二章:Crystal Knightsノ苦悩
◇4.カッコつけたい男のサガ
第二の物語・
「ねえ、何も起こんないねー」
窓を開け、狭いベランダの柵に笹の葉を白い紐で括りつける
「こんなのんびり笹の葉飾りとかさー」
「仕方ないの。向こうが動かない限りこっちは何も出来ないんだよ。現れたら戦う。それ以外は普通に日常を過ごすしかないの」
今日は七月七日、七夕。家庭環境が劣悪であった
「やっぱデッド様いい人じゃん。こんな襲ってこない敵ありえなくない? もっと
「このgameは普通のゲームじゃない。それに、
「えっ、優くんが? 悪口言われた……」
「いや、悪口ではないでしょ」
あからさまに肩を落とした真也。笹の葉を柵につけ終えると誠也は室内へ上がった。机に転がっているのは、真也が作成した飾りの数々。定番のわっかつづり、いちまいぼしにあみかざり、ちょうちんなどだ。カラフルなそれらを見て誠也は笑んだ。
「真、上手じゃん。短冊は、もう書いた?」
「うん、書いた」
真也が見せびらかしてきた短冊は、誠也の予想を遥かに超える枚数だった。
「ねえ、真。願いごとさ、ひとつなんですけど……」
「え? 一枚にひとつだよ?」
「そういう問題かな?」
「ねえよく見てよっ。
「みんな?」
誠也は怪訝そうにしながら短冊の一枚を手に取った瞬間噴き出した。
「ちょ、ちょっと! 何これ!」
腹を抱えて真也が笑い出す。誠也の手にした短冊には真也が独断と偏見で記した
「こみやんは、“童貞卒業!”。これしかないっしょ」
「失礼でしょっ! ってか、こみやん?」
「
「真、航くんといつ話したの」
「この前仕事の休憩中に外でタバコ吸ってる時に
何も考えていないようできちんとした面も持っているのだな、と誠也は兄として少しだけホッとした感情を抱いた。
「他ねー、
少しの間。真也がたった今口頭で言った願いことが記された紙をぐしゃっ、と握り締め誠也は驚きの声を上げてしまった。
「え!? 嘘っ、
「ううん。まさか。ってかこの前の様子見てたら分かるよ。明らかそうじゃん」
「ど、どの辺が!? だって比較的、優くんにツンツンしてない?折笠さん」
「あーあ。誠は鈍感だなー。だからモテないんだよー。あれは照れ隠しみたいなもんじゃん。意識してるからああなっちゃってるの。俺とか
「も、モテないのは……ほっといて、下さい」
ボソボソと一枚
「まあ分かるけどねー、仁子ちゃんの気持ち。優くん超格好いいもん。あの時さ、俺のこと泣きながら抱き締めてくれてさ……本当に安心したんだよね」
第一の物語の際、ブックのページに描かれていく絵画により、その光景を見せられていた誠也。真っ黒に染まった真也を強く抱き締め代わりに護り切ってくれた優に、誠也も真也と同じく安堵の気持ちを感じ、深く感謝していた。
「誠は願いごと何にするの?」
「んー、そうだなあ」
顎を手の上に置き、黒のペンをくるくると回転させているうちに誠也はあることを思い出した。
「そういやさ、真。記憶のある限りでいいんだけど、
どうして自分にそれを問うのか、と言う顔をして真也は誠也の隣に座った。
「質問間違えてない? 誠が成くんについて知らないことを俺が知ってるわけないじゃない」
「そう、だよね。ごめん」
「どうしたの?」
言おうか否か、誠也は迷ったが、机上の飾り達を真也に手渡しながら口を開いた。
「探ってるんだよね、優くん。そして恐らく折笠さんも、先輩も……と言うか
Spearsとは、先程ちらりと真也が口にしていた黄色の槍を操るチームの名称だ。つまり誠也のそれは、航と梨紗と真也以外の
「探る? 何を?」
「成くん個性強いじゃん? 変わってるし。それ昔からなんだけどさ。みんなからすると違和感があるんだと思う。下手しいデッドのスパイとか、そんな感じの想定をしてるんじゃないかな」
誠也の憶測を耳に入れながら飾りつけを進めていた真也は振り向き笑い出した。
「スパイ? そんなわけないでしょ。みんな分かってないよ。成くんはあれが普通なんだから」
「やっぱり、真は分かってくれるよね?」
