三章:Knocking memories
◇8.傷だらけの殺意
未だ聳え立ち続けている都会の旧電波塔。ブルーの羽を持つ蝶がその麓で舞った。一瞬にして重たい灰色へと化した周囲。車、人間、何もかもがぴくりとも動かない。
足さなければいけない用事があり珍しく都会へ出てきていた
蝶から次々に形態を変化させ、光を失ったアスファルトの上に黒い足をつけ立ちはだかったフォロワー達。その数は近日の数倍に達していた。
全員に一括でSをかけることが出来ない誠也は
フォロワー達はじりじりと迫り、銃口を誠也に向けてくる。
「セイ!」
誠也からのSに応答した
「おお……すげぇなおい」
銃弾が放たれたと同時、誠也は優の前へと踊り出る。指先を
「危なかった。早速使ってみたよ。これ」
跳ね返った銃弾はフォロワー達に命中した。噴き上がるおびただしい黒々とした血液は溜まり池を作っていく。誠也は優に自身のACの説明書を掲示した。誠也に与えられた覚醒付随能力は【守護】。使用方法は今誠也が施した通りである。ACに刻まれている覚醒Crystal名に触れてから剣を握り直し、念を込め大きく空振ると、半球の巨大バリアを張ることが出来ると茶色の滲み文字で記されている。
「普通にすげぇよって、うわ! 気持ちわりっ!」
フォロワー達が再び数を増やしバリアの外側にベタベタとへばりついてきているのに気がついた優かブルッ、と身震いした。バリアの中の優と誠也を撃ち殺すべくフォロワー達は仕掛けてくるが、先程と同様無意味だ。銃弾は空に向かい弾け飛んでいく。
「説明によると、このバリアは張っていても僕達にはないことになってくれているみたいだから、今のうちに沢山倒しちゃうのがベストかも」
誠也の声色には少々苦しさが滲む。それにすぐに気がついた優は、ACから“
「フォールンが言ってた通り、しんどいか」
覚醒付随能力が優れたものであることは今実際に使用してみて分かった。しかしフォールンの言っていたように優秀な能力にはそれなりの体力消耗が否めぬようだ。
「うん。動けはするけど身体にビリビリくる感じはあるね。通常とは違う感覚」
「よし、一気に畳みかけてくぞ」
二つの剣の矛先は鋭く、そして激しく動作する。バリアの中から突然刃に斬りつけられることはフォロワー達にとってかなりの衝撃であるようだ。
えぐい音を上げ斬り倒されていく漆黒の兵達。広がった黒の血液を足で撥ね散らかすのも気にかけず、優と誠也は無心で目の前の敵達を斬りつけ続けた。
背後で鳴った血液の噴出する音に振り返る。バリア内には優のSに応答した
「テルキさん!」
剣の柄でフォロワーの腹を突く優に名を呼ばれ輝紀は我に返ったようだ。黒い血溜まりの奥深くを見つめていた表情は普段通りの優しい顔つきへと戻った。
「応戦が遅れてしまってごめん。このバリア、とてもありがたいね。でも……」
優と輝紀の倍の汗を流す誠也。能力継続の限界が迫りつつあるようだ。
「セイ、バリアもう解いたほうがいいんじゃねぇか」
まるで第一の物語の初戦のようだ。斬り刻み何体ものフォロワーを地獄送りにした。だが中々増殖は停止してくれない。倒しても倒しても減らないのだ。顎元の汗を拭き、誠也は強く首を横に振る。
「いや、大丈夫。いけるところまで頑張る。銃弾は本当にやっかいだから」
剣や槍・斧と違い四方八方から攻撃が出来る銃はいくら戦闘・守護の能力が与えられていても戦いにくい。第二の物語での致死加減は定かではない。安易に銃撃を喰らうのは危険だ。
優と輝紀が戦闘を再開する。出来るだけ誠也の体力を温存させるべく懸命にフォロワーへと立ち向かっていく。
そんな中、優のACに届いた通知。
「まじか! あいつよりによってこんな時にっ……」
「どうしたんだい」
「あ、ナリなんっすけど、Noっす!」
超越している戦闘能力を所持する賢成。このバトルフィールドに彼が姿を現さないのは正直大きな痛手だ。誠也の視線は気持ちと共に足元へと落ちていく。
「他のMemberは!?」
「まだ返答ないっす!」
後ろ見ずしてフォロワーを斬る優。輝紀が歯を食いしばり斬りつけた数体のフォロワーが勢いよく飛んでいく。
