『さよなら東京』

白く薄い、回転する円盤が朝焼けの空を流星のように飛ぶ。

円盤は6つの角をもった星の形状をしている。

不規則な軌道を描きながら高速移動する円盤の、頂点の一つ一つに、赤い輝きが煌めいた。


ずどどん。

光が地上を走り、一拍の間を置いてその軌跡に爆炎と土煙が上がる。


犬飼少尉が高度を落とし、円盤の進路を塞いだ。

暗く虚ろな視線が、迫り来る飛獣に焦点を合わせる。

唇の端から、白い息を吐く。

姿勢を低くし、襲の下で刀を握る。

それはさながらに、居合の姿勢だった。

迫る円盤飛獣は、その側面に赤い光の刃を展開する。


白と黒。

2つの影が、交錯する。


犬飼少尉の肩に、襲の上から切れ込みが走った。

溢れた血が、微かに滲む。


円盤飛獣の回転が止まった。

その姿が真ん中から二つに断たれて、宙を舞った。


犬飼少尉は刀を収め、残骸が落下する様を見届けようとした。

円盤は二つに分かれたまま、空中に留まり続けている。


「……ああ?」


めきめきと音を立てて、半分に分かれた円盤それぞれが再生した。

サイズが1/2となった円盤が2枚、再び回転を始める。


「オイオイオイ」


空を切り、犬飼少尉に向かって2枚の円盤が挟み込むような軌道で飛来する。

少尉は飛獣に背を向けて、全力で加速した。


「クソインチキか!ふざけんなク……うぉ!」


円盤飛獣を顧みながら悪態をつく少尉。

答えるように、さっきの2倍の量の火光が放たれる。


質量刀での対処は恐らく不可能だろう。

しかしこの飛獣の性質が分かった以上、仕留める方法は固まった。


少尉と飛獣が、俺の方に向かってくる。

俺は冷たい外気を口から吸い込み、呼吸を止める。

集中しろ。

八式の銃口を、左側の飛獣に向けて、引き金を引く。


がん。

円盤の側面を、銛が貫く。


素早く照準を右の飛獣に合わせ直す。

距離が詰まってくる。

引きつけて、撃つ。


がん。

これも、外さない。


2匹の飛獣は、銛の質量を支えきれずフラフラと重力に引かれていった。


「真鍋撃墜ヒト……あれ」


この場合、撃墜数は1になるのか、2になるのか。

そんな事を考えていると、犬飼少尉がこちらを睨んでいるのに気付いた。


「真鍋」


例のじっとりした怨念深そうな目付きである。


「お前いちいちフォローが遅いんだよ。俺を見殺しにするつもりだったな。そうだよなぁ。お前俺の事嫌ってるだろうしなぁ。誰が死んでやるかよ」


ぐちぐちと口の中を噛みそうな早口で詰め寄ってくる。

め……。

めんどくさい。


「被害妄想でしょソレ。別に嫌ってませんけど、こういう時にありがとうが言えない大人なのはどうかと思ってます」


「何がありがとうだよ、ボケが」


そんな台詞を少尉にぐちぐちと言われつつ、高度を落とそうと視線を下げる。

赤い光が、真下から突き上げてきた。


急な攻撃に、うっ、という寸詰まりの叫びを上げながら、俺と少尉は距離を取りつつ回避軌道を取った。


2枚の円盤が回転しながらこちらに上ってくる。

星が欠けるように、その一部の切片が失われている。

そこに刺さっていたはずの銛も無い。

付与した質量を、切り離された。

ダメージコントロールだ。

あのサル型飛獣の出現以来、こうした明らかに戦術的な能力を備える飛獣が増加していた。


上昇を続け、俺たちの上を取った飛獣は2枚の体をぶつかり合わせる。

やがてその構成体が溶けるように混ざり合い

、再び1体へと融合した。

俺たちはそれを見上げて、途方に暮れる。


「インチキだろ」


「インチキですね」


ぎゃるぎゃると音を立てながら、猛然と殺人円盤がこちらに向かってくる。

犬飼少尉と俺は身を翻し、加速した。

どうやって倒すんだこいつ。

切断はダメ。

質量付与もダメ。

残されているのはーー。


がごっ!

