、よせ」

「新堂ちゃんって、杏ちゃんのこと好きなの?」


 翼は賢成を軽蔑するように睨みつける。


「……何故この流れでそうなる。いつ俺があいつを好きだと言った」

「いや、言ってはないけどさ~、違うの? まあ、でも……」


 賢成のひとみの奥。そこが色濃く光ったのを翼は真正面ではっきり捉えた。



「杏ちゃんは、何があっても俺のものだけどね」



 翼が口を開きかけたその時、二人の周りで舞い始めた蝶。それも一匹ではない。十、二十と気持ち悪いほどの速さで数を増やしていく。


「あ~、やばいね〜。新堂ちゃん!」


 いきなり張り上がった声で名を呼ばれ、翼は思わず肩を微動させる。賢成は素早く翼の脇を抜けると、ブルーのバイクの柄を握り締めた。


「……貴様、勝手に触るな」

「新堂ちゃん早くBバトルクローズ纏ってW武器貸して!」

「……は? 嫌だ。貴様には貸したくない」


 翼の態度に賢成は仕方がないと言わんばかりにシートに手をかけた。


キー!」


 賢成はそこからブルーのヘルメットを取り出すと、ひとつを翼に投げた。


「早く!」


 断固拒絶したかったが、足元に広がり始めた灰色の海には敵わない。翼はバイクへ近寄りながらBを纏い、エンジンキーを差し込みシートに跨った。賢成もBに身を包みながらタンデムシートへ跨ると、大きく叫び上げた。


「出して!」


 刹那、周囲の全ては灰色に呑まれた。その中で青と黒、二つのカラーだけがそれに溶け込まずに悪目立ちをしている。


 翼はエンジンを上げ一般道へと出たが、急ブレーキをかけた。色をなくした道路にそのままの状態で停止している車達。いくら止まっているとは言え、この中を掻い潜っていくことは技術者でもない翼にとって、中々に至難だ。


「何してるの早く!」

「……貴様……どうなっても知らんからな」


 追手を振り返り急かしてくる賢成に翼は舌打ちすると、再びエンジンを稼働させた。


「え〜、やだよ。ミスったら今回のgameゲームステージだと多分死ぬよ。頑張ってよ~。ヨクちゃんなら出来るからさ」

「……後でシメる」

「よっし、いっけ~!」


 進み始めたバイク。車と車の間を通り抜けフォロワー達に追いつかれぬよう走行する。


「ヨクちゃん。フォロワーちゃん達撃ってくる。いーい? 俺の言う通りにハンドル切ってね! 映画の主役にでもなった気分でっ」

「……断る」

「ちょっと! 断ったら死ぬよ!」


 無言で賢成を見やった翼だったが、そのさらに後方にいる銃を手に持つフォロワー達の姿に目を見開いた。


「ね? 死ぬでしょ?」


 フォロワー達は浜辺に出現した時と姿を変えていた。背中に生えた大きなサファイアブルーの二枚羽をバサバサと動かし、宙に浮かんでいるではないか。


「右!」


 賢成の声に翼は反射的にハンドルを切っていた。銃声が響く。脇スレスレを抜けていった銃弾にはっとしたが、翼は動揺を継続せず小刻みにハンドルを動かし続ける。


「右! 左!」


 賢成の指示は続く。走行スピードは死守しつつ、癪ではあるが翼はその指示をきちんと拾い、銃弾を避けていく。


「……貴様、Sを飛ばせ」

「この状態で飛ばしてどうするの?」

「……どうするも何も、俺の手が塞がっていてはヤツらを攻撃出来んだろう」


 しばらく走行を続けてもSを飛ばそうとしない賢成の様子に翼は痺れを切らした。伝えて尚その行動を起こそうとはしない賢成に苛立つ。賢成はにやっ、と笑むと、翼の横顔を覗き込んできた。


