辛
巨大な白い怪物が、空に浮かんでいる。
怪物には手足も無く、羽も無い。
雲のような異様は音も無く空に浮かび、その体表に浮き上がった無数の黒い目玉だけが、地上を見下ろしていた。
それは、
地上は瓦礫に埋もれていた。
かつて人々が暮らしていた住処の痕跡だった。
その景色が、飛獣の暴威の結果だった。
瓦礫の山の上から、何かが飛び立つ。
外套を纏った人影が、空高くの飛獣に向かって飛んでいく。
高く高く、上っていく。
黒い矢のように空を走る軌跡を、壊れた街の片隅から、人々は見た。
息を潜めながら、逃げ惑いながら、ただ立ち竦みながら。
その誰もが、疲れ切って、自棄になろうとしていた。
その中に1人の少年がいた。
瓦礫の上に座り込んで、その景色を見ていた。
少年は家を失っていた。
少年は家族を亡くしていた。
逃げ続けて、逃げ疲れていた。
待ち続けて、待ち疲れていた。
この世界に独り、取り残されて、終わりを待っていた。
外套の人影は、無数の赤い光に打たれて、よろめき、ふらつき、揺れていた。
よろめきながら。
ふらつきながら。
その勢いを失いながら。
真っ直ぐに、怪物へと向かっていく。
やがて人影は空へと辿り着く。
飛獣へと、黒い刃を振り下ろす。
体表に微かな傷が生まれただけだった。
再び、影は無数の赤い光を浴びる。
焼かれ、引き裂かれ、力尽きるように地面へと落ちていく。
その姿を見た誰かが、溜息を吐いた。
その姿を見た誰かが、目を逸らした。
その姿を見た誰かは変わらずに、立ち尽くしていた。
たった一人だけ。
座り込んでいた少年が、その崩折れた脚に力を込めた。
少年は立ち上がった。
落ちていく黒い影と、入れ替わるように。
この空はまだ、終わっていない。
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