Prologue:これは僕達への、永遠に続くメッセージ

◇Prologue



 


 ――二〇××年・未来――


 




 チェックのシャツにジーンズを履いた素朴な青年は、都会の一角にある洒落たカフェでミルク入りのホットコーヒーを口に含んでいた。

 

 大学時代以来の街並み、せかせかと急ぎ歩く人々、全てが久しぶりに見る光景で新鮮な気持ちになる。地元ならスカスカであろうカフェも都会は違って、平日の夜も遅い時間なのに空いている席はないのではと感じるほどに混み合っている。


 チリリーン


 扉が開く音。そちらに目を向けると、懐かしすぎる顔が覗いたと同時に素朴な青年は確信した。明らかに昔よりその美麗さは増している。歳を重ねて尚、ビジュアルのよさを保ち続けているその青年の決まった紺色のスーツ姿は、素朴な青年には周囲の誰よりも輝いて見えた。


 興奮気味に立ち上がり素朴な青年は笑顔で手を振る。スーツ姿の青年はその手に気づくと表情を緩ませ歩み寄ってきた。


「久しぶり!」

「……久しぶりだな」


 二人は向かい合い、ソファに腰かけた。


、かな?」

「……ん? ああ、サンキュ」


 スーツの青年がジャケットを脱いでいる間に、素朴な青年は“ブラックのホット”をサクッ、と注文した。


「いや~、変わらないねぇ」

「……お前もな」

「相変わらずイケメン過ぎるよ。ほんとに。いい感じに渋くなったね」

「……そうか?」


 間もなくして席に運ばれてきたホットのブラックを受け取ると、スーツの青年はすぐに口へと含ませた。


「って言うかさぁ、何年ぶりかなぁ。会うの」

「……えー」


 スーツの青年が両手を広げ、順々に指を折り込んでいく。


「……十五年、振りだな」

「ひえぇっ! 十五年!? こっわ~」


 衝撃的な年数に素朴な青年は悲鳴を上げた。指折り数えた当の本人も驚きを隠せないようだ。


「そうだ。きてくれなかったもんね結婚式! だからそんなに会ってないんだ! あれ地味に寂しかったんだよ?」

「……すまない。本当にそれは申しわけなかった。出席したい気持ちは山々だったんだが、実はその時期、かなり忙しくしていたんだ。フランス赴任一年目の真っ只中で……」

「フ、フランス!?」


 さらさらと流れるようにスーツの青年から飛び出した言葉に、素朴な青年は再び驚かざるを得なかった。


「え、ね、ねぇ。今、一体何をしてるの?」

「……出版社で働いている」

「出版社!」


 今日は実に衝撃のきつい日だ。落ち着きを取り戻すため、素朴な青年はミルク入りのホットコーヒーに砂糖を落とし、くるくると掻き混ぜると、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。


「……フランス赴任を言い渡されたその年にお前の結婚式が重なっていて。俺自身、当時は要領も悪くてな。調整がどうしても難しかったんだ」

「そう、だったんだね。いや、ごめんね。全然、冗談で言っただけだったんだけど……フランスにはどれくらいいたの?」

「……二十六か、二十七の歳からだったから、大体八年くらいか。それで帰ってきたんだ。この前、お前に電話をした日に」

「え! そんな感じ!? つい最近だよね! どんだけサプライズ持ってるの!」


 素朴な青年を落ち着けようとスーツの青年がホットコーヒーを追加注文したタイミングで、ちょうど素朴な青年のカップは空っぽになった。スマートさにも抜かりがない。


「じゃ、じゃあ、ずっと、日本にはいなかったんだね」

「……そう言うことだな」

「そうだったんだ……」

「……お前は、教師だったか?」

「あ、うん。高校の国語の教師。今、奇跡的に母校に赴任になってさ、充実してるよ」

「……すまない。わざわざ、こっちまで出てきてもらって」

「ううん。明日休みっちゃ休みだし。見てる部活も午後からだから大丈夫」


 追加のホットコーヒーがそっとテーブルに置かれるのに合わせ、素朴な少年はスーツの青年の瞳の奥を探るように見つめた。


「ねえ、何か、俺に聞きたいことがあるんでしょ? もしくは、話したいこと」

「……お前も、

「そうかな。俺、結構傍で見ていたつもりだけど。もしかしたら、しれない」

「……それなら話は早いな。じゃあ、まずは話したいことからでもいいか?」

「どうぞ。お構いないですよ」


 スーツの青年は、小さな深呼吸をした。


「……夢を見たんだ」

「夢?」

「……フランスから帰国する飛行機の中で、の夢を見た」


 素朴な青年は目を丸くし、空気を呑んだ。


「……何かを伝えるように話していたが分からなかった。聞き取ることは出来なかった。背きたくても、背くことが出来なかった。」


 スーツの青年の切な気な目線は、ブラックコーヒーの水面みなもへ呑まれゆく。




「……あれから、一度も見たことはなかった。の姿は」










『僕達に残ったもの。


 たくさんの、苦しみ。


 たくさんの、後悔。


 追い出したくても追い出すことは出来ない、姿


 これは、僕達への、永遠に続くメッセージ戒め







 Crystal:Episode two



 ――The singing voice was flooding tears from the boy’s heart.――

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