深く頷いた真也に、誠也は胸を撫で下ろす。
「それに成くんも
誠也は自身のACに刻まれている“
「誠はもし、成くんが本当にみんなが疑ってるようにスパイだったらどうなのさ」
「え……」
自身の背中に向けられている真也の視線を、誠也は受け止めた。
「成くんが、そんなわけない。この世に絶対なんて、ないかもしれないけどさ……僕はそう思いたくないし、思えないよ」
真也が失踪し、心が崩壊しそうになった誠也をずっと支え続けてきてくれた賢成。そんな賢成に疑いをかけることは出来ないし、したくない。
「確かに、絶対はないかもね。でもさ、ぶっちゃけどっちでもよくない?」
「人に聞いといてその返しって……」
くるくると再びペンを回転させながら、誠也は真也に溜息混じりの声を返した。
「もしデッド様に操作されちゃってるとしてもさ、助ければいいじゃん。俺を助けてくれたみたいに」
誠也の手元の動きは静止する。
「俺が言える立場じゃないんだけどさー、何回でも説得すればいいよ。もちろん仮にそうならの話しだからねっ、お?」
「ん? 何?」
真也の変調した声に誠也は振り返る。そこにはサファイアブルーの色素を持つ大きな蝶がふわふわと笹の葉と戯れる様子があった。
「すっご! めっちゃ綺麗! こんな蝶々見たことないかも。あっ」
真也が指先を差し出すと、蝶は危険と認知したようだ。方向を変え、遠くの空へ飛んでいってしまった。
「あーあ、いっちゃったー」
残念そうな真也。誠也は小さくなっていく蝶を見送り、少しの間考えを巡らせていたが、黒ペンのキャップを抜くと短冊にサラサラと文字を書き始めていた。
◇◇◇
日が地平線に沈み始めた頃。仁子は大学で所属しているサークルが使用許可を得ている一室にいた。黒と白の鍵盤の上で踊る指先。開いた窓の隙間から軽快なピアノの音が流れ出していく。
自然に身体を揺らしながら奏でることに集中し切っていた仁子は、扉が引かれる音に気がつかなかった。一頻り弾き終えた瞬間、拍手を送ってくれた人影に目をぱちくりさせた。
「先輩、いついらっしゃったんですか?」
その主は輝紀。
「んー、結構前から。聴き入ってしまったよ。仁子ちゃん、ピアノ凄く上手だね」
「いえ、そんなこと……ただ幼い時から何となく続けているだけです」
「ひとつのことを継続するってそんな柔なことじゃないよ。素敵だよ」
「……ありがとうございます」
謙遜しながらも素直に嬉しさを感じた仁子が微笑むと、輝紀は少し切なそうな表情を浮かべた。
「どうか、しました?」
輝紀は置いてあった適当なパイプ椅子を立てると腰を下ろした。
「仁子ちゃん、最近、元気?」
輝紀に問われ、仁子の胸はドキッ、と音を立てる。しかし何食わぬ顔をして先程よりも柔らかい笑みを浮かべた。
「元気ですよ」
「そう、仁子ちゃんって、悩みとかあんまり人に話さないタイプ?」
「あー、そうですね。話さないかもしれない」
「かもしれないじゃなくて話さないよね」
「先輩は、鋭いですね」
「鋭くないよ。見てれば分かるよ」
輝紀は何かを誤魔化すように視線を逸らした。仁子は多めに瞬きを繰り返す。
「その……本当に、辛いことがあるならこんな僕でよかったら、いつでも話聞くよ。ひとりで考えてると、どうしたらいいのか分からなくなる時があると思うんだ。だから、こんなやつなら、近くにいますよって……」
こちらに顔を向けなおした輝紀の頬は少しばかり熱っぽい。思わず口元に左手を当てて仁子はくすくすと笑ってしまった。
「先輩、ありがとうございます。気にかけて下さるの、嬉しいです……あら?」
仁子は椅子から立ち上がった。気になったあるものをよく見ようと、窓際へ向かう。
「わ、何かしら」
左手の指先に大人しく留まったのは、サファイアブルーの色素を持つ蝶。
「先輩、見て下さい。珍しいちょ……あ!」
仁子が輝紀を振り返ると同時、蝶は暴れるようにその羽を動かし飛び上がった。
「仁子ちゃん!」
輝紀の足元から広がり始めたグレーの泉。仁子の悲鳴を上げた。蝶から姿を変化させたデッド手下・
