2:卜部の覚悟

「ウラさん、最後まで気の済むようにやっていいけど、無理だけはしないでよ」

 捜査の許可をとるため、上層部のいる部屋へ行くと、直属の上司から嘆息を吐きながら諭された。今に限った話ではないので、適当に流し、部屋を後にしようとすると、ちょっと待って、と呼び止められた。

「何でしょうか」

「あと数ヵ月でウラさんも定年じゃないか。ささやかな歓送会をやろうと思っているんだけど」

 どうかなあ、と上司が言い終わるよりも早く卜部の手が制した。

「うちは結構です」

 上司は困った顔で卜部を見る。

「ウラさんほど真面目に勤めを果たした人はいないよ。だからこそ、感謝の意を表したいんだよ」

「いやいや、真面目に働いていたのなら、こんな窓際で燻ってなんかいませんよ。まあもっとも、真面目という言葉の概念は、この警察内において、上司に諂い、無い尻尾を振る人であると、あなたの背中を見て学びましたので、糞ほども憧れたりはしませんでしたが。現に私は上から嫌いに嫌われ、今や捜査の第一線にすら入れてもらえない。まあ噛みつく犬には首輪をつける人間の醜い風習は本能でしょうから仕方がないことです」

「ウラさんには私が若かった頃にも世話になっている。そんな恩人が肩身の狭い生き方をしているのが不憫でならんのだよ。私の親心だと思って、多目に見てもらえんかね」

「……おい。随分と偉い口を叩くようになったもんだなあ」

 卜部は上司とはいえ、かつて捜査のいろはを叩き込んだ後輩の胸ぐらをつかみ、ぐっと引き寄せる。

「いいか。俺は誰が何と言おうと、このヤマを追う。クビを斬りたきゃ、斬れる刀を探してこい。そこらの鈍らじゃあ俺は斬れねえぞ」

 上司はあわあわと口を動かすだけで、何も発せないでいた。掴んだ服を払い、部屋の扉に手をかける。

「すまないな。迷惑ばかりかけるが、最後のヤマになるんだ。こちらも多目に見てくれよ」

 卜部は上司の答えを聞かずに部屋を出た。


「山代、行くぞ」

 自席でパソコンを開いていた後輩の山代を呼び出した。山代は「あ、はい」とパソコンをすぐに閉じて卜部のもとへ駆け寄る。

「捜査ですか」

「ああ、一緒に行くぞ」

「当たり前じゃあないですか。連れてってくださいよ」

 山代は警察内で数少ない卜部に懐いている部下の一人だった。山代自身は、仕事も遅いし、やれと言われても出来ないことが多い、所謂お荷物、と呼ばれる存在だった。そんな山代を卜部がバディとして選んだのは彼の捜査への意欲が誰よりもあったことが最大の理由だ。捜査の基本である現場での聞き込みを卜部と一緒に文句を言わず率先して行う姿は卜部には好感が持てる。

「どんな事件ですか?」

「例の女子大生の焼身自殺の事件だ」

「あれはこの前の捜査で解決したんじゃないですか」

「馬鹿たれ」

 卜部は山代の頭を小突く。

「前も言ったろう。あれはまだ終わっていない。真実はまだ闇の中だ」

「まあ確かに不確かな点が多いですからね」

「ああ」

 小さく首肯くと、行くぞ、と山代の肩を叩いた。

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