7:夜風に打たれて
店を出ると、季節外れの肌寒い風が但馬の体を包む。街並みはまだ明るく、店の灯りが悪戯に夜道を照らし、但馬の気持ちを逆撫でするように、酔っぱらいの下品な笑い声が耳へ通り抜けていく。
どうにも帰る気分にはなれなかった。あの男はまだ呑んでいくと言って席を立たなかったが、あれ以上、一緒に呑むことは、どうにも憚られる。仕方ない。但馬は溜め息を一つ、咳払いに混ぜて吐くと、自宅の方向へ足を向けた。
帰る途中、何度も神倉の言葉が頭の中で反芻された。自分が昔、愛した女――相澤照美。彼女は今も尚、この世界のどこかで苦しんでいる。そして、その苦しみから逃れようとしている。この苦しみを与えた私に恨みを残して。
歩いていると、公園に差し掛かった。広い敷地に余裕を持って設置された遊具は、昼間なら子供たちの安全性を考慮した良い遊びスポットなのだろう。しかし、ひとたび夜になれば、ひとつひとつの遊具が、寂しそうに佇んでいる淋しい画と化す。但馬はベンチに腰掛け、煙草を一本取り出し、徐に火を付けた。妻にはもう止めたと言っているが、気分が優れないときはこっそりと吸って、気持ちを落ち着かせている。気づかれていないとは思ってはいない。元々、やめるようにしつこく叱咤していたのは妻だったから、隠れて吸っているのもきっとわかっているに違いない。それでも黙ってくれているのは、妻なりの優しさなのだろう。妻には感謝しかない。
あの時だってそうだった。
但馬はマッチ売りの少女さながらに、煙草を燻らせ、煙の中の幻想に想いを馳せる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます