※◇6.最恐ガール⇔純情ボーイの悩み
夜になるにつれ蒸し暑さの増す気候。
暗闇の中、都会の一角にある公園の前に停めているブルーのバイク。その公園の中で、
翼の手から離れ宙を描いたオレンジがかった茶色のボールは、縁にぶつかることなく、すっぽりとゴールへ吸い込まれた。
「翼くん上手いよやっぱ」
地面で跳ねたボールを捕まえ、航は呼吸を乱したまま翼へパスを投げた。
「……いや、全然。お前のほうが断然歴長いだろ」
「そうだけどさぁ、センスは経験関係ないからね」
「……そろそろ、休憩にするか」
ベンチに引っかけていたタオルを翼は航に手渡す。汗を拭きながら航は自動販売機の前に向かうと、スポーツドリンクを二つ購入し、ひと足先にボールを脇に置きベンチに腰かけている翼にひとつ手渡した。
「……サンキュ」
キャップを捻り、二人は喉を鳴らしてスポーツドリンクを飲み込んでいく。水分補給しきると軽く息をつき、航はキャップを締めたペットボトルを脇に置いた。
「しかしまさかだったよ。俺が翼くんに会うの初めてじゃないって感じたのは合ってたんだね」
「……ああ、俺もお前の部屋で偶然写真を見るまでは完全に初見だと思っていたがな」
「何であの時に言ってくれなかったの?」
「……どう考えても色々言える空気じゃなかっただろう」
「た、確かに、だね……」
“あの時”とは航の部屋で
事実として、翼と航の通っていた高校は近く、翼も高校一年時、わずかな期間ではあるがバスケ部に所属していた。翼はその写真に気がついてから密かに航が翼に見覚えがあると言ったことと関係しているのかもしれないと、ずっと考えていた。
「あれから記憶を頑張って辿ったんだけどさ、翼くんあの写真の大会の時、試合出てたよね?」
「……よく思い出したな」
「やっぱりそうだ。あの時観客の女の子異常に多かったんだよね。めっちゃ上手で格好いい人がいるみたいなさ。会話を交わしたと言うより俺が一方的に翼くんを見かけてた感じっぽいよね。もしかしたら高校の位置的に互いに意識はなく電車で会ってたのかもしれないけど」
「……恐らくどちらかだろうな。悪いが、俺のほうに航を見た記憶が皆無だから定かには出来ないが」
「全然だよ。もやもやがちょっとすっきりした~。に、してもさぁ、翼くん凄いよね。一年生で試合出ちゃうなんて。何で辞めちゃったの? 怪我とか?」
航の問いかけに、翼の眉がピクッ、と動いた。しばし口を閉じ切る翼に航の視線は落ち着きなくなる。
「つ、翼くんごめん。今の質問忘れていいからぁ」
「……航はあるか」
「え?」
「……隠しておきたい、過去とか」
航の泳いでいた目は、翼を捉えて硬直した。その航の瞳を翼が見返す。
「ない、ことはないけど……ただ、誰しも言いたくないことなんて、ひとつや二つあるんじゃないかなぁ。程度は様々だろうけど」
「……はっきり言うぞ。航にはあるだろう。程度の重い過去が」
翼の言葉は心臓をえぐるかのように航へ突き刺さる。動揺があからさまに出てしまう自身に嫌悪を抱くがどうにもならない。
「……え……えっと……」
「……安心しろ。俺もある」
「へ?」
拍子抜けだ。航は平常心を取り戻そうと、少し深めの呼吸を休みなく繰り返す。
「……と言うか、ここのメンツは全員何かしらあるはずだと俺は読んでいる」
翼の言う“ここのメンツ”とは
「どうして翼くんはそう思ったの?」
「……二号を、
「二号?」
「……
「……
航の呟きを聞かぬ振りをし翼は続ける。
「……あの覚醒時、
映像としては
「……推測だが、俺達の心に眠るCrystalは抱えている闇と共に押し込められている、そんな印象を受けた。その闇を晒し解放したことであの四つのCrystalは第一の物語で無事に回収出来たんじゃないかと考える。ただ単にgameをクリアしたから覚醒したわけではないように思うんだ」
航は感じていた。翼が敢えて優について深く触れずに話を進めていると。翼の中で実は引っかかっているに違いない。翼から見て優だけは、その推測に全く当てはまっていないのだから。
「……つまり、これから覚醒させねばならん俺達も、同じように闇を幾ばくか解放させる必要があるのではないかと言うことだ。あくまでも推測だがな」
“あくまでも”を強調する翼が気に止めているとするならば、真也を抱き締めながら流した優の涙であろう。推測は立て共有するが決してずけずけと土足で踏み込もうとはしない翼に、航は感謝の念を送るばかりであった。
「……ここで話の流れ上続けられるのが、
「そうそれ! もお~聞いてよ翼くん!」
待ってましたと言わんばかりに航は翼の肩を掴みぐらぐらと揺らし始めた。されるがままに首をガクガクさせながらもクールな表情を変えない翼。
落ち着きを取り戻すと航は自身のグループの問題ガール、
「……なるほど。“欲望にだけはしょーじき”か。いかにも
「いかにも如月って何」
「……イメージと言うか、肉食のな」
航の恥ずかしがる様子が愉快であるらしく、翼は意味深く口角を上げた。
「……だがしかし、格好のいいように発言しているが、とんでもないのはとんでもないな」
「そうでしょ!? 分かってくれる!? 翼くん!」
航は膝の上でぐっと両手に拳を握ると俯き気味になった。
「べ、別にさ。それでもいいんだよ。だけどさ、その、あの……あのあの……」
ごもごもと口籠ってしまう航に、翼が必死に笑いを堪えている。航は覚悟を決め、声を張った。
「その、どうして、そこまで、せ、性欲にっ、こだわるのかなぁ、と言いますかっ……!」
「……顔、真っ赤だぞ」
指摘に卒倒しそうになる航に、翼は肩を震わせる。航はベンチから立ち上がると翼に向かって叫んだ。
「翼くんバカにしてるひどいっ! 笑わないでよっ! しょうがないじゃん恥ずかしいものは恥ずかしいんだからっ!」
「……すま、ない。そんなつもりじゃ……」
腹を抑え呼吸を整える翼。立ったままで航は顔をぶすっ、とさせた。
「俺だって、ちゃんと付き合ってる人なら気にしないんだよ。でもそうじゃないし。この前電話で話した時も、多分そう言う男の人と待ち合わせしてたし、きっとあの日は……」
物凄い勢いでひとり首を振る航。再び翼には沸々と笑いの神が舞い降りかかっているようだ。
「俺が言いたいのはそこに偏らずにさ、人間には三大欲求があるんだから、満遍なく取り入れてくれたらなぁって思うんだよっ!」
「……そう言えば、ちらりと
「分からないって、友達同士なのに? 恋愛の話とかしなかったのかなぁ」
「……おかしいと、思うか?」
自身を見上げてきた翼の眼差しに、ビクッ、と肩を揺らしはしたが、航は少し考えると落ち着きを持って返答した。
「うん、思うよ」
「……あいつらって、おかしいよな」
航の部屋で梨紗と杏鈴が再会した瞬間に違和感を持っていた翼。その違和感が揺れ動いたのはDark Aとの戦闘で、
「……ただの友人じゃないように思う」
「あ、でも、俺達が勝手に友達って認識しちゃったのかも。単純に高校が一緒だっただけなのかなぁ。高校出てから会ってないみたいなこと、あの時言ってたし」
「……だからおかしいんだよ」
航の頭上には疑問符が浮かぶ。すっかり普段の冷静な顔つきを取り戻した翼は、探偵であるかのような雰囲気を醸し出していた。
「……あの時のやつらの会話、わざわざ俺達の前でする必要はなかったように思わないか」
翼の隣に座り直しながら、航はその言葉を読み解こうとする。
「……俺と杏鈴に関して面識はあったにせよ、ああやって多く会話を交わしたのはあの時が初めてに近い。ましてや航も如月ときちんと話しをしたのはあの時が初めてのはずだ。あの二人の女達からすると俺達は出会ってたった数時間しか経っていない、しかも別に今後こんなかたちで深く関わらなければいけないだなんて考えやしていなかっただろう赤の他人だ。その俺達の前で“久しぶり”の一言で軽く済ませればいいことを、言いわけのように“高校を出てから会っていない”、“忙しかった”等ぎこちなく語る必要なんてあるか」
すらすらと噛みもせず述べ切った翼に、航は目を開き大きく何度も頷いていた。
「……人間、ばれたくないことがある時や、嘘をつく時は口数が増えてしまうものだ」
「確かに、あの再会からgameのバトルフィールド以外で梨紗ちゃんと杏鈴ちゃん会ってる風ないもんねぇ」
「……わけ有りだ。俺達は恐らく、それを読み解いて解決してやらないといけない義務があるのではないかと思うのだが」
梨紗と杏鈴が互いに自ら歩み寄るとは現時点ではとても考えにくい。翼の推測する心の闇を解放することがCrystalの覚醒への近道とするならば、あの二人が歩み寄れるよう気がついた者達が手を貸していくしかない。
「そ~言うことかぁ……」
「……介入は好みではないんだがな」
