7:偶然の交錯
「あんまり進展はなかったですね」
最上が帰ったあと、山代は顔をしかめ、悔しそうに机を叩いた。
「いや、そうでもないだろう。今まで気付かなかった点もあったし、お前の質問も悪くはなかった」
「え、そうですか」
山代の悔しそうな表情は一変し、嬉しそうに笑う。
「夜も遅いし、飯でも食ってくか」
「あ、はい。ついていきます」
ファミレスを後にした二人は、駅の隅にひっそりとに佇んでいる居酒屋に入った。もう一人の関係者である三田優がアルバイトとして働いていたとされる居酒屋である。入ると店員の活気溢れる挨拶が四方から飛び交う。
すぐに厨房から一人の男が二人の前まで小走りで来た。
「いらっしゃいませ、二名様ですか」
鉢巻きを巻き、褐色のいい肌をした男は『店長 あきなか』と書かれたネームプレートをつけている。目の前にいるのに、鼓膜をつくような通る声で質問を投げてくるので、適当にあしらい、個室に入る。
「ウラさん、何食べられますか?」
「何でもいいから好きなものを選んでくれ。何でもつつくよ」
山代は頷き、店員を呼ぶと、ビール二つにつまみを五、六品頼んだ。
ドア越しからでも注文の声がうっすらと漏れる。
あれだけの活気なのだから仕方のないことだ。個室の防音性と彼らのやる気を褒める他ないだろう。卜部は『うるさい』の四文字をビールと一緒に喉に流し込む。
近々に冷えたグラスから溢れるアルコールは現場で歩き回った足と、聞き込みで疑問を投げ続けた喉と、真相にたどり着くためのロジックを考える頭を同時に癒してくれる。全身にアルコールが染み渡る感覚を楽しみながら、今日一日の成果を振り返った。
最上の証言から、件の焼却炉が普段からいたずらで使用されていたことは判明した。そこに目をつけて自殺ないし殺人を犯した可能性は高い。
気になるのは、通報のタイミングだ。最上の言う通り、普段の通報が焼却後ではなく、焼却中であるのであれば、今回は確かに普段と違う点となる。もちろん、たまたま、という可能性も頭の片隅に入れながら、理由を自問自答する。
何故通報が遅れたのか。気づけなかったのか。とすると何が要因なのか。犯人、もしくは相澤恭香に何らかのトリックを使ったとも考えられる。
しかし、その理由は?
ううん、と卜部は頭を捻った。考えても答えは見つからなかった。
「逆に、通報をわざと遅らせたんじゃないですか」
運ばれてきた唐揚げを頬張りながら、山代は新しい説を唱える。
「どういうことだ」
「今回の事件のポイントはやはり丸焦げに焼かれた女子大生の死体という変死じゃないですか。自殺・殺人、どちらであったとしても、丸焦げにしたかったと考えれば、通報が遅れた理由も筋は通ると思います。だって早く通報してしまえば、それだけ丸焦げに出来ないですもんね」
「でもそれは通報者のさじ加減だろう」
「そこなんですよ、そこ」
酒も回り、興奮したのか持っていた箸で卜部を指す。
「これが自殺ならおそらく何かのトリックがあったのだと思います。でも他殺ならもっとこの事件の解明は簡単に結び付きますよ。通報者はおそらく犯人だと僕は思うんです」
「他殺の線で考えるとやはり辻褄は合うな」
「まあ自殺の線が完全に無くなったわけではないと思いますが」
「まあな。遺書はやはりフェイクだと思うか」
「そうですね。ただ気がかりなのは文面ですね」
山代は卜部と同じ考えを持っていた。
卜部は他殺の可能性が高いと考えている。しかし、考えれば考えるほど、相澤恭香が遺したとされる遺書が卜部の前に立ちはだかる。
『この死を持って、私――相澤恭香は自由を手に入れるのだ』
この文面に込められた想いは何だったのだろうか。犯人が自殺を偽装するために書き記したものとしては、言葉に本人の意思も感じる。
「深くは考えない方がいいんじゃないですか。それが犯人の狙いかもしれませんし」
「まあ、そうとも考えられるがなあ」
卜部はまだ後ろ髪が引かれる思いがあったが、殺人説は元々卜部が唱えてきた説であるので、強くは言えない。自分の長年積み上げてきた経験から導きだした勘を自分が信じなくてどうする、と言い聞かせた。
「犯人は、何故丸焦げにしたかったのだろう」
「そりゃあ、それだけ憎しみを持っていたからでしょう」
「それでも残忍な殺し方が数ある中で、焼却炉に投げ込んで燃やす選択肢をとる理由があるか? 聞こえは悪いが、それこそ包丁で滅多刺しでも充分に恨みは晴らせると思うもんだが」
「それこそ犯人に聞いてみないとわからないことじゃないですか。でも例えば僕が犯人だったら、身元が解らなくなるまで焼くことで、警察の捜査を撹乱しようとしたとも考えられますね。遅れれば遅れるだけ、その焼死体はただの肉塊に過ぎないのですから」
「……ちょっと待て、山代。今何て言った?」
卜部は山代の言葉を制した。たった今、山代が発したある言葉に引っ掛かりを覚える。
「どこの話ですか」
「相澤恭香の焼死体を丸焦げにし、わざと通報を遅らせた理由だ」
「え、でもさっきのは、あくまでも僕の推測ですよ」
「良いからもう一度言うんだ」
卜部が山代を急かす。
「えっと、相澤恭香の身元確認を遅らせるためです」
「……そうか、そういうことか」
山代のある言葉によって、卜部の頭の中で一本の線が繋がった。
しかし――。
しかし、そんなことが可能なのか。
そんなことを警察の目を、社会の目を、くぐり抜けて実行することなんて出来るのか。
卜部は逸る気持ちを抑え、推理を再構築する。
問題はある。この推理を成立させるにはそれを解かなければならない。
それにたどり着くための鍵は無いか、頭の中で思考を張り巡らしている時、個室の扉が開き、店員が顔を出した。
「あの……以前に三田くんの件で来られた刑事さんですよね」
顔を出したのは、店長の秋永だった。来店したときに見せた溌剌とした笑顔ではなく、どこか沈んだ表情で、こちらを見ている。
「そうですが、何か?」
「以前に聞かれた時は、気にもしてなかったので、言わなかったんですが、お伝えしたいことがあって……」
秋永は扉を閉め、二人の前に座ると、もう一つの事件について語り始めた。
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