5:懇願
「まあ、そういうわけだから頼むよ」
秋永は手を合わせ、擦りながら竹田に懇願する。決しておちゃらけた口調ではなく、本心であることはわかるが、彼の話を鵜呑みにしていいのか、と頭の中では、警鐘が鳴っていた。
注文をしたつまみの品がテーブルに並ぶ。魚や唐揚げなど、肉中心だが、二十五歳の竹田はまだ気にならない。秋永に呼ばれて、夕飯もそこそこに出てきてしまったので、腹は減っていた。それを口に放りながら、秋永の話を頭で整理する。
秋永の借金をチャラにした神倉という男。秋永も語るに、得体の知れない男である。会ったことのない、知らない男が自分のことを知っている気味の悪さ。借金の数百万円をたった数日でチャラにできる、朧気に見える黒い影。何より弱い人間に付け込める人心掌握に長けた男の目的が全く見えないのが、恐い。
――それよりも。
神倉という男は俺の何に、秋永の店を救う光を見出だしたのだろうか。
はっきり言ってしまえば、竹田が秋永にしてやれることは何一つとしてなかった。金も工面してやれるほどの蓄えは無い。経営を上向きにするプランを構築するための、経済面の知識も無い。なら俺は何をすればいいのだろうか。
竹田にとってこの店は、十年ほど前から通い続けるほど、常連の域に達していた。元はと言えば、家と会社の中間にあるだけのきっかけに過ぎなかった。潰れるのであれば、他の店に移るまでだ。そう思う反面、こうして頼ってくれるのであれば、助けてやりたいと思う自分もいる。
もし自分だったら、と考えてみる。自分が店長と同じような境遇になった場合、どうするだろうか。答えはいくつかあるが、竹田が真っ先に思い浮かべたのは、但馬だった。職場では歳は十ほど、離れているが、竹田にとって、彼は兄貴的存在であり、誰よりも便りになる先輩だった。仕事を教えているときは、かなり厳しい。一切の思い込みを許さず、甘えることができない。しかし、但馬の教えでミスの重要性を知り、他の同期に比べれば、仕事でのミスは少ない方だ。それもこれも、但馬が裏でフォローしてくれていたことは、最近になって知った。それても仕事でミスをしたときは徹底的に矢面に立ってくれた。そんな但馬の背中を見ているからこそ、竹田の但馬に対する信頼は厚い。
正直、こんなプライベートな話に但馬さんを頼るのはいかがなものか、と逡巡したが、但馬さんしか頼れる人はいない気もするし、彼なら何とかしてくれるのでは、と漠然とした期待もあった。それに恐らく、というより、予感めいたものだが、神倉という男は、但馬を頼れ、と暗に示しているのでは、と勘繰ってしまう。
「わかりました。とりあえず当たってみますよ」
「本当かい」
秋永は目を輝かせて、テーブルの向かいから乗り出す。ありがとう、ありがとう、と何度も繰り返し、竹田の手を握り、ぶんぶん、と上下に振った。
「頼んでみるだけですからね。断られたらすいません」
そう、断ったつもりだったが、秋永はどこ吹く風で、テーブルに残っていたジョッキのビールを飲み干し、かぁっ、と景気のいい溜め息を吐き出した。
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