「だから俺、梨紗ちゃんのそう言うところも気になっちゃうのかなぁ」
翼がいきなりバッ、とこちらを少し驚いた顔をして見てきたのに、航は首を傾げた。
「……いやー……その……航は、結局如月をどうしたいんだ」
「どうしたい?」
「……単刀直入に言うと、自分のものにして、キスしてセックスしたいと思ってるのか」
「はあ!?」
ちゃっかり悪ノリをぶっこんできた翼に、折角落ち着いた航の顔は再び熱を持ち始めてしまった。
「翼くんのいじわる! そんなわけないじゃん!」
「……すみません」
「棒読み! ぜえったい悪いと思ってない!」
ギャーギャーと翼に立てつきながらも、航はその問いについて考える。そもそもどうして梨紗の行動が気にかかってしまうのだろうか。親しかったわけでもない。はたまた彼氏彼女でもない。梨紗が日常をどう過ごそうが不純異性交遊をしていようが、航には関係のないことなのだ。
翼を咎めるのをやめた航は、自分なりに答えに近い感情をひとつ発見した。
「親だ」
「……親」
「そう、親みたいな感情なんだよ! 梨紗ちゃんに対する俺の気持ちは!」
翼はどことなく反論したげな雰囲気だが黙っている。ここぞとばかりに航は言葉を繋いだ。
「何か、心配しちゃうんだよ。人生つまんないとか退屈とかもよく言ってるし。親だったら我が子に夢を持って欲しいと思うじゃない。それに自分の身体だって大事にして欲しいし。そう言うことって絶対好きな人とするのが一番だと思うんだよねっ」
「……女みたいな考えしてるな」
「女みたいなって、翼くんは付き合ってない人とそう言うのしたことあるの!?」
「……残念ながらない。期待を裏切ってすまないな」
翼の回答に航の顔の筋肉は安堵に緩んだ。
「よかったぁ~。モテまくってきた翼くんがチャラチャラしないでちゃんとしてるなら、梨紗ちゃんにもどうにか更生の道はありそうだよねっ」
「……どういう判断基準だ。と言うか、モテた時期とかないぞ」
「嘘をおっしゃい! てぇかさ、そもそも、好きじゃない人とそう言うのって、どんな感じなのかなぁ」
「……いや、何故この流れで俺に聞く。さっき言ったように俺もその道を外れたことはないから分からん。ただ」
「ただ?」
「……単純に、寂しいんじゃないか。如月」
翼の憂いな横顔は、見上げた夜空に溶け込んでいる。
「……今航の話を聞いていてそう思った。人生も退屈と言っているんだろう? 虚しいから満たすために男に寄りすがってるんじゃないか? まあ、俺の憶測に過ぎんから本人に問うしかないと思うがな」
しんと静まり返った空気の中、ぞわぞわと航は震え出した。
「……どうした」
「どうして、気がつかなかったんだろう、俺」
「……それは、鈍感だからだろうな」
翼の言葉はトドメ、航は背中に大きな岩の塊が落ちてきたような感覚に陥った。
「そうなの。俺、昔から鈍感みたいでさぁ! 優くんにも本当によく言われてたんだよねぇ」
幼き頃に形成された人格はそうそう変わるものではない。へにゃっ、と顔を歪ませた航を翼は小突いた。
「……航、やっぱり惚れてるんじゃないか? 如月に」
再度翼は確認するように問うてきたが、航は首を縦には振らない。
「それは絶対にないよ! 断じてない!」
「……何故そう言い切れる」
「だって俺はもう……!」
流れに乗り言いかけた言葉を丸ごと呑み込む。ごまかすように航は笑いを漏らした。
「ほら、俺童貞だしっ。あんまり恋愛今までもしてきてないし。そんな簡単には、好きにならないよ」
乾いた航の笑い声は続く。翼の言う通りは過ぎている。人間、ばれたくないことがある時は口数が多くなるものだ。梨紗に散々おちょくるネタにされている未経験の身を示す単語を平常であれば自ら折り込むことはしないだろうに、著しく動揺を滲ませてしまっている。
知らぬ間に航は肩を落としていたらしい。翼は空気を読み、議題をチェンジする方向へと進めてくれた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
◇Link◇
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051
・EP1:◇5
・EP1:※◇12
・EP1:※◇20
・EP1:※◇26
・EP1:七章&八章全体
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