四章:卜部哲二
1:二つの事件
当時、相澤恭香の自殺に疑問を持つ警察は卜部以外にも少なくはなかった。何故、自らの身体を丸焦げにしたのか――この謎を解かない限り、この事件は解決しないと感じていたが、自殺をひっくり返すことのできる材料を見つからない以上、組織としては、自殺として幕を下ろす決断を早々に決めた。当時の卜部もその判断に渋々ながら賛成するしかなかった。
しかし、事態が急変したのは、相澤恭香の恋人だと騙る男の自殺だった。男の名は三田優。彼の遺書が、相澤恭香へのストーカー行為を認め、報われなくなった恋に終止符を打つ旨が書かれていたことが、二つの事件の終着点と判断されたのだ。
相澤恭香は、実母の殺人に加え、三田優の執拗なストーカー被害に悩まされ、自ら命を断つ。その後、歪んだ愛を向けるべき人を亡くした悲しみからストーカー犯人も身を投げた。
これが事件の真相だと、警察はもちろん、週刊紙やマスメディアもこぞって報道した。傷心の彼女を弄ぶかのように卑劣なストーカーを繰り返しておきながらの、身勝手な自殺に、汚い言葉を吐きながら非難するコメンテーターの汚い顔が卜部の脳裏に焼き付いている。
こんな簡単な話なのか。
これで本当に全てが解決したのか。
報道や上層部の言葉の一つ一つがありきたりなドラマを見せられているようで、頭の中でいくつかの引っ掛かりが、卜部の心の中で解けずに、今も尚、もがき苦しんでいる。
相澤恭香は何故、焼身自殺を選んだのか。
三田優は彼女の自殺から、何故すぐに自殺をしなかったのか。
彼女に執拗なストーカー行為をしたことをわざわざ遺書に書く必要があったのか。
本当に彼はストーカーだったのか。
ただただ、好きな人に思いを寄せる純粋な青年だったのではないか。
それを弄んだ誰かがいるのではないか。
卜部は考える。これは単なる自殺事件で片付けていいものではない。刑事の勘、といえば死語となっているのだろうが、今のところ自らの経験とプライドに裏打ちされた直感を信じなければ、事件の調査に踏み出すことはできない。その勘が二人の自殺は、一本で繋がっているようで、まだ線が足りないのではないか。この二人の自殺のドラマには他に登場人物が介在しているのではないか。その登場人物が本当のストーカー、そしてこの事件の真相を握る人物であるはずだ、と頭の中でもアラートを鳴り響かせている。
好意と殺意の狭間に身を潜めた住人が、まだこの世界に生きている。
自分の役目はその住人の身柄を押さえることだと、卜部は固く誓った。
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