おしゃべりな箱(後編)
青年は言った。
暗くて何も見えないという
のはとても辛いものなんだ
ね。今まで簡単に思ってい
たよ。今までいろんなこと
が当たり前にあると思って
いたけれど、こうなるとと
ても輝かしく見えるよ。田
舎の母は元気だろうか。僕
のことで迷惑がかからない
といいのだけど。いや兄さ
んがいるから大丈夫か、兄
さんは賢い人でね。きっと
団体から家族も守れるだろ
う。いつも優しい言葉をく
れていた姉さんもいる。き
っときっと大丈夫だ。ああ
そう思えば少しは安心だ。
「それはよかったわ」
彼女は潰れていく箱に向かって言った。
何も良くなっていない。先ほどより鉄製の箱が歪になっただけだ。しかし、そう言って自分を納得させるしかないのだ。なぜか人間は自分がいなくなった後の世界の平和を望む。
プレス機は変わり映えのしないゆったりとしたスピードで箱を軋ませている。
青年は言った。
ああ、弱ったな。箱の
中の僕の姿は見えない
だろうけど、ひどい姿
勢で苦しいよ。どんど
ん狭くなっていく。後
悔はないけれど。でも
僕以外にもっと死ぬべ
き人間いるんじゃない
のか。そうだ僕より世
界に必要ない人間はた
くさんいるはずだ。ど
うして僕なんだよ。神
さまでもなんでもいい
からどうにかしてくれ
よ。ああ、どうか。ね
ぇ!君はそこにいる?
僕の声は聞こえてる?
「ええ、聞こえているわ」
死ぬべき人間というのが、向こうにとってはあなたが一番先なのだとは言わなかった。
青年が叫び声を上げた。
痛い!僕はま
だ死にたくな
い!!誰かぁ
!誰か代わっ
てくれよお!
いやだ!お願
いだ!誰かぁ
助けてくれ!
悲鳴に近い声が工場内に響いたが、誰にも聞こえない。
でも、きっと誰かに聞こえたとしても、誰も代わるとは言ってくれないだろうと彼女は思った。
うわあな
んでいや
だよおお
プレス機を操作していた男がさらにレバーを押した。
僕は
後悔
グシャリと、箱が潰れた。
「そう」
底使ちゃんは彼女だけが聞こえた最後の言葉に返事する。
プレス機を操作していた男は、プレス機に近寄って確認もせず、出口に向かっていく。電気が消え、扉を閉めるガチャンという音が響いた。
暗い中でプレス機の前の彼女はその潰れたものを見ながら言った。
「静かね」
<了>
幼女が殺しにやってくる 平カレル @hirakarel31
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