3:相澤恭香の自殺

 まず二人が向かったのは、相澤恭香の自殺現場とされる場所だった。焼却炉は相澤恭香のアパートからも徒歩圏内の廃材置き場の奥に設置されていた。十年ほど前から環境や近隣住民の声もあり、焼却炉は使用禁止となっていたが、事件当日の深夜に、管理していた担当の男性社員が、焼却炉から煙が出ているとの通報を受けた。廃材置き場をゴミ箱と勘違いしている迷惑な輩やいたずらで焼却炉にものを投げ入れては燃やすことも度々あったため、またその類いだろうと、男性社員がため息を吐きながら蓋を開けると、もわっとした異臭が鼻の奥を虐めた。暗い炉内に目を凝らすと、黒い塊がうっすらと輪郭を見せた。動物か何かかと周辺に落ちていた鉄パイプで突いてみるが、もう焼け死んでいるため、動くはずもない。仕方がなく、持っていた懐中電灯で中を照らしだされた人間大の黒い塊に思わず腰を抜かしてしまったそうだ。

 あの事件以降、敷地内の社員も近寄らなくなった焼却炉は、当時の焦げ跡を残し、煤の薫りも漂っていた。周囲は乱雑に積まれた廃材が、崩れる一歩手前でバランスよく構えている。蓋には社員が黄色と黒の縞模様のテープが巻き付けてある。恐らく事件後に社員が気味悪がってやったのだろう。

 卜部はテープを引き剥がし、蓋を開ける。錆び付いた鉄の擦れあう音が耳に障る。

「いいんですか」

 山代が心配そうに見つめる。

「構いやしないさ。仏さんの魂もまだここに残ってるかもしれん。なら少しくらい換気してやった方が成仏しやすいだろう」

「そんなもんなんですかね」

 山代は卜部に合わせて腰を落とし、手を合わせて一礼する。

「まあでも、化けて出てくれるならそれに越したことはないかもしれませんね」

「どういうことだ」

 卜部は合わせていた手を解き、山代を見やる。

「相澤恭香が死んだ理由を直接教えてもらえば万事解決するじゃあないですか」

「馬鹿野郎。そんな簡単なもんじゃあないだろう」

「例えですよ、例え」

 すいません、と言って山代は立ち上がった。

 卜部はもう一度手を合わせて、写真でしか見たことの無い相澤恭香の笑顔を思い浮かべる。山代の言った言葉は、夢物語だが、人の苦しみの果てを垣間見てしまった以上、どうしようもない虚無感に襲われる。罪を犯した憎き相手を追い詰めるのが、もちろん我々警察の仕事であり、使命だ。しかし、犯人はもちろん、我々が真に耳を傾けるべきは、被害者の心情の吐露のはずなのに、それが出来ない。

 死人に口なし。言い得て妙な言葉だが、犯罪者の発する言葉しか聴覚を働かすことができないことを心底もどかしく思う。

「これからどうするんですか」

 長い間手を合わせる卜部を見かねて山代は問いかけた。

「ん? ああそうだな。まずは、もう一度第一発見者の男性社員に当たってみよう」

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