◇9.苦しみを生んだ両手
「アン! 避けて!」
瞳孔が開き切った
走り出そうとした
地と触れ合い粉々に散らばった電柱。巻き上がった埃を含む空気に
「いって! くそ……」
両肘から滲み出した赤い血液に優の顔は歪む。
「おい、アン!」
隣に横たわる杏鈴を優は起こしてやると、その両肩に手を置いた。
「大丈夫か。わりぃ。擦ったよな身体……」
優を捉えた杏鈴の
「ちょっ、お、おい! どうしたんだよ! おい!」
震えたまま両手で口を覆った杏鈴。その指の間からは飲み込み切れない唾液が漏れ始めている。突然すぎる状態変化に優は混乱を隠せない。
そんな中、近づいてきた影に優ははっとさせられた。
「ヨクっ……」
青の
「……すまない」
優の両手を杏鈴の肩から引き剥がし、その身体を包むように抱き寄せた翼。
優は自身の目を疑った。尋常でなかった杏鈴の全身の震えが、嘘のようにピタリと止まったのだ。翼が魔法でも使ったのではないかとおかしな思考に陥るほどに、杏鈴は翼の腕の中で落ち着きを取り戻していた。
この光景を目の当たりにした優の左目は再び断続的な痛みを覚える。赤く染まった
真っ白な砂の先に広がるコバルトブルーの色素は、いつぞやに見た
驚きはそれだけでは終わらない。映像が動き見えた女性の顔は杏鈴の生き写しであるかのよう。女性は目を閉じたまま口元を動かし始める。音は聞こえぬがその雰囲気から男性へ、強く捧げるように歌を唄っていると感じられた。
映像は途切れた。目の痛みも消えている。しかし、見てしまった強烈な印象に、優は口を半開きにしたままだ。
翼が何かを問おうと口を開きかけたその背後で、漆黒の伸びた手が挑んだ仁子をアスファルトの上へと叩きつけた。仁子の呻き声を聞き優は反射的に立ち上がる。
「てめぇデッド! ざけんじゃねぇ!」
ACに刻まれている覚醒
放たれたその名にMember達の動きは止まり各々の口は真一文字に結ばれる。漆黒の仮面は機械的に優のほうを向いた。
優は真っ直ぐ、高く、天へと届かせるように剣を翳す。
「消えろ!」
ザンッ、と空気を割るように振り下ろした赤の矛先から放たれた灼熱の炎はアスファルトを勇ましくなぞった。道に植えられた木々を焼き、あろうことか道路で灰色と化している人間、車はもちろん建物をも燃やし尽くしていく。
「ユウくんやばすぎ! これじゃあ俺達も燃え死んじゃう!」
「ユウまじお前がざけんなだわ!」
誠也と真也が
強力な火中にいるにも関わらず、一切怯えぬは漆黒。ただ単にMember達をおちょくりにきただけであったのだろう。その身体は足元から細分化し消え始めている。
「くっそ、てめぇ! うおっ!」
「……アホ。死ぬぞ」
杏鈴を背中におぶった翼が炎にあとわずかで逃げ場を封じられてしまうところであった優の肩を鷲掴みにした。
翼に引っ張られながらも優は後ろを見やる。そして耳に届いた言葉に
(わたしは、Dark Rだ)
漆黒はそう言い残すと、真っ赤な渦を隠れ蓑にしその姿を消した。
空間はぐらりと揺れ出す。燃え盛る炎に押し出されるようにMember達の意識は飛んだ。
◇
スタンドで店長とアルバイトの後輩がせっせと仕事に集中している様子を確認してから、ACのメニューを立ち上げ誠也にCを飛ばした。
「(優くん)」
ACを見つめて待っていたのだろう。ワンコールにも達さぬところで誠也の声が返ってきた。
「おう誠也。今フィールドが展開した場所にいるか?」
「(うん、いる。状況だよね。大丈夫。全てにおいて正常だよ)」
優は心の底から安堵した。あの戦いがまかり間違って現世にAdaptされようものなら器物損壊罪並びに殺人罪に問われて即牢獄行きとなったに違いない。
緊張がほぐれたせいか、ズキズキとした痛みが身体を巡る。その痛みの一番の根源は擦り切れたままの肘にあった。
「(優くん?)」
「あっ、わりぃ。その、肘の傷が残っちまった」
「(え!?)」
誠也が深く眉を寄せている表情が想像出来る。椅子の背に凭れ優は天井を仰いだ。
「血は止まってるから大丈夫だぜ。変わってんな、致死のルールだっけか」
「(他の怪我した子もそうなってるよねきっと。この先の戦い、もっと注意するように促さなきゃ。第二の物語はやっぱり違うね)」
「ああ、それと、アイツ……」
優が差すのは漆黒。こちらのしていた予想を遥かに裏切る名乗りを上げた仮面の脅威。
「(まさかすぎるよ。ただ、僕は正直納得がいかない。真は他のリーダーと接触した事がないって、フォールンもひとつの物語にボスはひとりって言ってたように思うんだ)」
「安心しろ。俺も同じだ。アイツが
「(あの電柱、とりあえずはDark Rって呼ぶけど……恐らく念を懸けて倒したんだよね? それに今回も第一の物語と同じで杏鈴ちゃんを狙ってた)」
「杏鈴ねぇ……」
優の脳裏に呼吸を荒げていた杏鈴の顔が浮かぶ。
あの瞬間の杏鈴の苦しみ、それを生んだのは悲しくもDark Rではなく、自身の両手だ。
救いたい一心であった。しかし救うどころか杏鈴の恐怖心を煽ることとなってしまったのだ。
「(優くん、大丈夫?)」
誠也のそれが含みを持った言いかたであることは考えずして理解に通じる。壁のガラスに映る正常な色味を取り戻している左目を、優は奥歯を噛み締めながら見つめた。
「おう」
ぐるぐると回転する感情を抑えながら、優がようやく発することが出来たのは短い返答だった。
「(あの漆黒が本当にDark Rであるのか。僕達の思うように嘘であるとするならば、どうしてDark Rと名乗ったのか。そして狙いが杏鈴ちゃんである理由……新たな疑念は僕からフォールンに報告してみるね。何かアドバイスが貰えるかもしれないし、
「サンキュー誠也。あと、わりぃんだけどさ、致死についての注意喚起、他のやつらに伝達頼んでいいか? 俺、ちょっとこの後忙しくてよ」
「(もちろん。任せて。また足運ぶね。ガソリンスタンド)」
「おう、よろしく」
誠也との通信を切断し、息をつく間もなくポケットで震動を始めたガラゲーを開き、優は耳へと押し当てる。電話は弟の
「ああ、ちょっとだけ残業になっちまった。今上がったからこれから着替えてすぐ帰る。飯、何がいいんだよ」
耳と肩の間にガラゲーを挟みながら立ち上がると、優はロッカーの扉を開ける。大翔のリクエストに耳を傾けながらも渦巻いてしまう杏鈴に対する思考。それが過り続けるのを、優はどうしても止めることが出来なかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
◇Link◇
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051
・EP1:※◇16
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