「あっ」
状況にそぐわない間の抜けた輝紀の声。斬り飛ばしたフォロワーの図体が命中したのは道路に立つ一本の電柱。
半壊してしまったそれに輝紀と優の顔は引き攣る。第一の物語でも住宅街にフィールド展開したが、現世の物体には誰ひとりとして危害は加えずに戦闘を収束させた。つまりたった今、
無残に裂け、本来隠しているはずの導線をところどころ覗かせ、ぶらぶらと宙で揺れている黒の電線を見上げ、戦闘でかいたものとは違う汗を額から滲ませ始めた輝紀は自らに呆れた溜息を零した。
「テルキさん、どんまいっす!」
現世への影響が気になるところだが、優からの声援に考え込んでいる場合ではないと輝紀は気を引き締め直したようで、再び斧を振りかざし始めた。
「ちょっとセイ! どうしたの!? 大丈夫!?」
優と輝紀が見やった先。剣の先端をアスファルトにめり込ませる勢いで立てそれにすがるようにし荒い呼吸で蹲っている誠也に駆け寄ってきたのは
ビリビリと微かではあるが音を上げ出したバリアの縁。消えかかったり復活したりの繰り返しが小刻みになり始める。誠也は歯の奥に力を入れている。
「セイ! もういい! バリア解け!」
優が輝紀と背中を合わせ周囲の敵に素早く目を配りながら叫んだのは解放の合図と言えよう。誠也の指先が再び“SINCERE”の文字に触れた途端、バリアは完全に消え、フォロワー達が無造作に放っていた銃弾が、優と輝紀目がけて飛んだ。剣と斧の動きは休めぬが二人は落ち着いた呼吸を繰り返す。可能な限り銃弾を発砲してきた当事者へと跳ね返し、効率よくその数を減らす魂胆だ。
その隙に仁子は誠也を連れ戦場の中心から少しだけ離れる。覚醒付随能力を終了させた誠也の呼吸の乱れは徐々に平常を取り戻し、垂れる汗も引き始めた。
「ニン!」
誠也の声に仁子は瞬時に背後を振り返る。向けられた銃を確実に捉え剣で跳ねのけると、すかさず矛先をフォロワーの腹へとぶち込んだ。その腹から噴水のように溢れ出した返り血がポタポタとBに滲みついたが動揺せず、仁子は誠也の前で剣を構えた。
「落ち着くまで、ここにいてあげるわ」
「ご、ごめんね……ありがとう」
「いえ。それにしても、直近では大分激しい戦いね」
仁子が誠也を庇う中、その少し先に姿を現したのは黄のBを纏った
「うっ!」
「テルキさん!」
フォロワー達の放った銃弾にとうとう左の肩上を輝紀は掠められてしまった。咄嗟に左肩を抑えて蹲る輝紀に、容赦なくフォロワー達は銃口を向ける。優が地を蹴り上げ庇おうとしたその時。
「うわっ!」
その場にいた全員が各々声を上げ、眩しさに目を強く瞑った。開くことに抵抗を見せる瞼をこじ開けると、黄色の柄をした槍の矛先に一体のフォロワーを刺し、大きな魚を取り上げた漁師のように満足に笑んでいる真也の姿があった。
「ちょ、シン! お前何して……っ!」
Member全員の目は、真也の回りに円を描くように薙ぎ倒れた数十体のフォロワーの屍に釘づけになった。ペロ、と舌で唇を舐めると真也はにっと笑った。
「へっへーん。今日は大量だねー。旗上げだーっ」
「さっきのフラッシュみてぇなの、シンの覚醒付随能力か」
「いえす!」
真也の覚醒付随能力も誠也と同じ【守護】。覚醒Crystal名“
「っつか、あたしらの目までくらましてどうすんだよ」
「あっ! そっか! ごめんごめん! でもいいじゃん。俺全部ぶっ刺したしさっ」
梨紗の指摘はごもっともだと周囲も頷く中、真也は軽く笑い誤魔化しながら矛先に刺さり続けていたフォロワーを地面に叩きつけた。
あの一瞬のフラッシュの中で大量のフォロワーを一気に纏めて殺り込めた真也。
その最中に屍と化したフォロワー達は次々に消滅していき、灰色の空間は沈静した。
「テルキさん大丈夫っすか」
「うん。すまない。多少痛むが、平気だよ」
平気と言いながらも攻撃を喰らった左肩を抑える右手を離そうとはしない輝紀。優が輝紀の肩の状態を見ようと腰を折ろうとした瞬間だった。
ドクンッ
心臓が、嫌な音を上げて跳ねる。
ズキッ!
