一章:開戦ノ歌声

◇1.第二の因果の物語






 ――ニO◇◇年・現在――






 ほんの少しばかり季節は進んでいた。木々が薄ピンク色の桜の花びらを失い、葉が太陽の光をたっぷりと吸い込み濃い緑に変わる頃。とある駅の改札を潜った少年、眩しい昼間の高い日差しに顔を顰め、空を仰いだのは五十嵐優いがらしゆうだ。


「五十嵐くん!」


 呼ばれたほうを向く。待ち合わせの約束をしているナチュラルブラウンの髪の毛をポニーテールに結っている美女、折笠仁子おりかさひとこが駆け寄ってきた。


「よ、悪りぃ。待たせたか?」

「ううん。そんなことないわ。場所はバッチリだから、安心して」

「お、さすがスマートフォン持ちはちげぇな。助かるわ」

「任せて。いきましょう。こっちよ」


 優が到着するまでの間に、仁子は地図のアプリケーションで目的地を見事に調べていたようだ。優は自身のガラパゴス携帯をパカパカとさせながら、仁子についていく。

 

 二人が向かう先は椿誠也つばきせいやの家。そこには第一の物語で倒さずして漆黒の組織Dark Mentersから無事奪還したDark Aダークエー、改め誠也の双子の弟でありCrystalクリスタルに選ばれし者のひとりと化した椿真也つばきしんやが居候している。


 丸六年間失踪していた真也。警察からは生きてはいないだろうと告げられていた彼はCrystal gameクリスタルゲームのラスボスと言える存在Deadデッドに目をつけられた。小さなコルクつきの瓶に入った黒い粉薬を飲まされたのちに彼は連れ去られ、Dark Mentersダークメンターズの一員へと化していた。Memberメンバー達の中でただひとり、痛みを伴う特殊な能力の備わった赤い左目を持つ優は、彼の過去の一部始終を映像として知ったのだった。


 Crystalに選ばれし者の中で唯一デッドと接触をしている真也。彼のDark Aであった時の記憶がどこまで残っているか定かではないが、進まざるを得ない第二の物語をAdaptアダプト:適応する前に、真也のこと含め全体的なもやつきは消化し共有するべきだとMember達の意見は一致した。


 優と仁子は歩き始めて五分ほどしたところで階段を二階まで上がり、誠也の住むアパートの扉の前に到着した。仁子がインターフォンのボタンに触れると、扉の向こうからパタパタと小走りなスリッパの音が響いてくる。ガチャと鍵の回る音と共に、茶髪のメンズボブの少年が現れた。


「優くん! いらっしゃい!」

「おお、真也! よかった。もう結構元気そうだな」


 出迎えてくれたのは、目的の張本人。


 真也に会いにくること並びに第二の物語へのAdaptまで少し時間を置いていた理由は、真也の体調を窺っていたためだった。誠也からもう大丈夫だ、と連絡が入ったことに対し納得がいくレベルの本来の陽気さを取り戻している真也に、優と仁子は安心し笑みを浮かべた。


「うん! もう元気! あ、えっとー」

「折笠仁子。Adapt Nameアダプトネームは“NINニン”。よろしくね」

「仁子ちゃん、覚えたっ。こちらこそよろしくね!」


 まだ全員の顔と名は一致していないようだ。仁子が差し出した右手を、真也は両手で取ると軽く上下に揺するように動かした。


「優くん、折笠さん、ごめんね。こんな狭いところに」


 廊下の先、開いた扉の隙間から誠也の顔が覗いた。ローテーブルにはニリットルのお茶のペットボトルが二つと、大皿いっぱいのうさぎ型に切られたりんご。そして誠也の向かいには、そのりんごをひとつ口に咥えている西条輝紀さいじょうてるきの姿があった。


「あ、先輩。今日もいらしてんですね。お疲れ様です」


 仁子が挨拶すると、しゃくしゃくと一度に口へ入れ過ぎてしまったりんごを噛みながら輝紀は目尻を下げ挨拶代わりに頷いた。輝紀はあれから数回に渡り、真也の見舞いに足を運んでくれていると誠也から聞いていた。


