3:再会、そして
――すいません。『ダイ』さんの携帯電話でしょうか? ネットゲームで仲良くなった『ゴッドブルー』です。
――そうですけど、リアルでもログイン名ですか? 本名教えたんだから、普通に本名で語らいませんか?
パソコンの画面の奥からでも『ダイ』が笑っている声が聞こえるようだ。
結局ゴッドブルーは『ダイ』に連絡をとることになった。連絡先を教えてもらってから約一年近く経っていたため、アドレスが変わっていないか心配だった。
ゴッドブルーは最近ネットゲームへのログインが滞るようになり、『ダイ』とはゲーム内でのチャットルームですら、半年近く連絡をとっていなかった。それでも気軽に応対してくれた『ダイ』には頭が上がらない。
ネット上でしか会話をしたことがない相手に相談をするなんて、どうかしている、と気が引けたが、元より現実世界ではゴッドブルーにとって頼れる相手など皆無だった。それに、心のどこかで『ダイ』ならきっと……と淡い期待を浮かべる自分もいた。パソコンの前に座り、携帯に入力したアドレスをキーボードで打ち込む。送信のボタンを祈るように押すと、十分も待たずに返信がきた。
――いやあ、それでもこちらの方が慣れてるので……。
――そうですか、まあ僕は構いませんが。最近ゲームへのログインがされていないので、心配していたんですよ。何かあったんですか?
――リアルの方で少し……。
――そうですか。それは大変ですね。僕に何か力になれることはありませんか?
――そんな、申し訳ないです。
――とかいって、本当は助けてほしいから、僕に連絡をくれたんじゃないですか?
――……。
――肯定ととりますね。それに、これは失礼ですが、『ゴッドブルー』さんは、恐らく周囲に頼れる人がいないのでは? でなければ、こんな見ず知らずの他人に悩みを相談しようとは思えませんもんね。まあ、もしくは僕に何か共通めいたものを感じたか……くらいですか。
――何でそんなことがわかるんですか。
――まあ仕事柄、人を見るのは得意なんですよ。
――いや、見てないじゃないですか。
――そこはあれですよ。ああ、空気を読んでほしいなあ。それで? どうなんです? 何かあったんですか? 僕なら多分力になれると思いますよ。
『ダイ』はぽんぽんと自分の置かれた状況を的確に言い当てる。普通なら気味悪さを感じるところだが、ゴッドブルーには希望の光のように感じた。
キーボードを打つ手が震える。自分の弱さを曝け出すことに抵抗がまだあった。主従関係から逃げ出し、見せかけの自由を手に入れた報いであることを今になって思い知る。
――実は、投資で失敗してしまって、借金が……。
気付いたときにはもう遅かった、というくらいあっという間の転落だった。動向は常に気を遣っていたはずだが、安定だと思って大量に買っていた株が大暴落したのだ。
生活に十分すぎるほどの蓄えていたお金は瞬く間に底をついた。底をついても尚、金は足りず、生活には不十分な人間関係が生まれた。底という言葉の概念が金銭には存在しないのだ、とゴッドブルーは他人事のように実感した。これではまずい。そう思ったとき、思い出したのが『ダイ』の存在だった。
いや、思い出したという言葉には語弊がある。
ゴッドブルーはずっと頭の片隅に『ダイ』の存在があった。自分と同じ人種だから、というおこがましい思想は、金銭の底無し沼にはまった時点で捨てていた。彼なら――『ダイ』なら、きっと何とかしてくれるのではないか。そう感じていたからだ。しかし、その一方で、『ダイ』と関わった後の自分がどうにかなってしまうのではないか。そう感じて止まない。それが、頭の片隅に追いやっていた本当の理由だ。
それは杞憂だったのかもしれない。ゴッドブルーは自分にそう言い聞かせた。こうして話を聞いてもらえる。それだけでいいではないか。話だけでも聞いてくれる人が『ダイ』を除いて、他にいなかった。ここはもう腹を割って『ダイ』と話をするべきだ。そう信じ、『ダイ』に今の実情を赤裸々に語った。
――そうですか。それは大変でしたね。確かに今の状況ならネットゲームにログイン出来ないのは合点がいきます。
――はい。まあ自業自得なんですけど。
――お気の毒に……というのはありふれた言葉ですよね。
――いえ、すいません。お気遣いありがとうございます。
お気の毒に、の言葉一つで舞い上がる自分が恥ずかしかった。そんなありふれた言葉やお世辞ですらも久しく聞いていなかった。パソコンの画面を通しての会話で助かった。今の泣き崩れた汚い顔を『ダイ』には見せたくなかった。
――何度も言いますけど、僕に出来ることがあれば何でも言ってください。僕にとっても『ゴッドブルー』さんは、大切な友人の一人です。ネット回線を通じての関係ではありますが、親しさにそんなことは関係ありません。お願いします。
人と人との関係は従うか従わせるかの関係だと思っていた。少なくとも自分の人生において、それ以外の教訓を得ることは難しかった。しかし、それはやはり間違っていたのだ。人と人との関係は支え支えられる関係でなければならない。目の前――もとい、画面の奥には手を差し伸べてくれる仲間がいる。私も人としての一歩をようやく踏み出せる時が来たのだ。
ゴッドブルーは椅子から立ちあがった。背筋を伸ばし、ぐっと胸を張り真っ直ぐと立つ。手には汗が滲んでいる。呼吸も荒い。気を鎮めるために深呼吸を八回した。手の汗は引いていないが、呼吸は整い、落ち着きは取り戻すことができた。
椅子に座り、もう一度深呼吸をする。汗は滲んでいても、震えてはいない。よし、と声を出し、意を決した。キーボードを十七回叩く。
――助けてください。
『ダイ』からの返信はすぐに届いた。
ゴッドブルーはまたしても椅子から立ち上がった。今度は気を鎮めるためではない。返信の内容に驚愕の意を表してだ。
――それでは、『ゴッドブルー』さん、死んでもらえますか?
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