降下の勢いを付けて真上から振り下ろされた質量槌の一撃が、飛獣に直撃した。

円盤は真っ直ぐに、隕石のように地面にぶつかった。

その姿が粉々に砕け散って、灰と土煙が舞う。


「山上、撃墜ヒト」


くるりと、手元で質量槌をバトンのように回してから、山上中尉は先端でこちらを指した。


「鍛え方が足りん」


「そういう問題じゃねえだろ!」


今回ばかりは、俺も犬飼少尉に頷かざるを得ない。


支局に戻る装甲車の車内。

狭く薄暗い、無骨な空間。

その日、柊隊の4人は無言だった。


地上に降りると、どっと疲れが押し寄せてくる。

それはいつもそうだ。

生き延びられたという実感と、僅かな間違いで命を落としていたという実感。

否が応でも、それは込み上げてくる。


俺たちは、空中で戦っている瞬間の方が、気持ちは楽なのかもしれなかった。


だとしても、いつだって犬飼少尉は憎まれ口を叩いていたし、高千穂曹長は偉そうに喚いていたし、山上中尉は筋肉の素晴らしさを語らっていたし、柊中佐はそんな俺たちを見てニコニコ笑っていた。

それは空元気だったし、それぞれなりの抵抗だったのかもしれない。


飛獣の出現が、6日間連続している。

19のひび割れがこの6日間で東京で発見され、柊隊も4度出動した。

世界的にも例の無い、大飛獣災害だった。


都営軍に属する対空警邏の実働隊員34名の内、9名が殉死していた。


柊隊の誰も欠けていないのは、ほとんど奇跡と言っていい。


支局に戻り、メディカルチェックを受ける。

それが終わればシャワーを浴びて、実働隊員用の仮眠室でベッドに腰を下ろす。

都内には非常事態宣言が発令されている。

住民には地下からの外出が禁止された。

俺たちは兵舎に4日前から戻っていない。


しばらくして、犬飼少尉が右肩に包帯を巻いて部屋に戻ってきた。

会話を交わすこともなく、少尉は俺の向かいのベッドに寝転がる。

俺もそのまま、天井を仰ぐようにベッドに倒れこんだ。


「明日も来るんですかね」


「さあな」


この断続的な飛獣の出現がいつまで続くのか。

明日か、明後日か、その先か、その先の先か。

それが分かったところで、意味なんてない。

戦い続けなければ、今日まで戦ってきた意味まで無くしてしまう。

それは、出来ない。


どんどん。

と、部屋のドアを叩く音が響いた。

入ってきたのは、高千穂曹長だった。

何やら小脇に機材を抱えている。


「何だそれ」


「モニタとプレイヤー。事務室にあったから借りてきたの」


がちゃがちゃと、俺のベッドの縁に、薄型モニターとDVDプレイヤーを並べる曹長。

手際よく配線を繋いでセッティングしていく。


「こんなもん持ってきて……何見るんだよ。テレビ局も止まってるぞ」


「じゃじゃーん」


曹長が俺の鼻先に突きつけてきたのは、DVDのパッケージだった。

『劇場版とびまるくんと仲間たち~暁の慟哭編~』と書いてある。


「劇場版じゃないか!」


「兵舎から持ってきたのよ。観るでしょ」


「観る!」


鑑賞するのは通しで三週目だったが、この劇場版第2作は白眉の出来で、何度観てもいいものだった。

とびまるくんの誕生にまつわる衝撃の真実が明らかになるし、劇場版限定のライバルキャラクターも見逃せない。


ばこっ。

早速再生のボタンを入れようとしたら、犬飼少尉に後頭部を殴られた。


「よそでやれボケ!」


「えー!ケチケチしなくていいじゃない!」


少尉を曹長がむくれ顔で睨む。


「少尉も観ましょう。この劇場版はエピソードが独立してるんで初見でもいけるんです」


「むしろ、初登場のとびまるくんイビルに感情移入するなら初見の方がおススメとさえ言えるわね」


「あるな。あ、とびまるくんイビルはとびまるくんの闇の感情から産まれたアンチ存在で」


「死ぬほどどうでもいい」


うんざりした顔で、少尉は俺たちを部屋の外につまみ出した。

仕方がないので別の場所を探さなければ。


「食堂は?」


「あそこ電源あったか?」


モニターを抱えながら廊下を歩いていく。

薄型とはいえ、持ってみるとまあまあ重たい。

曹長はこんな物をわざわざ持って来て、どんだけ劇場版が観たかったんだよ。

こんな時なのに。

けれど、曹長のそんな行動のおかげで、俺の気分も結構、楽だった。

ありがとう。


「真鍋伍長」


エレベーターの前で扉が開くのを待っていると、横から呼び止められた。

美並空士が、険しい表情でそこに立っていた。


「貴方に電話が来ています」


黒い携帯電話をこちらに差し出してくる。

対空警邏の公用である事を示すエンブレムが刻まれていた。


電話?

誰から?


携帯を受け取り、保留を解除する。


『久しぶりだ。少しお前と話がしたいと思ってな』


聞き馴染みの無い男の声だった。

どちら様ですか。

その言葉が出そうになった寸前で、記憶の糸が繋がる。


『おいおい。自分の父親の声を忘れるなよ』


「……無理言うな」


それが父、真鍋ユウとの数年ぶりの会話だった。

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