 仁子は輝紀の隣へ足を折って座った。


「えーっと、どうしよ。優くん申しわけないんだけど、僕のベッドの上でもいいかな」

「おう、全然! むしろ歓迎なんだけど」

「えー! じゃあ俺も優くんとベッドの上座ろっ!」


 学生の住む1Kの一室。五人も集まればかなりの密集率だ。誠也の申しわけなさそうな様子とは裏腹に、優は真也と一緒にノリノリでベッドの上へと飛び乗った。

 

 誠也は紙コップを二つ取り出し、優と仁子の分のお茶を注ぎながら再び口を開く。


「二人が到着して早々なんだけど、しん、今日夕方にはここを出ないといけなくて。取り急ぎDark Aの記憶について話したほうがいいかなって思ってるんだけど……」

「あ、まじか。何か用事あんの?」

「うんっ。仕事。超久々にっ」


 誠也からお茶を受け取り口に含んだ仁子は噴き出しかけたが堪えたようだ。優も瞬きを早める。


「仕事って、え、な、何の?」

「何のって普通のお仕事だよ? 俺、バーテンなの。」

「バーテンって、バーテンダー?」


 仁子に向かって真也はシェイクをするようなジャスチャーをしてみせる。


「てか、久々にって今言ったよな。自分が何聞いてんのか分かんなくなるんだけどよ、いつからそこで働いてんだ?」

「えと、高校出てすぐだから丸二年くらいっ。俺、将来お店出したいんだよねー」


 初っ端から優と仁子の心には“理解不能”の文字がズシズシと突き刺さってくる。


「どういうことなの。だってあなたの仕事、Dark Aだったじゃない。本当に真也くんなの?」

「仁子ちゃん……おもしろく混乱しているね」


 りんごを食べ切った輝紀は、Dark Aを“仕事”と称した仁子の表現が少々ツボに入ったらしい。続いた真也の回答は、優と仁子をさらにたまげさせた。


「うん。俺は真也くんだよ。何かねー、Dark Aはぶっちゃけ片手間的な感じでさー」

「いやいやいやいや! ちょっと待とうか真也くん!」


 真性のツッコミ気質である優は、これに黙ってはいられない。


「片手間って何!? そんな軽いノリだったのあれ! 言いたくねぇけどめっちゃ兄貴誠也殺したがってたよ君!? 折笠の顔面も血まみれにしてたし、俺の左肩も……あ、それも聞きたかったんだ。そういやあの本は? ムカつくけど天使に……」


 優が言い終わるか終わらないかのうちに、誠也が自身の鞄に手を伸ばし、優が示したあの本を取り出した。


 あの本とは、無論Crystalのブックのことだ。


 ブックは全体的に茶色く黄ばみ、古びた不気味な雰囲気をしている。表紙には真っ直ぐと助けを求めるように伸びている灰色の腐敗したような人間の片手が描かれており、その手を殺り込めるかの如く、刃物のようなものでつけられた無数の傷跡。さらにそれらとはミスマッチな輝きを持つ透明な水晶で作られた大きな“Crystal”のタイトル文字が刻み込まれている。


 あの天使とは、ブックに宿っているこのgameのOrganaizerオーガナイザー:主催者と優達選ばれし者達とを結ぶ自称あくまでも中立な仲介者、精霊フォールンのことだ。優はいまいちこのフォールンが気に食わず信用していないのだが、否が応でも関わり合いを持つことは致しかたないのだ。


 誠也がブックを開こうとするが、ぐぐぐぐ、と中から引っ張られていると窺える。輝紀が誠也からブックを受け取り同じように開こうとしてみるが結果は同じだった。


「うん。まだ、ダメみたい。へそ曲げタイムだねこれは」

「何でだまじで!」


 フォールンがMember達の必要だと感じたタイミングでブック開いてくれることは極めて稀。大概はこのようにへそを曲げ、意地でも開かれるまいと抵抗してくるのだ。


「フォールンは後回し。真、優くんと折笠さんがこれ以上混乱しないように纏めて説明してあげて」

「おっけー」


 誠也の指示に、真也はOKのポーズをすると語り始めた。


 真也が誠也と揉め家を飛び出したあの日、丘の上にある公園でデッドと遭遇し、ヤツの所有するDead Mental Crystalデッドメンタルクリスタルから抽出し造り出された漆黒の粉薬を飲み込むことで、デッドの忠実なるしもべDark Aへと化した。デッドから召集がかかると指定された場所を訪れ、指示されるがままに、配下につくFollowerフォロワー:手下達と共に剣を使いこなすための稽古を積んでいた。

