3:相談事

 竹田が秋永に相談を持ちかけられたのは二週間ほど前のことだった。普段から秋永の店に通っていた竹田は、持ち前の明るさや人懐こさも相俟って、すぐに秋永とも仲良くなった。元々秋永自身も、ひょうきんな男で、誰とでも分け隔てなく接することのできる男だったからとも言える。そんな軽い付き合いをしていた認識だった竹田は、秋永の意外な言葉に少なからず面食らった。

「どうしたんですか?」

「いや、ちょっとここじゃなんだから、外で飲もう」

 普段の秋永とは全く想像できないあたふたした姿に、余程の切羽詰まった何かが起きたことは想像に難くなかった。

「でも、お店は大丈夫なんですか」

 いくらなんでも店長が途中でいなくなると他の店員に示しがつかないのでは、と思った。もし、僕がこんなことしようものなら、但馬さんに叱られるだろうな、とも。但馬さんにはいつもそういった細かいところにまで目を向けてもらってとても助かっている、と秋永そっちのけで、しみじみと思う。

「大丈夫、大丈夫。三田くんがいるから。最初は入学したての大学生でお金が欲しいだろうから、とおまけのつもりでバイトに採用したけど、もうこっちのほうがおまけみたいなもんになっちゃったよ」

 カウンターから厨房を覗くと、料理を作る男の姿が二人見える。一人がてきぱきと指示を出しながら、自分も包丁の手を休めない。彼が厨房を回しているらしい。店内にはもう一人入ったばかりの女の店員もいるが、まだ包丁を握らせてもらえないのか、ずっと接客をしていた。

「三人しかいませんけど」

「もう今の客が捌けたら、もう人は来ないから。三人で充分でしょ」

 秋永はそう言うと、バイトへの挨拶もそこそこに、裏口から外に出ていった。竹田もそれの後を追うため、皿にまだ料理が残っていたが、会計を済ませ、駆け足で彼の後を追った。

 秋永の店から二十分ほど離れた居酒屋に秋永と竹田は入った。俺の店よりにぎわっているなあ、と秋永は自虐的に笑うが、竹田はどう反応したらよいかわからなかった。二人は個室を選択し、ビールで乾杯をした。つまみを三品ほど頼み、ビールで流し込む。

「さっきの話なんだけど」

 落ち着いたところで、秋永がぽつぽつと話始めた。

「実は、あの店ヤバイんだよ」

 今月ピンチなんだよ、と財布の寂しさを語る大学生のような軽い口ぶりで、とんでもないことを暴露する。

「ヤバイ、ですか」

「うん、かなり。今までいろいろやって、どうにかこうにか乗りきってきたんだけど、もう限界なんだ」

 いろいろ、とは何をやったのだろうか。あのへらへらした裏側に見えない努力、というものが竹田には理解できなかった。

「あの、なんで俺なんかにそんなこと」

「なんでだろうなあ」

 秋永は遠くを見ながら答える。

「きっと、誰でも良かったんだよ。でも誰かに聴いてほしかった。そう考えたときに、竹田くんが一番通ってくれてたからかも」

「本当ですか」

「まあ、嘘だよね」

 あっさりと答える。

「だけど、竹田くんは僕に似ている気もするし、話しやすいのは確かだよ。ただ、君に相談するといい、と言われたんだ」

「え、誰にですか」

「とある男に」

「なんですか、それ。めちゃめちゃ怖いんですけど。俺の知り合いなんですか?」

 秋永の話している言葉の意図がわからず、日本語で会話しているのかもわからなくなる。

「どうなのかな。神倉蒼汰って知ってる?」

 竹田は記憶の中を探るが、初めて聞く名だった。何故、その神倉と名乗る男は自分の名前を知っているのか。考えただけでも恐ろしい。

「多分、知らない人です」

「そうなんだ。まあ、とにかくその人が言うには君に相談すれば、きっといい答えを出してくれる、って言うんだ」

「良く信じられますね。そんな話」

「あれじゃん。藁にも縋りたいとはこのことなんだよ」

「俺は藁ですか」

 苦笑する竹田をまあまあと宥めながら、秋永は本題に入った。

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