◇10.無意識に・想うあまりに


「もう! 何なのよ一体! どう言うつもりなの!?」

「お、折笠おりかささん、落ち着いて」


 数日が経過したある日の昼時。大学内の学食にてテーブルを叩き、声を荒げる仁子ひとこを向かいから宥めているのは誠也せいやである。


 あのいくさ後、数はそれに匹敵はしないものの、ブルーの蝶と共に仕掛けてくるフォロワー達は定期的に出現していた。第一の物語の進行順序はDark Aダークエー、即ち真也のために創り上げられた特別なものであったと言うことをひしひしと感じる。バトルの勃発はこのくらい頻繁であるのが本来のgameゲームの姿なのだろう。


 仁子の苛立ち。それは重なるフォロワー達の出現に対するものではない。あの戦以来、杏鈴あんずS応援要請に応答することが皆無となったのだ。誰が飛ばそうが、Sは全て“No”の返答。初めこそは都合がどうしてもつかないのかと解釈した。しかし、数十回も続けばもうその言いわけは通用しない。杏鈴がSを避けていることは明白だった。


「どうして誠也くんそんなに普通にしていられるの!? おかしいじゃない! あんなにこれないなんて絶対にありえないでしょ!」

「まあ、そうなんだけどねえ……」

「みんな同じよ! 誰も望んで苦しみになんていってないわ! と、言うかあの子、この前の戦いで傷はつくったかもしれないけど、基本護ってもらってたじゃない! 何が不満なのよ! 理解に苦しむわ!」


 止まらぬ仁子の口元の回転に誠也はたじたじになりつつも、仁子がここまで怒る理由は他にも存在していると確信していた。


 七夕の日、真也がノリで短冊に勝手に書き記した仁子の願い。あれを見てしまったからには――。


「それに五十嵐いがらしくん、あれ以来うじうじしてるんですってね。自分が押し倒すようなかたちになって身体に触れたことが原因とか考えて。バッカじゃないの! だったら初めからあんな体勢になる護りかたしなきゃいいじゃない! あの状況で意識して欲情してんじゃないわよ! あのケダモノ! そうよ! ケダモノ五十嵐っ!」


 ここまで分かりやすくダダ漏れている仁子の感情に気がつかないようにするのは、誠也にとって極めて困難だった。笑いが漏れぬよう細心の注意を払う。


 そう、これは嫉妬だ。ただ単純な嫉妬なのだ。


 それが全てではないかもしれぬが仁子の苛立ちの八割、いや、九割を占めているだろう。通常なら注意するべき口調であるのだが、どうも仁子から悪気は感じられない。むしろこの感情をどうしたら制御出来るのか分かりかねているように思える。そもそも自身が嫉妬の感情を抱いていると言うことにさえも気がついていなさそうだ。


「え、えっと……ゆうくん、別に欲情してないと思う。しかも押し倒したって言ってもあれ、そう言う変な倒れかたじゃなかったしさ。それに杏鈴ちゃんがSを避けちゃってる理由、それの気まずさがあるとしても、それだけじゃないと思う」


 仁子の記憶の相違をさり気なく訂正しながら、誠也は自身の考えを述べる。その言葉は仁子の感情を微々たるものだが抑えることに成功したようだ。


「じゃぁ誠也くんは何が理由だって思ってるの?」

「辛いんじゃないかな」

「それはあの子だけじゃないわ」

「いや、そうじゃなくて。杏鈴ちゃん、ひとりだけ明らかに戦闘能力が低いじゃない。ほぼゼロに等しい気がする。自分がバトルフィールドに現れることで、僕達の足を引っ張るって思ってるんじゃないかな」


 テーブルの上に鞄から取り出したブックを置きながら、誠也は仁子と目線を合わせた。


「少しクールダウンして、折笠さんが逆に、杏鈴ちゃんの立場だったらどう思う?」

「だから仕方ないって言いたいの?」

「うーんと、そうではないけどさ……僕達が」

「私は逃げたくないわ」


 強気な仁子の刺すような視線に誠也は口を噤んだ。


「確かに、仲間に迷惑をかけるのは私だって嫌よ。でも、それが逃げていい理由にはならないと思う。私だったら逃げない。戦闘能力が低いなら、他で役に立てる方法がないかを考えて実行するわよ」