 

 しかしその一方で、何の不自由もなく普通の生活も送っていたと言うのだ。真也は総じてデッドには可愛がられていたと話す。デッドに粉薬を飲まされ一瞬意識は飛ばしたものの、目を開けると全く同じあの丘の上にある公園にいた。デッドから与えられた今誠也が暮らしているような1Kの一室で生活し、それまでと変わらず中学に登校し、高校受験もした。高校卒業と同時、今日これから出勤するお洒落な都会の街の一角に構えているBarに見習いバーテンダーとして就職をし、以来ずっとそこで働いている。バーの支配人に確認をし、真也は今日まで季節外れのインフルエンザにかかり一週間療養を余儀なくされている設定になっていると言うことも判明した。

 

 そして、デッドからは左手首に巻きつくブラックのAdapt Clockアダプトクロック:ACを愛おしそうに撫でられながら言われ続けていたあることだけは強く覚えていると言った。


“時がきたら、誠也を殺したいと言う君の願いは叶うよ”


 不可解である点は、真也の日常の中には誠也も、中二の時に転入してきた友人であり選ばれし者のひとりである白草賢成しらくさまさなりも、もちろん両親も含め真也がそれまでに出会い知っている人間は誰ひとりとして存在しておらず、通っている中学も同じだがその中身はごっそりと全て変わっていた。デッドから与えられた一室は失踪前に暮らしていた家からそう離れたところではなかったため、ふらりと一度気まぐれに実家へと足を向けたことがあったのだが、忽然と消えており見つからなかったと言う。当時の真也は家族への嫌悪感が半端ではなかったため、消えていようが構わず、不思議と特に気にはならなかったそうだ。


「ま、今となっては、全体的にいろいろおかしいし、違和感だらけなんだけどねー。ははっ」

「まじで軽いなお前……」

「本当に、誠也くんとは真逆よね……」


 あっけらかんとしている真也に、優と仁子は脱力する。そのサイドで真剣な表情を浮かべているのは誠也だ。


「真にその一室の住所を聞いて、僕、そこにいってみたんだ。でも、その場所は何回確認してもただの空き地で建物は存在してなかった。でも、高校卒業も問い合わせたらちゃんとしてるし、働いてるバーも存在してる。ただやっぱり中学だけは……建物を確認しにいったその足で真と仲のいい幼馴染の子のところへ話しにいったんだけど、見つかったってことに相当驚いて号泣してたし、僕達のサイドで真はちゃんと失踪していることになってるみたい」

「うーん……何度聞いても不思議の度合いが。イメージとしては、かたちなんだろうね。恐らく」


 ハイ頭脳である輝紀もこの話のややこしさには頭を痛め続けているようだ。確実にデッドに弄ばれている、それだけは、理解に通ずる。


「私が気になったのは“時がきたら”の“時”。それの理解は私達がgameに参加した瞬間って言うことでずれはなさそうかしら」

「うんっ。そうだと思う。デッド様に“時がきたよ。いっておいで”って言われて“はーい”って返事したら意識が飛んでて、目を開けたらDark Aの格好になってこのアパートのベランダに到着してたって感じ。で、襲った」

「真が話すと全くシリアス感がでねぇのがすげぇな……ん、待てよ。ずれてねぇか」


 仁子の質問と真也の回答に相違があることに、ふと、優は気づく。


「今の真の返事だと“時がきた”のは俺達がgameに参加した瞬間じゃなくてgameを進めた中で発生したポイントでじゃね? てかそもそもさ、お前、誠也奇襲する前に起こった俺達とフォロワーの初戦の時いただろ」


 思い出されるは、初戦時の黒い血だまり池。その中にポタポタと落ちていた赤い鮮血。Memberのひとりである笹原杏鈴ささはらあんずに向かい猛スピードで襲いかかっていったあの姿。


「ん? それ、俺知らないよ」


 真也の回答に、優の瞳は大きく開いていく。あの時の鮮血はDark Aが背負っていたマントに刻まれていたアルファベットの“A”から滴り落ちたものであるとてっきり思い込んでいた。


「俺がデッド様に言われてバトルフィールドに行ったのは二回だけだよ? 誠を襲った時と、みんなが俺を連れ戻してくれた時。それ以外は知らない」

「知らないって……確かgameには大凡の進行順序があるんじゃなかったかしら。それを素っ飛ばして真也くんが誠也くんに奇襲をかけたってフォールンが言っていたような気がするんだけど……」

