5:再出発

「これが『ゴッドブルー』さんの新しい人生となる人物の詳細と役所の関係書類一式です」

 あれから『ダイ』は、次会うまでに集める資料の説明を簡単にすると、次に会う日取りを決め、そそくさと帰っていった。

 そして、三日後の今日、この日がゴッドブルーの生まれ変わるXデーとなった。

 同じように喫茶店の窓際の席で待っていた。午後のティータイムともあって、店内は以前に来たときより混んでいたが、客も店の雰囲気に合わせて落ち着いて、コーヒーの薫りを楽しんでいた。『ダイ』は前回と全く同じ服装で、前回と全く同じように遅れてやってきた。

 すいません、と挨拶に近い詫びを入れると、前回とは違う大きな鞄から茶色い封筒を取り出して、ゴッドブルーの前に差し出した。

 封筒は、定形の封筒で厚みがあり、ずっしりと重い。その人の人生が詰まっていることを実感した。

「年齢は『ゴッドブルー』さんと同じ年齢の方を取り繕っておきました。後は『ゴッドブルー』さんの力で新しい人生を歩んでください。今度は失敗しないように全うな人生を送らないと、また僕が登場することになりますよ」

 僕は全然構わないんですけどね、と脅しともつかない言葉を口にしながら、ゴッドブルーの肩をぽん、と叩く。それから思い出したように、そういえば、と続けた。

「『ゴッドブルー』さんという呼び名で呼んでいて良かったですよ。今回人生が変わり、名前が変わってもハンドルネームなら呼び名は変わらなくてもいいですもんね」

 にこやかに笑う『ダイ』に対し、ゴッドブルーはぎこちない笑みを浮かべた。これからの新しい人生が、正しく歩めるかの不安が心を圧迫する。

 そんな気にしなくていいですよ、と『ダイ』は優しく諭す。

「普通に生活すればいいんですよ。何も特別ではない。どこかあり触れた毎日を淡々と過ごすだけです。それが人生を楽しむことですから。一生懸命に働いて、少しのアルコールと少しのお金で好きなことをする。そして、ささやかな愛を育む。従う従わせる世界は窮屈かもしれません。だけど、その枠というのは案外誰にでも当てはまるように出来ているもんです。もう一度、その枠に当てはまる努力をしてみてください。その枠の中でも『ゴッドブルー』さんはちゃんと輝けるはずですよ」

『ダイ』の言葉は流れるように心に沁み入った。

 確かにそうだ、とゴッドブルーは思う。両親には影響をもちろん受けた。それに反発するように家を飛び出し、世界の日常から外れた。しかし、それが間違いだったのだ。誰しもが不安を抱き、不満を抱えながら生きている。それは特別ではなく、当たり前の話なのだ。

 まずは人として生きよう。死んだように生きるのではなく。

 それが『ダイ』からもらったチャンスなのだと思う。ならば、それに応えることが自分の見せるべき誠意であり、感謝であるはずだ。

 窓の外を眺める。空は高い。澄んだ空がゴッドブルーの心の曇りを振り払う。

「頑張ります」

 ゴッドブルーは短い言葉で『ダイ』に決意を示した。

 この言葉で長い人生のどこまで歩けるかは、自分自身次第だ、と。

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