「だから貸してよ、ヨクちゃんのW」

「……断る。早くSを飛ばせ」

「飛ばさなくっても一瞬だけど? 俺に貸してくれればね」


 翼は黙り込む。


「早く終わらせようよ~。アンちゃんのこと、心配でしょう?」


 浮かぶ杏鈴の苦しむ顔。賢成に対する憎悪が止まらないのは事実だが、鳴りやまぬ銃声の中、翼は無言無表情でギロリと賢成を見やった。それを了承の合図と見なした賢成は、背後から翼の左腕につくACへと指先を伸ばし二本のブルーガンをちゃっかり取り出すと、自身のそれぞれの手の中へと収めた。


「ん~、やっぱ格好いいなあ銃。俺も欲しいな~」

「……無駄口叩いていないで早く殺れ」

「もう~、せっかちなんだから~、言われなくても」


 翼がバイクにブレーキをかけ始めると同時、賢成は身体を逸らし上げ、ブルーの銃口を空に舞う漆黒の蝶達へと向ける。美味しいものを目の前にした時のような表情で、賢成は唇をペロッ、と舐めた。



「殺っちゃうよ」



 銃口からは頻りに発砲音が上がる。空中で飛び散った黒の液体は、道路へビチャビチャとえぐい音を立てて落ちた。


 勢いの止まらない賢成の攻撃姿勢を翼は黙って見つめる。認めたくないがやはり強い。センスもいい。そして外さない。発砲した銃弾は漏れなく全て命中させているのだ。


 あっと言う間に最後の一体。舞い落ちてきた大きな蝶の羽は終焉の報せ。周囲には大量のフォロワーの屍が転がりそこからは黒色の血液がだらだらと溢れ出していた。


「ね? 一瞬だったでしょ?」


 賢成が翼を振り返ると視界はぐらりと歪み始めた。生気のない世界は息を取り戻す。気がつけば翼と賢成は元いた浜辺へ何事もなかったように戻っていた。Bも纏っていない。バイクの位置も、もちろんそのままだ。


「ん~、楽しかったね~! 新堂ちゃんが意地張んないで最初っから貸してくれれば逃げる必要もなかったんだよ~?」

「……貴様、単刀直入に聞く。Dark Rダークアールか?」


 賢成の表情から緩さが消えていく。


「……今も分かっていただろう。ヤツらの背に羽が生えると言うことを。分かっていてAdaptの空間に俺のバイクを巻き込んだ。と、言うより、巻き込む方法を知っていた。違うか?」


 賢成は答えない。


「……今だけじゃない。貴様はどうしてか、人より分かっていることが多すぎる。本当に、一体何者なんだ」


 さざ波の音は静寂の中によく響く。すると、どうやらツボに入ったようだ。賢成はくすくすと笑い始めた。その小馬鹿にしたような笑いかたに翼が抱く嫌悪は増す。


「……何がおかしい」

「新堂ちゃんって天然? 仮に俺がDark Rだとしても、そう聞かれてYesとは言わないよ~」


 賢成は腹を擦りながら何とか笑いを止めると、穏やかな目で翼を見つめた。


「杏ちゃんさー、S避けてるよね?」


 翼の顔は穏やかにはならない。なれるはずがないのだ。


「……それもリサーチ済みか。誰から聞いた」


 賢成が杏鈴本人からそれを聞いたと翼は思えなかった。杏鈴のあの性格上、秘めたいであろうことをペラペラと打ち明けるようにはどうしても見えない。ましてや、賢成に。


「ん~、誠から聞いたって言ったら嘘になっちゃうから~、そうだ。こう言おう。企業秘密♪」



 こんなピリピリした二人をも、無情にも優しい潮風は包み込むのだ。


「杏ちゃんからさ、目を逸らさないであげて。それだけ、頼むよ」


 賢成はひらりと背を向け、翼の元から遠ざかっていく。



「……言われなくても、逸らさん」



 翼は自身の中に溢れ返った感情を自覚なく漏らし、歯の奥を噛みしめていた。


 


 

 ◇Next Start◇四章:美女ノジェラシー


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ◇Link◇

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051

 

 ・EP1:七章Ⅳ

 ・EP1:◇31

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