「えっ、そんなのあるんだ。俺はただデッド様に従って動いただけだよ。“時がきた”からいってきなさいって言われただけ」


 真也と仁子のやり取りを背景に、優は思考を巡らせる。あの時の赤い血液が真也のものではない――Adaptされていたのは第一の物語だ。フォールンが予測している残り二人のリーダーではないかとされている“Dark Rダークアール”と”Dark Kダークケー”である確率はgameのルール上低いであろう。そうとなれば、あの鮮血を残すことが出来るのは、もうたったひとりしか残されてはいないのだ。



「デッド……だったんだな……」



 優の呟きに誠也の目が震える。あの時デッドに対峙した賢成の姿が浮かぶ。彼の戦闘能力はやはり軍を抜いている。あの瞬間現れてくれなければどうなっていたのだろうか、考えるだけで恐ろしい。


「……本当に、油断、ならないね」


 神妙な面持ちの輝紀に優と誠也は頷いた。三人を余所に仁子と真也の会話は継続している。


「と、言うか、真也くん、デッドの顔、知ってるのよね? どんな顔をしているの?」

「あ、それがさあ、見たことないんだよね。デッド様の顔、一回も」

「えっ、どうして?」

「多分、恥ずかしがり屋さんなんだと思う。ずっと仮面つけてたもんね」


“多分、恥ずかしがり屋さんとかそんな可愛いもんじゃないと思う”と優はツッコミを入れたかったが抑え、そのまま二人の会話に耳を傾ける。


「じゃぁ、他のリーダーは? “R”と“K”って言うフォールンの予測は当たってる?」

「他のリーダーって、誰? そんな人いるの?」

「え? 逆にいねぇの?」


 今度はツッコまずにはいられなかった。優は引きつり気味の顔で真也に問うた。


「何かさー、多分俺よりみんなのほうが詳しいんじゃない? 俺はデッド様とフォロワーにしか会ったことないはずだよ」


 誠也はブックを引っ掴むと、力を込め無理矢理開こうと歯を食いしばり始めた。聞けば聞くほどわけが分からなくなっていく話に心が限界を迎えたのであろう。


「ふぬぬ……フォールン~! ふわあっ!」


 誠也から気の抜けた声が上がる。背丈およそ十センチほどの小さなブックの精霊は、ようやく表紙を開く気を起してくれたようだ。開かれたページ上にはグレーのワンピースの裾をパタパタと動かすフォールンの姿が現れた。


「このへそ曲げ天使! やっと出てきやがったな!」

『全く、“赤い左目”をお持ちのお兄様は、いつまでわたくしのことを嫌い続けるんでしょうね』


 軽く皮肉っぽい言いかたに、優は眉間に皺を寄せたまま口を閉じてしまった。ふと、仁子を見ると急に表情が暗くなったように感じたが、声をかける前に、フォールンの言葉が続いた。


『あれ? これだけですか。他の皆様は?』

「それぞれバイト、仕事があるみたいで無理だと聞いているけどそう言えば、誠也くん、白草くんはどうしたんだい?」


 フォールンの質問に答えつつ、輝紀は誠也に問いかける。不在のMember達の中で唯一、賢成の理由だけ把握が出来ていなかったようだ。


「あーと、なりくんもー、ちょっと、予定が、あるみたいです」


 誠也が何故か眉を少し下げ気味にしながら輝紀にそう返すのに、優は軽く首を傾げる。


『そうでしたか。まあ別にいらっしゃらなくても問題はございません』

「は?」


 フォールンは小さな右手を高く上げるとパチン、と指を鳴らす。視界がぐわんと大きくぶれたかと思うと、各々の左腕につくACエーシーは同じ光をパアッと放つ。気味悪く時計針は数度反回転し終えると、スウ、と溶けるようにその光を飲み込んでいった。


『はい。たった今、【Episode twoエピソードツー】、あなた達全員に第二の物語をAdaptさせて頂きました~っ、ぱちぱち~』


 楽しそうに両手を広げ、にこっ、とフォールンが微笑んだ。数秒ののち、五人の口から叫び声が上がった。



 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 ◇Link◇

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881417051

 ・EP1:※◇16

 ・EP1:※◆17

 ・EP1※◇24

 ・EP1:七章・八章全体

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