そして、左目の奥に走った激痛。
「ユウ!」
駆け寄ってくる仁子と誠也の顔つきで、優は左目が赤色に染まっていると自覚する。仁子は優の隣に座り込むと誠也に施してやっていたのと同じように背中を撫で始めた。
手で抑え込むことで造られた暗闇の中で、
それは、手。
どんどん、どんどん、近づいてくる。
そしてその手の肌色はDark Aとの戦いを終えた直後に夢で見たものと同じ、ブックの表紙に描かれている傷だらけの腐敗した手へと変化を遂げた。
――殺してやるっ!
その灰色の手が持つのは、強烈な殺意。
「ユウっ!」
気がつけば、優は仁子の腕を握り呼吸を激しくしていた。向かいの輝紀が心配から顔を強張らせている。仁子の腕を握ったまま痛みの去った
「なあ、もう、赤み引いてるか?」
優の問いかけに、視線が合った誠也は険しい顔で首を横に振る。
「ユウ、今、何か見えたの」
「……前にも実は見たんだけどよ、灰色の手」
「灰色の手?」
優と仁子、誠也が会話を交わす中、梨紗と真也はキョロキョロと周囲に目を配る。
「ああ、あの本の表紙のやつ伸びてくんだよずっと奥から。初めは肌色なんだけど、だんだん色を変えて、傷だらけになって。それで……“殺してやる”って、言ってくるんだよ」
「アン」
梨紗の少し掠れた低めの声が響いた。
「ごめんなさい。中々抜けてこれなくて……」
か細い杏鈴の声と共に優のACに通知が入る。
「いや、気にすんなよ」
「ねーねー」
杏鈴を気遣う優の言葉に、真也の声が被せられる。
「もうさ、フォロワーいないじゃん。何でこの空間から戻らないの?」
Member達の顔から血の気が引いていく。真也の言う通りだ。周囲を見渡してもフォロワーの姿はもう見当たらない。なのに時間は止まったままだ。空間は色を取り戻していない。
「どうなってんだ」
優が仁子と顔を見合わせた、次の瞬間。
「アン!」
梨紗の青ざめた声は杏鈴の背後に迫った漆黒の影を差す。優は悟った。あれはフォロワーではない。全身に真っ黒なヴェールを纏ったその姿。第一の物語のフォロワー初戦で杏鈴へハイスピードで襲いかかろうとしたアイツと、たった今見た腐敗した手の殺意はリンクする。
「ほっ!」
放たれた真也の“BRIGHT”の覚醒付随能力。変わらず敵だけでなく全体が眩んだが、ギリギリのところで杏鈴が攻撃を受けるのを回避するに繋がったようだ。
立ち上がり優は眩しさを飛ばすように頭を左右に振ると、漆黒へ剣の矛先を向けた。
「おいおい。ラスボス出てくんのが例によって早すぎやしねぇか」
顔の全てが仮面で覆われているため表情は読み取れない。漆黒は、コツン、コツン、と一歩ずつ優へと近づく。
仁子が輝紀を立ち上がらせ場を離れる。誠也と梨紗、そして杏鈴を歩道の脇へと座らせ舞い戻ってきた真也も漆黒に向け槍を構えた。
「武器、持ってないのね……」
輝紀を誠也達と逆サイドの歩道脇へと座らせた仁子は漆黒の手に何も握られていないことに気がつき
逸らしたい気持ちを抑え、優は漆黒の姿を睨みつけ続ける。どう動いてくるのか、どう襲いかかってくるのかと思考を巡らせる。
ふと、漆黒の左腕がゆっくりと上昇し始めた。対峙する優は足先を踏ん張り集中を切らさぬよう構え続ける。
「何だ?」
一定の高さに達すると、何事もなくその左腕は静かに下ろされた。
「危ない!」
輝紀の叫びが空気を裂いた。ぐらりと揺れ動いた一筋の影。半壊させてしまった電柱が聞いたこともないような音を立て座り込んでいる杏鈴目がけて倒れようとしているではないか。
「キャア!」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
◇Link◇
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051
・EP1:※◇16
・EP1:◆17
・EP1:※◇24
・EP1:※◇25
・EP1:※◇26
・EP1:◆27
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