間章:但馬美代子

一年越しの訴え

 すいません。そして本当にありがとうございます。どうしても、お話を聞いてほしくて。どの警察官の方に伝えても誰も取り合ってはくれなかったんです。私だって今回の関係者であるはずなのに……。そうでしょう? 私は但馬善吉の妻なんですよ。なのに、なんで不倫相手の夫婦が亡くなったからと言って、真相は闇の中なんですか? もちろん当初は警察は一応話を聞きには来ましたよ。でも、それは私が、夫と相手の相澤照美さんが不倫関係にあったことを知っていたか、とか最近、但馬さんに不審な点は無かったか、とか。誰もが夫を犯人と決めつけて、私の主張に耳を貸してはくれなかったんです。

 ……あ、その前に何か飲まれますよね。勝手に喋りだして申し訳ありませんでした。私は結構です。話を聞いていただけるだけで……。はい、そうですか。ではお言葉に甘えて、ブレンドコーヒーのホットをお願いします。

 こうやって、喫茶店の窓側の奥。善吉さんと良く通っていました。善吉さんはホットコーヒー。私はホットのカフェ・オ・レ。それがいつも頼む二人のメニューでした。

 子供ですか? 今は実家の方に預けています。まだなにも知りません。気付いていない、というか理解出来ないんでしょうね。未だに夫の帰りを待っています。パパはいつ帰ってくるの? という言葉が私には辛くて……。私も息子と同じように、理解できてないのでしょう。

 えっと、どこまで話しましたっけ。

 但馬善吉という人物についてですか。彼は一言で言えば律儀な人でした。何事にも誠実であろうとした人です。……はい。確かに相澤照美さん、という方との不倫関係は事実です。それでも私は間違っていたとは思えません。あの時は、二人とも精神的に不安定な時だった。だから、というわけではありませんが、あの人なりに自分の答えを見つけようと必死だったんです。決して不倫を肯定するつもりはもちろんありません。ただ、無くしてから気付く大切さがあるように、裏切って気付く大切さもあると私は思うんです。現にあの人は、ちゃんと私の元へ帰ってきてくれました。警察の方は、それ以降も関係が続いていた、なんて仰っていましたが、はっきり言ってそれはありえません。あの人が仕事が終われば基本的にはまっすぐ家に帰っていたことも、今までの会社の記録を見れば一目瞭然じゃあありませんか。

 確かに今はメールやSNS……ですか、そういった類いの連絡手段は多数あります。でもその中にも相澤照美さんと連絡を取り合っていた形跡がないことは、恐らくあなたたち警察の方が詳しいんじゃありませんか? きっと今頃ありもしない連絡手段を血眼で探しているんでしょうね。やっぱり刑事さんも同じ考えなんですか?

 え、違うんですか? 警察ってもっと頭の固い方々なのかな、って思っていました。すいません。でも、何で今になってお話を聞こうと思ったんですか? だって私の夫が亡くなったのは、もう一年も前の話です。私にとっては長い長い一年でしたが、何かあったんでしょう?

 まあ内輪の話でしょうから、教えてもらえないのは当然ですよね。私も詳しくは聞きません。すいませんでした。

 それで、私に聞きたいこととはなんでしょうか。但馬善吉の自殺についてですか。そうですねえ……。私には未だに信じられません。やはり自殺すること自体が考えられないんです。自殺する理由が私にはとても理解しがたいことでした。相澤照美の殺害についても同様の意見となります。

 理由は、夫の書いたと言われる遺書です。あれは夫が書いたものでは絶対にありません。これは推測とかの域ではありません。確信です。当時の警察の方にはちゃんと伝えました。でもろくに調べもせず、私の話を闇に葬りました。もう今となっては、私の主張を裏付けるものはありません。それが一番悔しいです。

 夫が書いたと言われる遺書には、相澤照美さんとの不倫関係を認める文言と、その関係の中で相澤照美さんの子を身籠ったことによる脅迫を受けている文言が書かれていました。でも、それはありえないんです。


 だって、但馬善吉には――子供を生むことが出来ないんですから。


 そうです。不妊症だったのは、私ではなく、夫の方だったんです。だから、夫が不倫したとしても、相澤照美さんとの間に子供が生まれることは絶対にありえません。

 夫ももちろんその事は知っていました。正確に言うと初めは黙っていたんです。あの人は本当に子供を欲しがっていたから。もし、本当のことを伝えたらどうなってしまうのだろう。そんな不安しかありませんでした。だから、私のせいにしていました。それが逆にあの人を不倫へと走らせてしまった。

 ……はい。どちらに転んでも同じ結果、だったかもしれません。私が彼の不倫を知ったのは突然届いた探偵事務所からの調査結果でした。それはただのきっかけだったんですけど、お陰で本当のことを彼に伝えることができました。

 これが私の伝えたかったこと、全てです。聞いてくださって本当にありがとうございます。

 私は彼、但馬善吉の妻として、夫の無実を今でも信じています。彼がどうしてこのような事件に巻き込まれたのか、理由はわかりません。だけど、但馬善吉は人を殺め、己を殺める男ではないことを、信じてほしいです。

 今日は本当にありがとうございました。おかげさまで少しではありますが、胸のモヤモヤが晴れたようにも思えます。警察の方にはこれがきっかけで、事件解決の糸口になることを祈っています。

 最後に、ですか? ああ、子供はですね、養子なんです。律儀な夫は産んだ息子とは言わず、授かった息子と言っていたんですが、息子がそれを理解するのはまだ当分先のことでしょう。


 私からも最後によろしいですか? お隣の刑事さんって、昔どこかでお会いしたことありませんか? でも、お若いようですし、私の見間違いですよね。変な質問ですいません。失礼しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る