「おやおや、何やらヒートアップしている模様だね」


 ガタ、と音を立て、仁子の隣の椅子が引かれた。


「せ、先輩っ」

「どうかしたの?」


 そのまま腰かけ穏やかな表情で仁子を見やる輝紀てるき。流石の仁子もたった今までの口調での物言いは続行出来ぬようだ。


「ああっ!」


 戸惑う仁子を救ったのは誠也の驚嘆。テーブルに目をやると、ブックからオーソドックスな光が溢れ出している。パッと表紙が開き、フォールンが現れた。


「フォールン。まさかこんな学食で登場するとはね……」


 見えていないと言えども輝紀が周囲に目を配る。にこっ、と笑みを浮かべるとフォールンは三人へ順々に挨拶をした。


『お話し中に失礼致します。セイ様から言伝のあったことにつきまして、お返事がございますので現れた次第にございます』

「本当にっ。Organaizerオーガナイザー:主催者から何か得られたんだね!」

『左様にございます。お話し、今このままよろしいでしょうか』


 誠也が仁子と輝紀を窺うと、二人は黙ったまま頷いた。


『数日前の大バトル時に現れた黒服につきましてですが、Organaizer曰く、それに関してはフィフティ・フィフティであるとのことです。Organaizerもひとつの物語にボスはひとりであるとご認識があったようなのですが、それはもしかしたらこちらが勝手に思い込んでいたことでそうとは限らないのかもしれないとのお話でした。Dark A時のシン様が顔を覆っていたのは銀色の仮面だったと思うのですが、それに繋げて考えるのでしたら、その黒服はDark Rダークアールではなく、デッドが気まぐれに姿を現し、あなた達をおちょくりたいがためにDark Rと名乗ったととれるでしょう。しかしシン様もおっしゃっていましたが、Dark Rの姿を見た者はまだ選ばれし者の中に誰ひとりとしていない状況。そうするとDark Rと名乗ったその黒服は本当にDark Rである可能性も考えられるのです。ただ』

「ただ?」

『皆様お忘れのようですので申しておきますが、もし、黒服がまた姿を現したその時、確実にDark Rであるのか否か、判断出来る材料がございますよね?』


 フォールンの問いかけの答えを導き出したのは誠也だった。


「あ! アルファベット!」

『セイ様、おしいです。答えはユウ様の、Seeing Throughシーングスルーひとみです。残念なことにユウ様があの能力を制御しきれていないのは事実ですが、Memberメンバー達の中で刻まれている“R”を発見することが出来るのは、ユウ様しかいないのです』

「その通りだ。この前は見えなかったかもしれないけれど、次遭遇した時は見える可能性は十分にあると言うことでいいんだよね?」

『テルキ様、おっしゃる通りにございます』


「ねえ、フォールン」


 誠也は会話を遮ってきた仁子へ視線を注いだ。仁子はどこか苦し気に深いところを見つめている。フォールンはカクン、と首を傾げた。


『どうされましたか。ニン様』

「その、Seeing Throughの目の能力って、五十嵐くんからなくすことって出来ないの?」



 その問いは誠也と輝紀だけでなく、フォールンにとっても想定外であったようだ。珍しく小さな赤い両目の瞳孔が開いていく。


『ニ、ニン様……?』

「そんな能力、必要ないんじゃないかしら。なくてもみんなで力を合わせればどうにか出来そうな気がするのよ。あんなひとみ……なくなればいいのに」

「仁子ちゃん」


 無自覚であったようだ。輝紀の声に我へ返ると、仁子は俯き気味になっていた顔を上げた。


「ご、ごめんなさい。私、何言って……今の、忘れて下さい」


 微笑んでそう言われてしまえば忘れられなくとも忘れた振りをするしかない。しかし、仁子のその発言には何か重要な感情が含まれている。Seeing Throughの能力を優が失えばgameクリアへの道が淘汰されてしまうと言っても過言ではない。仁子は聡明な女性だ。意識的でなかったとしてもそれを理解した上でいい加減な言葉は吐き出さないだろう。


 仁子の発言の重みに落ち着きがなくなってしまう。誠也のひとみは泳ぎ、輝紀は息を漏らしながら椅子の背に凭れかかった。


『そ、それでは、別件で、もう少しよろしいでしょうか』

「大丈夫よ。本当にごめんなさい。続けて? フォールン」


 促されフォールンは調子を整え話しの続きを再開したが、誠也と輝紀は仁子のことを気にかけずにはいられなかった。



 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ◇Link◇

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051

 

 ・EP1:※◇24

 ・EP1:※◇25

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