「計画」ってご存知ですか?
さすがに今回は締め切りにギリギリ過ぎた。
師匠であるいずみさんとは言え、やっぱりひとこと言うべきだろう。
そう思い、遅めの昼食を用意してから、「ご飯の前に話があります」と、切り出した。
「……そっか」
「?」
「いいよ、続けて」
「あのですね――」
しかし言葉は――ぐぅぅぅぅ――といういずみさんの腹の虫の音に遮られた。
「ご、ごめん……台無しだね。あははっ……」
「……食べながらでいいです」
「そう? でも大事な話的な感じかと思ったけど」
「確かに……。僕が言いたいのはもう分かってると思いますが」
「はい」
「いずみさんはやればできるんですから、いいかげん、ちょっとは計画的に進めませんか?」
「あはっ、そういうアプローチで来るんだ。そ、そだね……☆」
きっと反省の意識はあるのだろう。
落ち着かない様子だが、正座して聞くいずみさんに向かって僕は話す。
「とにかく、少し計画は立てましょう」
「じゃあカレンダーは必要だ」
「そうそう。先延ばしは良くないです。こういうことは大体でも決めておくだけで全然違います。いつまでにどうするか。月ごとのスケジュールとか目標、方針を決めましょう」
「なら、3人欲しい。あくまで希望だけど」
たしかに、今の連載内容だとアシスタントの数は増やした方が良い。
「僕らと、あと一人追加ってことですか」
「そうじゃなくて、プラス3人ってこと」
「いずみさんの収入面で問題がないなら僕は何も言いません」
「う、うん。がんばる」
「3人も増えるなら、ここは手狭ですよね」
「場所はまなぶが選んでよ」
「え、どうして」
「だって一緒に住むんだし。当然でしょ?」
「……住む? 住み込みで働けるところ、ですか?」
「いや、だからほら、正しくはその、一緒に暮らす……的な? きゃはっ」
……?
なんだか妙な食い違いを覚える。
浮かれ調子で、最初は女の子でしょ、次が男の子で~、次はどっちがいいかな~。
とか言っている。
「ちょっと、お嬢さん?」
「なに、ダーリン☆」
「何の話をしてるんですかね?」
「
「そういう話じゃない!」
「あ、そうか! まなぶはまだ十七歳だ。すぐには結婚できないっ! でも既成事実を作ってご家族の――」
「だからそっちじゃないっ! アシスタントを増やすって話です!」
「あ、なんだその話かぁ」
いずみさんは一転興味なさそうな顔になり、あぐらを掻いていただきまーすと味噌汁をすすりはじめた。そしてお椀を置くと、天井を仰いでふうと息を吐く。
「……まあね、紅麗亜からも提案あったし、一度は増やそうかなって考えたよ。確かまなぶが来てから少しした時期だったかな」
遠回しに「戦力外だった」と言われた気がして胸がちくりと痛む。
「今だから言うけど、個室に男と女だよ。わたしは美人マンガ家だしさあ。……ちょっとなんか言ってよ! ……もういい。とにかく、ちょっとは意識せざるをえない状況になっちゃうわけでしょ? 多感な高校生の君なら、言いたいことはわかるっしょ?」
ちらりと表情を覗いてくる彼女の目遣い。
「ま、まあ」と視線を外して短く答える。
予想と異なる意見に胸の痛みは引いた。
けど、同時に違う居心地悪さが生まれる。
「だからもう一人か二人、女の子を入れようかなって考えたの。でもやめた。だって、わたしのマンガだから。わたしが認めた人じゃないとイヤだった。幸いにも、まなぶはマンガに対してすごく真剣だってすぐわかったし、これなら大丈夫だって確信も持てた。それと、万が一わたしの仕事が無くなったら、アシスタントも仕事がなくなるよね。でもまなぶは学生だから、アシスタントで生計立てている人より生活の心配を考える必要もない。だったらわたしにはまなぶが一番いいと判断したわけさ」
「……」
「ってあれ? やだ~。そんなじっと見て~。惚れちゃった?」
「いずみさん……」
「え、ほんと、な、なに?」
僕は彼女をじっと見る。
そう、この感覚はきっと――
「いずみさん、マンガ以外のことも真面目に考えることができたんですね」
――尊敬というんだろう。
「……君がどんだけ師匠を舐めてんのかわかったよ。期待して損したわい」
「なんでですか、褒めてるんですよ?」
「その上から態度が気に入らない! 君はわたしの弟子なんだからもっともっと崇めたり奉ったり愛されるより愛したいとか思うべきだよ!」
「なんでですか、むしろこっちを労わってもらいたいくらいですよ!」
「それはそれっ、これはこれっ!」
結局アシスタントの件はうやむやなまま、僕たちの昼食が始まった。
「もういい! 君は次の日曜までに課題を持ってくること! いいね!」
「昨日今日呼び出しておいて、しかも期日短くしましたね!」
「時間がないほうがいいアイディアも浮かぶってもんよっ!」
「いずみさんと一緒にしないで下さいっ。あと米粒飛ばさない。頬張りすぎ!」
「うっさいうっさい! おいしいだから仕方ないでしょ! 土曜日までに持ってきなさいよねっ! いつもありがとうございます!」
「横暴だ! どういたしまして!」
「プロデビューしたらこんなの日常茶飯事よっ! おかわり!」
「それはあんたの担当編集が一番言いたいセリフだ! 却下! 太ります!」
こうして僕は横暴によって、日曜日の睡眠時間を削らねばならなくなった。
僕はああはなるまいと思いながら、鉛筆を握り、気づけば机の上に伏したまま月曜日を迎えていた。
ちくしょう……。おでこの鉛筆の跡がいたい……。
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