締め切りを破るマンガ家は好きですか?-3
翌月も、その翌々月も、いずみさんは締め切りを延ばしに延ばしまくって入稿した。
「……本領発揮だな」
「すいません」
僕は玄関前で頭を下げ、苦い顔をする
「弟子が三日前に納めて、師匠が四日過ぎとはどういうことだ……。頼むからこれは真似するんじゃないぞ」
「生きた心地がしないんで真似したくないですよ」
「その気持ちは編集も同じことだ、ふふふ。……しかし、雑誌をここまで私物化するマンガ家たちは見たことがない」
「すいません」
僕はまた頭を下げる。
「全くだ。……それで、自分たちのは読んだのか?」
「いえ、いずみさんが献本抱えたまま寝ちゃって」
「まったく。起こせばいいじゃないか」
「そんなことしたら、返り討ちでどうなることか」
「ははっ、起こされたときのあいつは不機嫌極まりないからな」
紅麗亜さんは、彼女の体が収まりそうな大きなショルダーバッグから、分厚い月刊誌を出した。
「私の分だ。
それは明日発売の、僕といずみさんの読み切り作品が載っている最新号だった。
「ありがとうございます」
「気にするな。……なあ、ひとつ頼みがあるんだが」
「なんですか?」
「いつか、広小路に会ってくれないか?」
いつの間にか彼は呼び捨てになっていた。
別の雑誌で連載を始めた彼は、まだ全盛期ほどのドキドキ感はないが、十分楽しいアクションマンガを描いていた。
「やはりあいつもマンガが好きなんだ。いろいろ負い目はあるが、もう一度週刊連載に戻ろうと頑張っている。だから、気持ちの整理がついたら連絡をくれると嬉しい」
「分かりました」
「そう言ってくれると助かる」
「いえ、紅麗亜さんたちが上手くいってるみたいで良かったです」
「なっ、ちがうぞ! わたしとあいつは、その、そういう関係ではない……と思うわけだが、別に、たまにその、一緒に気分転換にちょっと遠くに行くくらいで、だからあのその……」
と、紅麗亜さんはぶつぶつつぶやいてから、
「お前の師匠に、来月こそ締め切り前によこせと伝えておけ!」
耳を赤くして、僕をぴっと指さした。
そして、彼女はきびすを返して、ふっと鼻で笑いを飛ばしてから、ひらひら手を振って去ってく。僕はその姿が見えなくなるまで見送った。
「さて、ご飯の準備をしなきゃ」
僕はぐっと伸びをして、大きなあくびを空に飛ばした。
ありあわせで作ったの品々をちゃぶ台に並べて、
「いずみさん、ごはんだよー」と、僕は彼女に声をかける。
「……いずみさーん?」
呼びかけても、揺すっても、その寝息は規則的に柔らかくそよいでいる。
もうちょっとだけ強く揺すってみる。
んーんー呻く。
だけどそれでも起きない。
「しょうがないなあ……」
僕は料理にラップをかぶせ、紅麗亜さんからもらった雑誌を手に取った。
表紙には【センターカラー特別読み切り】と冠を付けられて、黄色地に中くらいサイズでマンガのタイトルが載っている。
僕はパラパラとページをめくる。
センターカラーで見開きのページに辿りつく。
そこには何回も見た絵が印刷されていた。
右側には僕が描いたカラーのイラストが。
左側にはいずみさんが描いたカラーのイラストが。
二つとも隣り合って、繋がって載っている。
その2枚のページにまたがってタイトルが印刷されている。
タイトルは――
『締め切りを破るマンガ家は好きですか?』
締め切りを破るマンガ家は好きですか? 明石多朗 @T-Akashi
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