響いた銃声。一度瞑った両目を仁子は開けた。生きている、銃弾が命中しているのは壁。
「せ、せんぱ……」
そうしたのは輝紀だ。仁子の身体を引き寄せ、秒速で緑の
輝紀が睨みを利かせた先には、窓枠を越え侵入を遂げようとしているフォロワー。そのフォルムは人間のような姿をしているのにそうとは言い難いような気味の悪い外見で、纏われている服も、グレーの仮面で覆われていないほうの素肌も黒一択。第一の物語と比較する唯一は、たった今放たれた銃弾だ。操る武器が剣から銃へと変更されている。
仁子も自身のACに刻まれている
発砲された連弾を仁子は全て左の壁へと剣の腹を使いはらいのける。輝紀がフォロワーの背後に周り斧を振り切ると、その背中から黒い血飛沫が撥ね上がった。
飛沫は鍵盤にべちゃべちゃと付着し、白の部分を派手に汚していく。どろっとそこから垂れ落ちる生々しい血液にも動じず、仁子は輝紀に続いて剣を振り上げると、フォロワーに一撃を喰らわせた。
「まだいたか」
倒れたフォロワーの姿が消えていく中、開いた窓から新たなフォロワーが数体湧き上がってきた。しかし、そのフォロワー達が銃を構えるより遥かに早く、輝紀は斧で纏めて腹を斬り裂いた。
「テルキさん。
仁子は左手首辺りを弄る。立ち上げたメニュー画面をスライドさせ“
輝紀の斧の矛先がフォロワー達の身体を貫く。
「多分、もう……」
斧を振るい窓の外へ屍を落としてから、通路側の扉から飛び込んできたフォロワー達に輝紀は斧を振り上げた。
フォロワー達の銃口から弾が飛ぶ。身体を捻り華麗にかわすと輝紀は頭のてっぺんから真っ二つに斬り裂いた。
「大丈夫」
床一面を覆うように広がった黒の血液。断裁された漆黒の兵達は、泡の如く消えていく。
黒い血液に染められた床は少しずつ正常な色へと戻り出す。それに伴い仁子と輝紀も通常の空間へとAdaptされた。
平常を取り戻した一室。窓以外の扉は閉まり、ピアノの鍵盤も元通りになっている。乱れた机や椅子の位置もだ。
「いやあ、びっくりした」
脱力した輝紀が座り直した傍に、仁子はパイプ椅子を組み立てると、息をつきながら腰を下ろした。
「今回はカラスの羽じゃなくて、あの青い蝶がテーマみたいですね」
「うん、そのようだ。優には僕から連絡するよ。みんなに共有してもらおう。第一の物語とはやはり少し違う雰囲気だね。いつくるかは分からないから警戒は必至だ」
「先輩、どうして分かったんですか? 二人で倒しきれる数だって」
仁子の問いかけに、輝紀は首を斜めにし、笑んだ。
「ただの直感。それと、僕の我儘かな」
「我儘?」
ガラッ、と開かれた扉に会話は途切れる。さっきの今だ。バッ、とそちらを振り返った二人の視線は激しく凄みが効いていたようだ。扉を開いたのは仁子の友人だった。びくっ、と顔を強張らせた友人に、仁子ははっとし口を開いた。
「ご、ごめんっ。驚かせたわよね」
驚いていた友人の顔は次第に緩み、にやっ、とおもしろそうな表情になった。
「うん、でも大丈夫。こっちこそごめんね。そんな顔するくらいお邪魔だった?」
「へっ?」
友人の視線が輝紀を捉えていると理解した仁子は、逃げるように走り出した友人を追い駆けるべく立ち上がった。
「もうっ、先輩ごめんなさい変な誤解を生んで。ちゃんと弁解しておきます! またあとで連絡しますね!」
「あ、仁子ちゃん!」
それ以上開かない扉を無駄に押しやり仁子は飛び出した。
ひとりになった輝紀は窓辺へと静かに身を寄せた。もやもやするのは自身の“我儘”のせいだ。大きな溜息は零れた。
「……弁解、しなくてもいいのに……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
◇Link◇
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051
・EP1:※◇16
・EP1:※◇22
・EP1:七章全体
・EP1:◇29
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