2:オアシス
それからというもの、ゴッドブルーはアパートに籠り、ネット社会での奔放な暮らしに明け暮れていた。現実の外へ出ることは極力控え、常に自己のキャラクターのレベル上げに労を費やした。
部屋を出ることといえば、食料の調達と金銭の引き出しくらいで、行動の時間帯は深夜に限定され、陽の光は全くといっていいほど浴びていない。ネット廃人、と揶揄されるだろうが、目に見えない相手に何を言われても関係の無いことだった。迷惑メールの類いと同じように無視をすれば、どうってことはなかった。それに、同じような人種はゴッドブルーの他にもたくさんいた。ゴッドブルーのように二十四時間フル稼働でネットゲームの世界を覗いていると、誰がいつ、ログインしているかは自ずとわかってくる。大抵のプレーヤーは学生ならば学校へ行き、社会人ならば仕事をしているため、どこかで必ずログアウトをしなければならない。しかし、ゴッドブルーと同じように何日もログインし続けているキャラクターはごまんといた。ただそんなプレーヤーも現実世界ではニートやフリーターと呼ばれる人種に、ほとんどが細分化される。ゴッドブルーと彼らで違う点は、純粋に現実での資金力だろう。ニートは所詮ニートであり、誰かの脛を齧り生きなければいけない。つまり、誰かに支配されているのだ。
時間と金を自由に動かせるゴッドブルーは、時間でレベルを、金でレアなアイテムを、自由に手に入れることができた。そんな彼は、ネットゲームの世界において、その名の通り、神として崇められた。
ゴッドブルーが『ダイ』と出会ったのは、そんな神としてネットゲームに君臨したときだった。
『ダイ』はネットゲームを通じて、ゴッドブルーに直接コンタクトを取ろうとした。『ダイ』のアプローチは、初めこそクエストの討伐に対する協力依頼ばかりだった。しかし、ゲームの腕はかなりのもので、ゴッドブルーが協力する必要など感じられないほどだった。さらにいえば、『ダイ』もまた、ゴッドブルーと同じように金と時間を自由に扱える人種でなければ到達できない装備とレベルを兼ね揃えていた。しかし、他の凡庸なプレーヤーとは違う強者同士だからこそわかるプレイの楽しみがそこにはあった。同じ人種だからこそ分かる同志のような感情がゴッドブルーに芽生え、『ダイ』とのプレイに心地よさを感じていた。
それと同時に、『ダイ』とのコミュニケーションに少しだけ変化が生まれた。
――一度、直接お会いできませんか?
ゲーム内に併設されているチャットルームから、『ダイ』が協力プレイとは違う言葉を投げ掛けてきたのだ。
――直接、ですか?
――いやあ、これだけ気が合う仲間に出会えることはそうそうあることではありませんので。気軽なオフ会、みたいなノリで会いませんか?
――……なんか恐いですねえ。良からぬこととか考えていませんか?
――なんですか、良からぬことって。大丈夫です。今まで共に戦ってきた仲じゃないですか。
『ダイ』は何を考えているのだろうか。ゴッドブルーは不安に感じながらも、『ダイ』という人物像に興味があった。『ダイ』は、自分と同じ人生を歩んできたのだろうか。初めて出来る友人になれるかもしれない、と淡い期待すらも浮かぶ。
しかし……。
――ごめんなさい。直接会うのはちょっと……。
結局は断ることを選択した。『ダイ』と対面した時、彼に対しても、従うか従えるかの選択をしてしまいそうで、失礼に思えたからだ。
――わかりました。突然、すいません。ただ僕はあなたと直接友人になりたいので、こちらの連絡先は伝えておきますね。何か困り事があったらいつでも相談してください。絶対に力になりますから。
ゴッドブルーにとって、何よりも聞きたかった言葉を『ダイ』は語ってくれた。その後に届いたメッセージには、メールアドレスと本名が記載してあった。ゴッドブルーはそれを携帯電話に入力した。使うことがあるかはわからないが、自然と指が動いていた。
しかし、こんなにも早く彼に連絡することになるとは、その時のゴッドブルーは夢にも思っていなかった。
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